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29話 「悪党どもの後日談」







「げっ……」


 牛人族の中年女が渋面を作る。

 生粋のエリュシード生まれの彼女は、親から相続した自分の部屋を騎士団のパレード時に貸し与えて生計を立てている。一見楽な商売に見えるが苦労も多い。今日のように、妙な客と関わり合いを持たざるを得ない時は特に。


「パレードでもないのに部屋を貸せなんてどんな物好きかと思えば、アンタたちかぁ……」


「最初の時も思ったのだけど、客商売としてその態度はいかがなものか。前回の時も問題なんて起こさなかっただろう。どうして嫌そうな顔をするのやら」


「胡散臭いんだよ、アンタ」


 ぐうの音も出ない、と後ろでハルも納得の表情で頷く。

 ルシカは無言の肘鉄で相棒に遺憾の意を示すと、気を取り直して女の巨体を見上げた。


「今回は夜まで部屋を貸してもらうよ。料金は相手が支払済みのはず。彼はもう到着してるかな?」


「来てるよ。血相変えて、落ち着きがない様子でね。……いいかい、面倒事はごめんだ。妙な揉め事を持ち込んだらただじゃ置かないよ」


「分かっているとも。『調度品は壊さないし、暴力沙汰も起こさない』……あ、そうだ。『いかがわしい真似もなし』。私たちはこの条件を龍と精霊に誓います、と」


「……はぁ……。入んな」


 横着するような誓いの立て方がやや癇に障る牛女であったが、青白い光に二人が包まれるのを確認すると渋々道を開ける。

 ハルは牛女に硬い笑みで会釈しつつ、足取りを弾ませ階段をあがる相棒を追いかける。少女は階段の中頃で足を止め、ハルを見下ろしながら何かを考えこんでいた。


「……? ルシカ?」


「大事な商談を前にしてなんだけど、少しね。偽バシムとゴブリン工場の件で一つ謎が残ってしまったのが心残りで」


「謎?」


 おうむ返しの疑問に、ルシカが鷹揚に頷く。


「一部の妖精に名を与えると魔獣化するという仕組みは、まだどの国でも解明できていないことのはずだ。けれど偽バシムはあれだけの規模の施設を用意できていた」


 ならば、と指を立てて。


「彼女は何年も前にそれを知って準備していたことになる。あの知識を、どこで知ったのだろうか」


「逆にお前は何でそれ知ってんだよ」


「鍵はやはり偽バシムの証言だ。連行された彼女は国の尋問に非協力的だが、どうも彼女に知識を与えた何者かがいるという話らしくてね」


「あ、これ喋らねえやつだ」


 はっはっは、とハルの不満を笑い飛ばして黙秘の姿勢。

 彼女の知識の出処についてはいつも口が重い。が、知識は正確なのでハルも深入りしようとは思わない。喋ること自体に何らかの禁忌が関わっていることもあるのだから。


「名前も容姿も不明の、その男は『教授』と呼ばれていたらしい」


 くるり、と身を翻して階段を再び歩き出す。

 登り切って廊下を曲がればすぐ目的の部屋だ。その扉の前に着くまでの間、彼女はずっとぶつぶつと何かを呟き続けていた。足を取られて転ばないか不安になる。


「ボガードを魔獣に変える仕組みを偽バシムに与え、工場を作らせた謎の男の正体と足取りを掴みたかったところだが――まあいい。連中の抱える駒は一つ奪えた。まだ兵卒ポーンの成り損ねだろうと、取り除いておくに越したことは、」


「着いたぞ」


「ん? おっといけない、思い悩むのはこれが終わってからにしようか。いやぁ、ようやく私本来の仕事ができそうでワクワクするなぁ!」


 ご機嫌そうにそう言うと、ノックもせず無遠慮にドアノブを回し、踏み込むような乱暴さでドアを開く。

 意気揚々と部屋の中へと入っていく相棒の背中を見つめ、今のは調度品を壊さないに抵触しないのか、と、思いつつハルもそれに追従。


 中では身なりの良い青年が青い顔をしながら待っていた。

 落ち着きなく貧乏ゆすりをし、爪を噛み、貴公子のような顔立ちも情けなく歪んでいる。

 態度から感じ取れる色は混乱と恐怖、そして強い疑問。


「お、お前たちはッ……!?」


 見知った顔だった。

 お互いに言葉を交わしたわけではないが。


「挨拶まではしてなかったから、初めましてでいいかな?」


 ルシカは淀みない足取りで青年と距離を詰めると、情報屋が事前に揃えてくれた書類の束を取り出し、一瞥。

 それはエリュシードを立つ前に集めた重要人物キーパーソンと見た二人の調書だ。


 一つはピーターのもの。

 そしてもう一つは御曹司のもの。

 青年の足元めがけて書類を派手にばら撒き、歯を剥きだしにルシカは笑みを作った。

 獲物に襲い掛かる肉食獣に近い、獰猛な冷笑で。



「初めまして、本物のバシム・ファロウ」



 青年を、そう呼んだ。








◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇








「今日は素晴らしい一日になるはずだったろう?」


 『バシム』の背中を否応なく悪寒が走った。

 半ば強引に椅子に座らされ、その背後に不吉な黒に身を統一した少女が立つ。

 醸し出す雰囲気が。

 耳をくすぐる囁きが。

 絶妙な間が『バシム』を震え上がらせていた。


「お忍びの貴公子は高価なスーツに洒落た帽子、色とりどりの花束を携えて颯爽と参上。今まで黙っていた身分を明かし、その非礼を詫びた後に愛を囁く――物語の王道を地で行くプロポーズを引っ提げて、今日という良き日を迎えたつもりだったんだろうけど」


 呆れたようにルシカは肩をすくめて。


「肝心のお相手は意中の男と駆け落ちした。心からご愁傷様をお伝えするよ。この恋路が成功する見込みは欠片もなかっただろうけど」


「わ、私はッ……」


「今、私が話している」


 語気を強めた返答が『バシム』の反抗を封じる。

 青年の頭の中には様々な考えが渦巻き、数多くの疑問の波を前にしてまともな思考回路は全て停止していた。まるで陸に打ち上げられた魚のようにパクパクと口を動かすだけ。


 そんな小物に、喋る機会など与えてはやらない。

 青年は調理台に乗せられた珍しい魚。

 何処から刃を入れてやろうか、と調理人ルシカは昏い愉しみに浸りながら指を滑らせ青年の首筋を撫で、囁く。


「お前は雑魚だ」


 ばっさりとした物言いだが、これ以上的確な言葉も思い付かないな――などと『バシム』と向かい合って座り事の成り行きを見守るハルもこっそり溜息をつく。


「紅翼商人オルトマンがお前のような奴を後継者候補として祭り上げたのは、小魚をばら撒いて大物を釣り上げるための試みだった」


 この後継者問題はハルの想像を超えて複雑に絡み合い、何よりも貪欲さに満ちている。その渦中に巻き込まれた青年は、そんな世界の中では役者不足であったのだ。


「お前自身、商会の上に立つ気持ちなんてさらさらない。向上心もなければ気概もなく、ただ楽な生き方をしたがる雑魚だからな」


「ぐっ、ぐぐ……」


「オルトマンが望んだ後継者は、お前に代わって『バシム・ファロウ』になりたいと願う、貪欲な悪党だ。一代で富を築いた男らしい豪快な手法だとも。――果たして、名乗りを上げる者が現れた」


 バシムに成りたかった、あの女だ。

 高い戦闘能力、新たな商売に目を付ける着眼点、手段を選ばない実行力、成り上がろうとする強い意志。

 どれを取っても『バシム』を遥かに凌ぐ逸材だった。


 オルトマンとの目通りが叶っていれば、ゴブリン工場という新たな資金源を手土産に他の後継者候補を圧倒し、二代目紅翼商人の座を射止めていただろう。

 その後は紅龍国プローメス聖龍国ミトラを股にかけて暗躍し、いずれ来たるべき時に牙を――


 否、とルシカは内心で断ずる。


(――その未来は、もう殺した)


 潰えた未来に、馳せる想いなどない。


「店主と『商談』を重ねるうちに、想いを寄せた娘が別の男に好意を持っていることを知ったのだろう。嫉妬に駆られただろうね。でも自分の手を汚す度胸はなかったから、殺しを依頼することを選んだ」


「……はっ……はぁ……っ!」


「後継者枠を譲渡すると言えば、偽バシムは一も二もなく飛び付いただろう。店主は姪を嫁にやって多額の結納金をせしめ、ついでに権利書も自由にできる」


 かくて三者三様の利害が成り立った。

 止まり木の店主は店と姪を売り飛ばし金を得るために。

 偽バシムは大商会の後継者の座を得るために。

 目の前の青年は惚れた少女の愛を得るために。


 ピーターを殺すための舞台を整えたのだ。


「止まり木の立場を悪用し舞台を整えた協力者がいた。直接手を汚す実行犯もいた。しかしこの両者の動機を満たして思うままに操り、身勝手な本懐を遂げようとした者。それこそが主犯と呼ぶに相応しい――が」


 凍えるような声音が降る。


「――それがこんな雑魚だとはな、バシム・ファロウ」


「お、お前ぇええ!!」


 椅子を跳ね飛ばし、少女に掴みかからんと飛び掛かる。

 よく鳴くその喉を締め上げようとする試みはしかし、青白い光が全身を仄かに包んだかと思うと直前で急停止。

 『部屋内での暴力沙汰を禁じる』という誓いが、青年の無意識をも戒める。

 それでも『バシム』は唾を飛ばして噛み付いた。


「誰も良く思ってはなかった! 彼女の叔母おやだって私と一緒になれば一番いいと言った!! 結納金だって積めるし生活に不自由もさせない! それなのに……それなのにッ!」


 不格好に宙を浮く腕が行き場を無くして背もたれに降りる。

 嫉妬に染まった神経質な金切り声をあげ、苛立ちをぶつけるように床を踏み鳴らして喚く。


「あのとぼけ顔の身の程知らずが私の小鳥を勝手に持ち出そうとしたんだ! あんな奴に彼女を幸せになんてできるものか! 良い服も装飾品アクセサリも買ってやれない、あんな腐った中年なんかにィ……!」


「アンタの拠り所は、借り物ばっかりだ」


 それ以上聞いてられなくて、ハルの口が無意識に動く。


「その高そうな服も、その帽子も、花束も全部親の金だろ」


 青年の顔が恥辱に染まって百面相した後、何も答えられずに視線が下がる。

 それが青年の薄っぺらい人生の証明だ。

 努力を怠り日々を生かされ、何もしてこなかった。

 だから本当に欲しい物を見つけても、正しい努力の仕方に向き合えなかった。想い人を小鳥に例える傲慢さなどが、その最たる例だった。


「お前の小さな企みが、工場の隠密性に細心の注意を払っていた偽バシムの判断を誤らせた。自分のホームへ誘き寄せるための討伐依頼を私たちに嗅ぎつけられ、破滅を招き入れたのは、何とも悲劇的だ」


「私は仕事を振っただけだ! 失敗したのも破滅したのもあいつの自業自得だろうが! 私には関係ないっ、私は何も悪くなんか……!」


「破滅が他人事だと思っているなら勘違いも甚だしいな」


 爛々と輝く黒曜石が真っすぐに青年の怯える瞳を射抜く。

 哀れなほどか細い悲鳴を上げた『バシム』は腰を抜かして座り込み、二人組から無我夢中で後ずさる。


「ぼ、暴力は禁止されているはずだぞ!?」


「別にこの場でお前の命を取ったりしないよ。でも死ぬことと破滅することは、全く別のことだと私は思うわけだよ、バシム・ファロウ?」


 一歩。また一歩。

 怯える青年へと距離を詰めながらルシカは嗤う。


「私はこれから情報を流すつもりだ。ゴブリン騒動で滅ぼされた三つの村は、ファロウ商会の歪な後継者選びの犠牲者だった。後継者の座を得んために魔獣の養殖を試みて多くの死者を出した首謀者の名は、バシム・ファロウだってね」


「……は、ぁ、ぁぁぁぁぁ!?」


 絹を裂くような甲高い悲鳴が上がる。


「そ、そ、それは、私じゃないだろぉ!!?」


「誰が信じる? お前の共犯者が自らをバシム・ファロウと名乗っていたのは事実。お前もそれを承知で取引し、人殺しを画策した。どうしてお前だけ罪から逃げきれると思うのかな?」


 千切れんばかりに首を振る青年を見下ろし、ルシカは愉快げに口角を吊り上げ畳みかける。


「明日の新聞が楽しみだな。お前が企んだ全ての醜聞に偽バシムの所業も上乗せされた記事が飛ぶように売れ、ファロウ商会は聖龍国ミトラの民の怒りを買って苦難に陥る」


「ぁ、ぁ……」


「もちろんバシム・ファロウは破滅する。本物と偽物の区別なくね。生粋の商売人であるオルトマンはお前をどうするだろうか。良くて勘当だが、まぁ大抵は……」


 細く白い指を『バシム』の首筋に這わせると、蒼白な顔面から更に血の気が引いていく。

 父は何の躊躇いもなく醜聞にまみれた息子を始末して事態の収拾を図るだろう。

 たとえ勘当で済んだとしても親の庇護から外れた『バシム』には、無一文で放り出されて生きていける自信なんてなかった。


「や、やめ、やめて……」


 方々から悪意を向けられながら野垂れ死ぬ。そんな未来を想像して震え上がる。

 もはや彼にできることは慈悲に縋ることだけだった。


「お、お、お願いします、ど、どうか、ゆるして」


 足元に縋り付き、額を床に擦り付けて慈悲を乞う。

 ひぃ、ひぃ、と無様に鳴きながら行う命乞いは傍で見ているだけのハルの良心を締め付けた。

 自分より年上の男性が恥も外聞も捨てて頭を下げる様を見ていられなくなり、ハルもまた救いを求めるようにルシカの横顔を盗み見る。


「自分の立場を理解できたようだし、本題に入ろうか」


 這い蹲る虫を見下ろす悪党しょうじょは、微笑みを絶やさなかった。黒いスカートの裾を掴み、それを小さく持ち上げてそっと礼をする。


「私はルシカ、しがない商人の女」


 青年へと頭を垂れているわけではない。

 これは本仕事の前の儀式。

 商談を前にして行う優雅な決起であり、骨までしゃぶれる相手を前にした処断宣告の前振りでもある。

 少女は、あらゆる商売に対して真摯に向き合うのだ。


「ゆえに正義に興味はなく正道にも縁はない。お前が自らの醜聞を見逃してほしいと願うなら、私にはあらゆる道理をかなぐり捨てて応じる用意がある」


 一瞬、青年の顔に希望が灯った。

 要するに彼らの目的は金。それが分かれば話は早い。

 何も取り柄を持たない青年にとって、金は一番手慣れた解決の手段と言える。真っ白になっていた思考に『助かるのか』という安堵が染み渡り、卑屈な笑みのままルシカを見上げた。


「い、いくらだ?」


「全財産」


 返ってきたのは、邪気たっぷりな笑顔だった。


「人生を買い戻す値段としては真っ当な値段設定だと思うよ」


「――、ぁ?」


 顎が外れそうなほど口をあんぐりと開けることとなった。

 反射的にふざけるな、と叫ぶ衝動をぐっと堪え、それから奥歯を噛んで俯いた。

 感情任せの反抗は自分の首を絞めるだけだと、温室育ちの御曹司でも理解できていた。

 しかし、少女の要求はあまりにも法外で――


「私も素寒貧で放り出そうってわけじゃない。今からゆっくり詳細を詰めていこうじゃないか。最終的にはも喜んでサインしてくれると確信しているよ」


 商人しょうじょは青年の肩を叩き、囁いた。




「死の国の海辺に金貨は持っていけないのだから」






『バシム』さんは5話にひっそり出てました。

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[一言] きっとこの作品を好きな読者さんは(もちろん自分もその一人です!)、「ああそうか、こういう読み方をする読者もいるのか」と思ったり、「なるほど、作者さんはそんなことまで考えていたのか」と思って、…
[良い点] う~ん……ひょっとして、作者はこういう肩の力を抜いた話(後日談)の方が上手なんじゃないでしょうか? 真面目な話、ストレスなくとても快適に読めました。 素直に面白かったです。 [気になる点]…
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