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27話 「似合わない役」






 王都エリュシードを出発したのが朝。

 昼は馬車の旅、夕方にはゴブリンの群れとの戦闘。

 その後夜遅くまでゴブリン対策会議に駆り出され、深夜には半ば脅される形で敵本拠地に突撃をかまし、朝まで戦い続けた。

 何度かの死線を潜り抜け、何度か死を覚悟し、一度は死を確信さえしたものの、何かの奇跡で生き残った。


 凡人冒険家ピーター、激動の一日であった。


「――よく、生きてるなぁ俺……」


 魂が口からふわふわ飛んでいきそうな呟きだった。

 全身の骨は至るところに皹が入っている。

 肌は火傷で真っ赤になるか打撲で青く腫れ上がるか、と控えめに言っても重体の一歩手前。

 村で最も格調高い宿屋のスイートルームのベッドに転がされて絶対安静を言い渡されていたピーターは、それまでの出来事を走馬灯のように思い返して、顔を引きつらせる。


「いや、やっぱり死んでるかもしれんぞ、これ……」


 縁起でもないことを呟きながら、ゆっくりと身を起こす。

 腕を回し、足の調子を確かめると試しに頬を抓ってみた。鈍い痛みが頬に走り、手を放した後も馬鹿げた行為を窘めるように痛覚を伝えてくる。


 それでもなお「ほんとかよ」と呟いてピーターは備え付けのテーブルの上に視線を向ける。


 漆塗りの立派な箱の中、誇らしげに輝く銀造りの勲章。

 やはり死の間際に見る夢か何かなのでは、と往生際悪く首を捻っていると部屋の扉がノックされた。


「失礼します包帯の取り換えに……あっ、また勝手に立ち上がってまぁ!」


「ああっ、いやぁ、そろそろお暇しないとと思ってまして……なんかこう、ここまでおもてなしされるのも恐縮というか、なんだか落ち着かないと言うか」


「まぁまぁまぁ何を仰いますかねぇ全く! 村と娘たちを救ってくれた恩人なんですから、もっとこうどーんと構えてもらいませんと! さあさ横になって、包帯替えますので!」


 気風のいい中年の女性の勢いに押されて、あっという間にベッドに逆戻り。

 初めは若い娘――救助された娘の一人が包帯の取り換え役に名乗りを上げてくれたのだが、黒尽くめの少女の口添えで立ち消えとなったとかなんとか。


 結果、娘の母親が来た。

 謎の人選と言わざるを得ない。


 とはいえ最初は下の世話さえ覚束ない状態だったのだ。

 若い娘に世話をさせるのはさすがに抵抗感があった。

 悪魔の尻尾を生やしてニタニタ笑う黒尽くめが脳裏をかすめたが、文句を言う手段もない。


「こんな怪我するまで、うちの娘たちのために……くぅ! 何か必要なものとかあったら遠慮なく言ってくださいよ!」


「い、いやぁ結果論というかなんというか、お高い治癒師ヒーラーの方も呼んでくれて、贅沢なベッドで……もう三日? これ以上ないほど良くしてもらいましたので……」


「なんて謙虚な方なんだろう!」


「何を言っても心苦しい!」


 あれから三日が経った、らしい。

 らしいというのは丸一日ピーターは死んだように眠り、時間の感覚が曖昧になっているが故だ。


 全てが終わった後、誰もが洞窟の奥から入口まで這い出る体力を残していなかった。

 助けが来るのが先か、力尽きて死ぬのが先か。

 いずれにせよ、真っ先に力尽きるのはピーターだったはず。

 それを救ったのは黒尽くめの少女の機転だった。


『ここは出口の反対側。脅し目的で最初に彼女たちを連れ回すのはともかく、日頃の水や食料の運搬まで馬鹿正直に長い通路を行き来していたとは思えない』


 となれば、と一拍を置いて。


『日頃は迷宮宝珠ダイダロス・オーブで近い場所に出口を作っていたはずだよ。極端に壁の薄いところがどこかにあるんじゃないか?』


 ホウロンの少女たちの証言も、その仮説を裏付けた。

 後は当たりを付けて壁を掘る作業だ。

 落ちていた武器を拝借しての削岩作業には娘たちも参加し、手に血豆を作りながら岩を削り壁を崩すことができた。


 彼らを迎えたのは朝日の光だった。

 監禁されて長く目にできなかった陽光を見て、助かったという安堵感が少女たちの胸に染み渡り、ついには顔を覆って泣き崩れて――


(俺は彼女たちを励ましてどうにか立ち上がらせ、村まで護衛し、無事だった村を確認してから笑って倒れた――らしい。本当に俺かそれ?)


 極度の疲労と睡眠不足が祟って何も記憶にない。

 岩壁を掘る機械になったところまでは覚えているのだが。


(笑って倒れたっていっても滅ぼされたはずのホウロン村が綺麗なまま残っていることに驚いて、卒倒したんだと思うんだよなあ。間違っても依頼の完遂に満足して倒れたとか、そんな格好いい話じゃなくて)


 そうだ。そうに違いない。

 何だったら怪物オーグル殺しの実績も何かの間違いだ。一部始終を見届けていたホウロンの娘たちが、その時のピーターの勇姿を村に広めるものだから始末に悪い。

 あんな身の程知らずの相打ち狙い、二度とするものか。


「……いやほんと誰なんだ、英雄おまえ。もっと凡庸おれに合ったホラを持ってこいと」


 村に放たれた怪物の群れは、突如曇った空から降ってきた雷に消し飛ばされたと聞いた。あまりに一瞬の出来事で、村人たちも何が起こったか理解できなかったのだとか。

 後でそれが騎士団の魔剣使いによる所業だと従騎士隊から伝え聞いた時は、舌を巻いたものだ。


「ルシカちゃんは確かに騎士団は保険だとは言っていたけど……まさか村に火の粉が降りかかる場合に備えた保険だったとはなー」


 言われてみれば一度も自分たちの保険とは言わなかったし。

 ともあれホウロン村は誰一人も欠けることなく、現在は従騎士隊の管轄内に収まって事後処理に協力をしている。


 主犯のバシムも一味の生き残りと共に全員捕縛。彼らには厳しい取り調べと罰が待っている。恐らくは二度と顔を合わせることはないだろう。


 と、思いを馳せたところでテーブルの上の勲章が再び目に留まり、呻くように呟く。


「銀の勲章――龍の爪の紋様エンブレム


「あたしも勲章なんて初めて見ましたわねぇ! それ、大変名誉なものなんでしょう? 国に貢献した平民に贈る勲章の中でも最上位の一つだとか。金貨級ゴールドの冒険家でも持ってない人のほうが多いとか!」


 龍の一部が象られた勲章だ。

 村娘の救出に加え、国を悩ませていたゴブリン事件に多大なる貢献をしたことが認められた、大変名誉な勲章であった。


 昨日、事後処理を担当する従騎士より、略式ながら贈呈の儀が執り行われて直接贈られた代物であり――当然、小市民のピーターは恐縮しきって受け取れないと言った。


 受け取るべきは自分ではない。

 誰よりも決定的な仕事をやってのけた、あの二人組こそ勲章に値するのだと訴えた。


 が、肝心の彼らは村から忽然と姿を消していたのだ。


「結局、事後処理が進まないからと凄まれて俺が賜ることになってしまった……どうするんだよ、もう俺の名前が刻まれてるぞこれほんともおお……」


 この勲章の効力は凄まじいの一言に尽きる。

 自分が未だ銅貨級ブロンズであることが従騎士らに知られると、その場で聖龍国印の銀貨級シルバー昇格が言い渡された。


 止まり木が公認する銀貨級シルバーと違い、ミトラのどの止まり木でも銀貨級シルバー待遇で扱われるというこの特例措置は、引退後の仕事にも多大な影響力を与えることだろう。


 人生が変わった。

 そう断言しても過言ではないほどの栄誉の形が、この手にある。


「とにかく帰ろう、すぐ帰ろう……このままじゃ分不相応に祭られ死ぬ……」


「変わった死に方ですねえはっはっはぁー!」


 豪快な笑い声と共に持て成されること、更に数日。

 怪我が癒え、歩けるようになったピーターは多くの村人に惜しまれながらホウロン村を後にした。

 エリュシードを出発してから一週間後のことであった。


 村の名士から立派な馬車と健康そうな馬を贈られ顔を引き攣らせ、救った娘とその家族らに盛大に見送られて恐縮し、背後から絶えずピーターの出発を惜しむに身を震わせながら首都への道を行く。


 のんびりと青空を眺めながら、数時間。

 馬の蹄の音に耳を傾け道を行くと、前方に見覚えのある機械馬バイホースに荷車を曳かせた人影がピーターに向けて優雅に手を振っていた。



「やぁやぁ、奇遇だね?」


「――そうだね? ……そうかなぁ」



 再会の挨拶は、そんな間の抜けたやり取りであった。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇







 牧草が生い茂る道で馬車を停め、馬を放す。

 ご機嫌そうに尻尾をふりふりと動かしてご馳走に有り付く馬をぼんやりと眺めていると、やがて少女が現れて手の中で遊ばせていた勲章を覗き込む。


「おめでとう」


「……お前さんたちが貰うべきだった。俺には――」


「相応しくない? そんなはずがない。君は強大な魔獣に立ち向かい、囚われの少女たちを命懸けで守り抜いて、無事に村まで送り届けた」


 最後まで言わせず、ルシカは気さくにピーターの背を叩く。


「私が太鼓判を押すよ、ピーター。聖龍の爪の勲章は弱き人々の庇護者の証、それに相応しい活躍だったとも」


 過ぎた謙遜は嫌味だよ、と付け足され、口をつぐむ。

 自分の実力不足を痛感するばかりの事件だった。

 解決までの絵を描いたのはこの少女で、それを実行に移したのはあの少年だ。

 自分は、二人の手助けできたかどうかも怪しいというのに。


 ふと、少年のことを思い出す。


「ハルさんは?」


「来てるよ、荷車の中。でも今はちょうど休んでるところなんだ。起こすのは忍びないし、そっとしておいてくれないかな」


 人差し指を唇の前に立てて、しぃ、と囁くので首肯する。

 心のどこかに小さな安堵の灯がともった。

 最後に見たのはあの異形の背中。

 待っててくれ、と言って怪物の群れを泳いでいったあの時だ。少年が無事でいてくれたことが、ピーターの心を軽くした。だから――


「ハルを見る目が変わらなかったかい?」


 そんな、探るような問いかけにも穏やかに答えられる。


「変わらなかった、と言えば嘘になるよ」


「……」


「でもハルさんはハルさんだった。恩人であることは何も変わらない。……俺はあの背中を、きっと一生忘れない」


 またあの姿を見れば恐怖の気持ちは再燃するだろう。

 顔を強張らせ、体を震わせることだろう。

 でも、きっとそれだけだ。

 少年が体を張って守ってくれたという事実を、いつまでもピーターは胸に刻み付ける。


「ありがとう善良な人。ハルに代わってお礼を言うよ」


「結局、お前さんたちは――」


 そこで一度、ピーターは言葉を区切った。

 結局、この二人組は何者だったのか。それを尋ねようとして思い留まる。


 半人半鬼の少年と黒衣の美少女。

 この組み合わせが何を意味するのか想像もつかないが、決して興味本位で踏み込むべき話ではない。そんな気がしたのだ。


「お前さんたちはこの件で、何を得られた? 本当の目的ぐらい教えてくれてもいいだろう? 国から勲章を授与される、そんな名誉に見向きもしないで、何を?」


「ネタばらししちゃうのはちょっと面白くないね?」


 あっさりと受け流されてしまい露骨に落胆して見せると、ルシカはくつくつと意地の悪そうな含み笑いをし、目元に滲んだ涙を指先で拭って肩をすくめた。


「近いうちに分かるよ。その時は『あの悪党め』と手を叩いて賞賛してほしいね」


「じゃあ、一部だけでも」


「そうだね……目的の本筋は金さ。資金調達だよ」


 思った以上に俗っぽい答えが返ってくる。

 が、納得のいく答えではなかった。

 いまピーターの手の中にある勲章は、金貨級ゴールド)の冒険家が報酬を擲ってでも欲しがる垂涎の名誉だ。

 それに比類するほどの金を彼女たちが手に入れたとは思えない。


「……村からの報奨金、固辞してきちゃったんだけど」


「立派な馬車に生まれ変わったみたいで何より。村の報奨金なんて当てにしてないさ。金を引っ張るために情報が必要だった。そして必要な情報は大体得られた。だから私たちの取り分について心配することはないのさ」


「ううん、お前さんがそう言うなら良いんだが……」


 彼女は徹底した合理主義者だ。

 その彼女がこの落としどころで採算がとれる、と判断しているなら間違いはないのだろう。

 何とも煮え切らない解答ではあったが、ひとまずはそれで納得しておくしかなく――


「――そんなことよりも」


 愉快そうに口元に浮かぶ少女の微笑みが、すっ、と強風に煽られた蝋燭の灯のように掻き消えた。

 形の良い眉が寄り、哀れみの感情が籠った瞳がピーターを射抜く。


 突然の切り返しにピーターは目を白黒と――否。

 彼は、少女と再会した時から『ある話題』に話が及ぶだろうことを予測していた。

 笑顔を引っ込め、痛みを堪えるように口を結び、少女の次の言葉を待つ。


「私たちは今後の君の行く末が気にかかるね。いいのかい? このまま真っすぐ帰ってしまっても。……気付いているんじゃない?」


 果たして。

 予想通り、黒尽くめの少女はその話題を口にした。


「君は偶然巻き込まれた脇役なんかじゃない。ホウロン村を取り巻く全ては君を殺すために仕組まれた舞台装置……大仰な殺人計画だった、って」


 風が吹いた。

 つむじ風に似た音が俯くピーターの顔を否応なく引き上げるなか、彼女はこの世で最も彼に似つかわしくない表現で。



「君はあの場に招かれた主役だったんだよ、ピーター」





 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 息の詰まるような濃密な話の連続から解放され、ほっとするような日常回ですね!(#^.^#) こういうお話を挟むのは絶対に必要です。 今回も拍手喝采! [気になる点] 誤字報告は9か所と多い…
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