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13話 「奈落広間の攻防」





 ぎちぎちと引き絞られた弦の甲高い悲鳴が鳴り響く。

 まるで獲物を前にした獣の喝采だ。

 群れで獲物を囲み、追い詰め、舌なめずりしながら怯える様子を愉しんでいる――今の状況は、きっとそんな光景と何も変わらない。


「まだつなよ、お前ら」


 応、と丸眼鏡の青年の号令に短い返事を返す男たち。

 ある者は中腰のまま。

 ある者は膝を突きながら強弓を構えている。

 狭い通路を物ともしない見事な隊列でこちらを見据え、軽薄な笑みを絶やさないままつがえられた矢尻をぴたりと静止させて、主人の号令を待っている。


「…………、う、ぐ」


 ピーターの目が、彼らの技術を正確すぎるほど見抜く。

 いずれも手練れ――世に出れば銀貨級シルバーの称号は固い精鋭揃い。たとえ冒険団という看板が偽りであろうとも、その実力に瑕疵かしはない。それだけでも絶望的だというのに――


(なんだ、こいつは……なんなんだ、お前は……!?)


 それが些細な問題だと思えるほど、中央で優雅な礼を見せた丸眼鏡の青年は異質だった。


 右手に鞭。左手に球。

 眼も口端も獣のように釣り上げて嘲笑う青年――彼が見せた鞭捌きに鳥肌が収まらない。

 距離の遠いハルの足を狙い打つように戒め、そのまま投げ飛ばすという離れ業を汗一つ見せることなくやり遂げたその実力は、掛け値なしの金貨級ゴールドだ。


 動けない。動けば死ぬ。

 奈落へと落ちた少年へ目を向けることも恐ろしい。

 彼らが醸し出す凄みに威圧され気力が萎縮する。

 動かなければと指先に意識を向け、痙攣していることに気付く。


 途端に震えが全身にまで広がった。

 男と目を合わせることを恐れ、逃れるように自分が立つ足元に視線をそらし、仲間ハルが落ちた奈落を見る。


「は、はる、さ」


 真っ暗闇の怪物の口。

 少年を一呑みにしてなお食い足らないとばかりに口を広げている。

 どこまで続くかも分からない底を見下ろしたピーターは足を竦ませ、唇を噛む。


 無理だ。こんなの助かるわけない。

 落ちたハルも、囲まれた自分たちも助からない。

 あれほど勇ましく二人に啖呵を切って見せたのに、その片方が死んだという事実だけで心の均衡が崩れていく。かつて仲間が挽肉になった日の悪夢に苛まれる。


 あの時は逃げた。振り返らずに逃げた。

 仲間の死体を踏みしめて脇目もふらずに逃げた。

 あの時と同じく、今度も仲間ハルの命を諦めて走るべきだ。


 彼らとの距離は遠く、広間の出口は近い。

 あと一度、奈落を飛べば辿り着ける。

 たとえ背中に何度矢を突き立てられようと、もう一人の仲間を逃がす努力をするべきだ。


(けれど、けれど、隙が無いんだ……!)


 どうすればいい。

 どうすれば最善と言える?

 どうすればこの窮地から逃げられる?

 ぐるぐる、ぐるぐると思考だけが迷路に迷い込み、理性は思考を放棄することを勧めてくる。

 ルシカを抱えての跳躍自体が危険で、横やりも入るこの状況を覆す一手がどうしても思いつかない。


「……薬が効きすぎましたかね?」


 肩を竦めて部下へと振り向くと、彼らはみな弓を構えたままピーターの臆病さを嘲笑った。

 人ひとりを殺したとは思えない朗らかな声だった。


「大の大人が情けないと思いませんか? 隣をごらんなさい。黒真珠の君はまるで動揺していない。少し見習ってはいかがです?」


 黒真珠の君。

 まるで物語の登場人物のような呼び名で我に返る。

 彼らの呼びかけに応じるように、黒尽くめの少女が相棒を失った直後とは思えぬ強い足取りで前に出る。


「――光栄と言っておこう。紅龍国プローメスより龍の翼を授けられた商会の縁者に『真珠』の名をいただくとはね」


 切れ味鋭いナイフを思わせる口上に動揺は見られない。

 逡巡もなく混乱もなく恐怖もない。

 絶体絶命を前にしてなお、ルシカの声は不可視の剣となってバシムの虚を突いた。丸眼鏡の奥の双眸が訝しげに細められる。


「……聖龍国ミトラで知られた名ではないはずですが」


「地獄耳は取り柄だから。紅龍国プローメスより子爵位とファロウの姓を賜った大商人オルトマン・ファロウと、三人の跡取り候補の話ぐらいはね」


 ルシカが指を三本立てると、青年が強い眼光をみなぎらせる。

 見開かれた青い瞳の中に一瞬怒りの炎が垣間見え、覗き込んでしまったピーターの背筋を凍らせた。


「バシムは長男の名だったな。候補では唯一の、オルトマンの実子」


 そんな眼光もルシカにはどこ吹く風だ。

 まるで親しい友人に雑談を持ち掛けるような気軽さで、殺意を向けてくる青年の眼光を受け流す。


「でも今日まで良い噂は聞かなかった。軟弱な放蕩息子、人を動かせる器量はない、とね。その裏でこんな大それた計画を立てていたとは驚き――おや、何か気に障った?」


 散々に煽っておいてその言い草か、と叫び倒したいのをピーターはぐっと堪えた。

 後一言でも下手な発言をすれば命とりだと冒険家としての勘が告げている。

 あるいは、もう遅いのかもしれないが。


「――いいえ、とんでもない」


 だが、予想に反してバシムは声を荒げなかった。

 彼の目からは険が取れ、声には取り繕ったような穏やかさが混ざる。

 先ほどまで漂わせていた怒気の感情は嘘のように消え、そして再びネズミを弄ぶ猫のような余裕が戻る。


「絶世の美貌と豪胆さに目を奪われておりました。窮地でありながら冷静を装える姿には感服するばかり。もしや何か逃げる算段がおありで?」


「無理さ。君の手に迷宮宝珠ダイダロス・オーブがある限りは」


 逃げ道を探していたピーターを窘めるような断言だった。

 彼女の白い指がバシムが左手に持つ球体へと向く。


「『宝珠オーブ』もご存じとは」


「迷宮作成の魔導品アーティファクト。その宝玉が健在な限り、この洞窟は鳥かごも同然だ。足場を崩すも出口を塞ぐも意のままにできる。抵抗の余地がない」


「物分かりが良くて大変結構」


 バシムが左手を掲げる。

 迷宮宝珠ダイダロス・オーブと呼ばれた青白い球体は、その姿を四面体へと変えた。

 オーブからは奇妙な駆動音が鳴りはじめ、それに伴って洞窟も唸るような地響きを上げ始める。


「なんだ……!?」


 胎動だった。

 洞窟が身をよじり、新しい姿に生まれ変わろうとする産声であった。


 鈍い音と共に奈落の底が蠢き、激しい揺れと共に地面が競り上がってくる。

 ルシカの立つ足場から、バシムの立つ入口までの奈落が埋まり、両者を繋ぐための石造りの橋が出来上がっていく。

 優雅に手を広げたバシムが「さぁ」と囁くように言う。


「ならば抵抗は無意味だとお分かりのはず。こちらへどうぞ黒真珠の君。貴女には聖金貨が積まれるほどの値打ちが付く。できれば、傷付けたくはありません」


「へぇ……」


 意味ありげな溜息を一つ吐き、そして。


「……ピーター、準備を。失敗したら恨んでいい」


「は……?」


 こちらを見ないまま呟く彼女の真意を問う間もなく、競り上がる地面の鳴動が更に大きくなる。彼女がバシムの元へと歩くための架け橋がゆっくりと形作られていく中で。


「バシム・ファロウとやら!」


 ルシカは、今までで一番の声を張り上げた。

 地面が競り上がる轟音にも負けない声量のそれは、気高さに満ちていた。


「私の身を自由にできるのは、ただ一人のみ。どのような生き様を残し、どう死に様を彩るか――その全てはもう決めている。お前の作る架け橋、私には無用の産物だ!」


 挑発的に微笑んで、ルシカはとん、とその場でステップした。

 まるで足元の障害物を避けるような気楽さで、後ろへ――足場のない奈落へと、身を躍らせたのだ。


「……ばっ!?」


 ――自決。


 少女の体が奈落へと傾いていく。

 その場にいた誰もが、彼女の行動に目を疑った。

 すぐ傍にいたピーターでさえ、その迷いのない身投げに反応が遅れた。反射的に伸ばした手が彼女を掴むことはない。


 ピーターも。

 弓を構えた男たちも、少女が前の少年に倣って墜落していく体を支えられない。


 ただ一人を除いては。


「自死なんて許すはずがないんですよねぇ」


 重力に従い奈落へと落ちるルシカの肢体が強張り、停止。

 バシムが放った鞭だ。

 細い腰回りを二重に巻き付けて固定し、その体重を右手一本で支えて涼しい顔で笑う。

 誰よりも早く動き、絶技を披露したバシムはルシカの浅慮さを嘲笑った。


「手を煩わせないでいただきたい。さあ、貴女のために用意した橋ももうすぐ完成です。無用と言わず、自分の足で歩いてきてくださ、」


「――いいぞ。そのまま離すなよ? 私が死ぬぞ?」


「……ぁ?」


 その時、ピーターは歯を食い縛った。

 驚きを顔に出さぬよう、叫び出そうとする喉を必死に抑えた。

 故に、少女の奇行に目を奪われていた彼らは、競りあがる岩石の縁に誰かの指がかかっていることに気付けなかった。


 完成した岩橋の上に、抜き身の大剣を担いだハルが降り立った。


「なにッ……!?」


 這いあがるというより飛びあがるという速度で奈落からの復帰を果たしたハルは、姿勢を低くし伸ばされた鞭の下を抜けるように駆けた。

 標的まで一直線に作られた橋は実におあつらえ向きだ。


「……、こいつっ……!?」


 その時になってバシムは己の失策に気付いた。

 右手の鞭が使えない。

 黒真珠の君と呼んだ少女を捕らえ、命綱として機能している。手放せば彼女は奈落へと真っ逆さまだ。

 後ろで控える部下たちも少年の生存に硬直し、判断が遅れている。


 活路は左手の宝玉だ。しかし時間がない。

 ほんの一拍の時間内での攻防においては無力に近い。


「ッ……ちぃぃ!!」


 バシムの逡巡は一瞬だった。

 左手の珠玉が持ち主の意思に呼応して一層の輝きを増す。

 それと同時に足を上げ、真横で弓を構えていた部下の一人を回し蹴りの要領で蹴り飛ばした。


「何ッ!?」


 体勢を崩した男の体がハルの視界を塞ぐ。

 大剣を持った右手がぴくりと動くも、一拍置いてハルは無手になった左でその身体を受け止めた。

 男は独楽のように回転し、勢いをやや緩めつつ地面に叩きつけられ、野太い悲鳴を上げて動かなくなった。


「この野郎、自分の仲間を……!」


 時間にしてたったの数秒。

 最高速度トップギアの突進の勢いを僅かに殺した対応、その失策を。


「は、ハハハ! 甘めえ! なんですかそりゃ!?」


 バシムは、勝利の確信と共に嘲笑った。


「斬り飛ばしゃあ済む話を、わざわざ気絶に留めるとか――ああ、おかげさまで準備が整いました!」


 洞窟全体がまるで生き物の体内のように蠕動を開始する。

 直感的に身の危険を感じ取ったハルが、再び距離を詰めようと足に力を込め、そして。


「死ね」


「ッ……!?」


 ハルの横腹を強い衝撃が突き抜ける。

 豪胆な男の放つ一撃より重く、あばら骨が圧し折れていく音を体で感じながら体勢を崩す。


「ゴッ……は、ぁッ……!!」


 肺に溜まった酸素を全て吐き出し、ハルは顔を歪ませる。

 槌に似た形状の岩石が腹部に突き刺さっていた。

 先端に鋭利さはない、だがそれゆえに衝撃は点ではなく面となってハルの呼吸を奪った。

 直撃で身に着けていた革鎧レザーガードがひしゃげ、もはや使い物になりそうにない。


「どうです? 侵入者排除用のダンジョン・ギミックの一つなんですが。ほら、呆けてる場合じゃないですよ。次いきます。もっと早く動かないと。ほら次。はい次!」


「グッ、ァ……ッ」


 バシムの掛け声と共に岩肌の一部が抉り取られ、無くなった分だけ岩石の弾丸が産み出されていく。

 それらは空中でハルに向けて狙いを定めると、次々と高速で射ち出されて少年を打ち据える。


「ぉ、ォオ」


 対するハルの行動は愚直のそれだった。

 致命傷になりえる頭部だけを守り、ひたすらに足を前を出す。

 肩や膝に幾度も岩弾が直撃し、その度にハルの体が弾かれる。けれどその足は止まることなく前進を続けていく。


 一歩、また一歩。

 削れていく体を引きずって、ただ愚直に前へ征く。


「しぶてえッ……!!」


「ォオオ、オオオァアッ!!!」


 残り十歩。

 防御に回していた大剣を攻め手に回す。

 左腕で頭部を申し訳程度に守り、地面を蹴ると同時に剣を横薙ぎに払った。弾かれた岩弾の一部がバシムの横を抜けて部下の一人に当たり悲鳴が上がる。

 巻き起こる動揺を逃すことなく一気に飛び掛かって、大剣を大上段にバシムへと振り下ろし――


「――ハイ、バァカ」


 ハルは血飛沫と共に宙高く舞い上がった。


「ガハ、ァ……!?」


 地面から、岩の柱が生えたのだ。

 バシムの立つ岩肌のすぐ前から隆起した岩の壁が、跳躍したハルを貫き、中空へとかちあげる。

 打ち上げ花火のように打ち出され、無防備に宙を舞うハルに向け、バシムは号令の手を掲げた。


ち殺せ」


 背後の部下たちが次々と我に返る。

 動き出してしまえば精鋭揃いの男たちだ。

 一射、二射、三射。

 ピーターが見立てたとおりの実力を存分に発揮し、一息で幾つもの矢が放たれた。



 ハルの体に次々と矢が突き刺さり、そのまま岩橋の上に受け身も取れずに激突した。



 地面を跳ね、手足を投げ出しうつ伏せに倒れ伏す。

 未だ右手には分不相応な大剣を固く握りしめ、動かない。

 血溜まりがゆっくりと広まり岩肌に染み込んでいく。


「ぅ、ぁ」


 その全てをピーターは傍観した。

 ハルの援護を行うこともできず、ただ呆然と圧倒された。


「ああ、ああああ……」


 介入できる戦いではなかった。

 投げナイフが得意なだけの凡人にできることは何も。

 そんな諦めを言い訳にして、また見殺しにした。


「あああああぁぁぁ、あああぁっ……!」


 全てが遅すぎた。

 袖に仕込んだナイフを取り出そうとも。

 切り札の爆薬が入った胸ポケットに手を入れようとも、もう時間は巻き戻らない。

 どうしてあと少し早く動けなかったのか――自責の念で死にそうになる。


 怒りと焦りで煮え立った本能も。

 怖気に駆られた理性も、ピーターの遅すぎる抵抗を責め立てた。


「判断が遅い。咄嗟に動けない、殺す勇気もない! お前らどいつもこいつも冒険家として終わってんじゃないですかねぇ!」


「ッ……」


「そりゃあ成功しませんよ銅貨級ブロンズ! カビが生えたクソみたいな十年ご苦労様でした! まったく無駄な時間過ごしましたね! 心から同情します!」


 頭の奥がかっと熱くなった。

 自棄っぱちの思考が、踏ん張る力を加速させる。

 無謀と承知でバシムの横っ面に一矢報いようといきり立つ、そんな浅はかな抵抗はしかし。


「ピーター」


 直前で、強い声音で縫い留められた。


「準備を」


 黒尽くめの少女だった。

 彼女は未だ鞭で拘束されたまま、ピーターの背の服を引っ掴む。

 顔を俯かせた彼女の表情が読み取れない。

 小さくも怜悧な声音には感情が籠っていない。

 ただどこまでも合理を突き詰めた声が。


「いつでも動ける、準備を」


 疑問だけがピーターを支配した。

 目の前で相棒の少年がああも無残に殺され、どうしてこんな声が出せる。

 服と一緒に背中の皮膚を掴む彼女の手の力から強い感情が伝わってくるのに、どうしてここまで取り繕えるのか。


 この場の誰より彼女は取り乱していいはずなのに。


「ははっ、噛み付く度胸もないとか終わってますよお前。……ぁ? 死んだ? 誰が? あぁ最初に蹴り飛ばしたやつ? 岩弾で? そうですか。まぁその損失はこの女を売り捌いて埋めるとしましょう、か!」


 部下の報告にぞんざいに返しながら右手の鞭を握る手に力を込める。

 頑丈な魔獣の皮をなめして作ったと思われる鞭が軋み、巻き付いたルシカの体を引き寄せていく。

 ピーターが慌てて鞭を抑えると、突っ張った衝撃による苦痛が少女の口から洩れた。


「痛がってるじゃないですか、可哀想に。身体に傷跡でも残ったら価値が下がるんですよ? あんまり綱引きとかさせないでほしいなぁ」


「これで、いい……ピーター、そのまま抑えて……っ」


「……いい加減諦めてくださいよぉ」


 不満げにバシムが左手を掲げる。

 球体の魔導品アーティファクトが再び鳴動し、四面体に形を変える様子にピーターの顔が青ざめる。


 岩弾の射出か。

 柱による打突か。

 あるいはピーターの立つ地面の崩落か。


 数秒後に迫る死を前にしてピーターが身を固くするなか。


「見誤っ、たな……この遭遇戦は……私たちの、勝ちだ」


 苦しげな呼吸を吐き出しながら、ルシカは勝ち誇った。


 初めに声を上げたのは弓を構えた部下の一人。触発され次々と動揺と困惑の声が祭囃子のように上がる。

 バシム・ファロウの脳がそれを理解するのが一瞬遅れ。

 ピーターは言葉を失いまたも傍観者の側へと立つ。


 その場の全員が目を疑い驚愕する中、ただ一人だけ――


「ハル!!」


 最初から最後まで、ずっと少年を見続けた少女だけが。

 血まみれの死体もどきを、歓喜の表情で出迎えた。

 生存への喜びなど今更語らず、ただ一言だけを言い添えて少女は相棒を送り出す。


宝珠オーブを!!」


「ォォ、ォアぁああああああああっ!!」


 大剣の一閃。

 完全に不意を突いた一撃がバシムの胴体を薙ぎ払う。

 ルシカを拘束する鞭を両断し、なおも勢いを寸分も殺すことなく、バシムの体を上下に分けて斬り飛ばす斬撃はしかし――素早く身を翻したバシムの服の裾を引き裂くだけに終わった。


 乾坤一擲の奇襲は、失敗に終わった。

 未熟さを獰猛な笑みで嘲るバシムに対し、ハルは眼を鋭く吊り上げた。


 お返しだ馬鹿――ハルの口が、そう動いた。


「んおっ……!?」


 剣を振るう遠心力を利用し、射出の如き速度で肉薄。

 大振りの一撃を囮にしてバシムへと伸びたのは、血に染まったハルの左腕だ。

 狙うは最初から、彼の持つ宝玉オーブ

 占い師の水晶玉ほどはある大きさの宝玉に、ハルの親指を含む三本の指のみが引っ掛かり、そして。



 ――――ぱきん。



 呆気ない音と共に、迷宮珠玉ダイダロス・オーブが砕け散った。





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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど納得しました! 解説感謝です! [一言] バシムはハルに対して「甘い!」なんて笑っていますが、ご本人の方がよっぽど「甘い」ですね。 私だったらハルが襲いかかってきた瞬間に右手を放…
[良い点] 中盤のクライマックス! と、わくわくしながら読み始めました。 でも、何度読み返しても、私の頭では状況が理解できません。どうか助けてください! [気になる点] ハルは主人公だから、死んでいな…
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