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11話 「夢殺しのシンボル」






「さて、ハル。ピーターがゴブリン対策会議だとか言う茶番の人身御供になっている間に、情報の更新を済ませてしまおう」


「もうちょっとピーターの名誉に配慮した言い方しねえ?」


「必要な犠牲?」


「いやお前の所感を求めたわけじゃなくてだな」


 ホウロン村に着いた直後のこと。

 村の名士や冒険団の長らが集う会合にピーターを送り出したルシカは、宿の確保を早々に終わらせると自分に宛がわれた部屋に相棒ハルを招いてミーティングをおこなった。


 今後の動きも含めた情報共有。

 分岐する可能性と懸念材料、未だ不明な点。

 可能な限りを細かくかみ砕いて、頭に入れるべき事柄を調整する大事な時間だ。


「――以上がホウロン村の全容だ。幾つか推測の余地を出ないが、まぁ大筋は間違いない。ここまでで何か質問は?」


「質問って言われてもな……」


 ハルが鳶色の髪をがしがしと掻きながら険しい顔を作る。

 裏の裏まで全てを見通す聡明な彼女とは違い、ハルには並べられた情報を一つ一つ咀嚼して理解していくのが限界だ。

 この上で質問を求められても答えようがない。


「何が分からないかも分からねえんだけど……」


「まぁ、ハルの場合は全部理解しなくていいかな。誰が敵か、それだけを把握してくれれば君のほうで帳尻を合わせてくれるだろうし」


「それ結局いつもの行き当たりばったりじゃねえの?」


「指示しても半分ぐらいしか参考にしないんだから一緒」


 ――参考にしたくても出来ない場合もあるんだぞ。


 喉元まで出てきた言葉をハルは呑み込んだ。

 これを口にしたところで倍以上の理屈詰めでやり込められるのが見えている。

 口下手を自覚する少年は、ひとまずの不満を呑み込んだ。


 ハル自身、もどかしい思いはしているのだ。

 彼女の知識を活かしきれず、かと言って唯々諾々と指示に従うほど盲目にもなれず。

 黒尽くめの少女はさぞ、ハルという存在を扱い辛いと思うことだろう。


「……もう日が沈むのか。最近、時間が経つのが早い気がする」


「充実している証拠さ。時間を忘れて、何かに打ち込めるのは幸せな証拠。時はエーテルなり、ってね」


 息抜きがてら窓に目をやると、太陽が小高い山の向こう側へと隠れ始めている。

 ピーターはいつ頃戻ってくるだろうか。

 自分より二回りは年上の先達を思い返し、ハルは顔を曇らせる。


「……ピーターを一人にして大丈夫なのか?」


「相手は回りくどい手を好む秩序型の策士だ。強引に事を進めて混乱を招く真似はしない。誰に見咎められるか分からない村の中ほど安全な場所はないさ」


「やっぱり、ピーターには事情を打ち明けるべきじゃないか?」


「私は情報の開示には慎重を期すべきだと思う。ピーターを信用しないとは言ってないよ? でも私たち側に話せない内容が多すぎる。……君自身がその最たる例だろう、ハル」


 痛いところを突かれてハルはもう一度頭を掻いた。


 思い返すのはライダーギルドでの一幕だ。

 元々動物に好かれる体質ではなかったが、まさか調教された馬にまで拒絶されるとは夢にも思いもしなかった。

 暴れ出す馬に向けられた不審な目が、いつ自分に向くか――それが恐ろしくなかったといえば嘘になる。


「危なかったよな、あれは」


「とてもね。暴漢に絡まれた時といい、本人の意思や言動に寄らずトラブルを呼び寄せるのはどういう星の巡りなんだか。私は退屈はしないから、いいのだけれどね」


 薄っすらと笑って肩をすくめる仕草が妙にさまになる。

 恵まれた容姿も相まってまるで演劇の王子役はながただ。

 緻密な計算に基づいた動きを洗練された動作でこなす姿は、男のハル以上に格好良さを際立たせる。


 ただし、と敢えて言葉を重ねるならば。


「楽しそう、だよな。ルシカは」


「うん、そうだとも。とても愉しんでるよ」


 彼女の切れ長の瞳が酷薄に細まる。

 愉悦と歓喜と悪戯心。

 無邪気な童心を織り交ぜながらも妖艶に微笑むその顔は、決して善行を為す者の顔ではない。

 見目麗しくも相手を堕落に誘おうとする、悪魔の貌というほかなく。



「全存在を懸けて同業者あくとうとしのぎを削る――悪党わたしの、本来の仕事だ。胸が躍らないはずがないじゃないか」





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 そして現在。


 山肌を仄かに照らす赤光が見える。

 一見すると鬼火としか思えない真っ暗闇。

 ぽつりと揺れる明かり――近付くにつれ、それが篝火だと気付いた時、ピーターは信じられないという面持ちで呟いた。


「……松明たいまつが。なんで」


「め、目印だよ……猫人族ミアキスの暗視能力や機人族マキナの機構兵装、はあ、そんな特異性がない限り、人間には……暗闇を見通すことが、できない、はあ」


 息も絶え絶えに語る彼女には悪いが、ピーターが言葉を失う理由は別だ。

 精巧な細工を以て岩肌に取り付けられた松明たいまつの造りから腕の良い斥候にんげんの仕事が見て取れた。


 それはつまり。

 今日までピーターが信じてきた一つの常識が壊れる前触れだ。


「ピーター?」


「……いや、先に進めば答えは出る。ルシカちゃんが言いたいのはそういうことだろう?」


「ん、そうだと思う。いま本人それどころじゃねえけど」


 気の毒なハルの視線の先で。

 懸命にロープにしがみ付くルシカの姿があった。


「ハァ……ハァッ、ァ――」


 目的地は急斜面の向こう側だった。

 お役御免となった機械馬バイホースを茂みに隠し、一行は崖登りを選択した。

 途端に顔色を青ざめたのはルシカだ。

 冒険家の健脚ならロープがなくても容易に踏破できる程度の斜面――しかし、ロープという補助を得てもそれを踏破できないほど、ルシカの体力は常識外れに低かった。


 最初の見立てで看板娘アーネより動けない、と見ていたピーターは評価を改める。彼女の運動能力は成人女性と比べることさえ躊躇う程だった。


「いや――失礼ながら、ここまで体力がないとは」


「ほんとすみません。迷惑かけます」


 余裕綽々、泰然自若。

 憎たらしいほどそんな言葉が似合う彼女はもうどこにもいない。

 踏破すべき斜面がまだ四分の一にも到達していないにも関わらず、黒尽くめの少女の手足が生まれたての子羊のように震え出した。


「ぜえ、はっ――ハル。わ、私にしては頑張ったけどもう手がだめそう、おぶって?」


「たったいま始めたばかりだろうが甘えんな。胸躍るとか大口叩いてた時のお前どこいった?」


「崖登りが楽しみと言ったわけじゃな、ぁ、これむ、り」


「中止中止、ハルさんいったん登攀中止! 駄目だこれ!」


 結局、自力での登攀は諦めざるを得なかった。

 時間を多大に消費したうえ、最終的に採用されたのはルシカの体をロープで頑丈に固定し、ハルが引っ張りあげるという荒業。

 もはや登攀とは呼べない作業に悪戦苦闘をしながら、どうにか篝火の場所まで辿り着く。

 揺れる灯火に導かれ、山脈を繰り抜いたような横穴を見つけたルシカの表情が得意げに緩んだ。


「ぜえ、はぁ、おあつらえ向きだね……自然の営みで出来た洞穴は、濃密な土の魔力マナを溜め込み、結晶化した魔力マナ妖精フェアリーを……すまない、まだちょっと喋る体力が、息継ぎが」


「もう解説はいいから」


 寝袋を敷き、有無を言わさずルシカを寝かせる。

 休憩所として適した場所ではないのだが、体力が戻らないまま洞窟の中に足を踏み入れるほうがよっぽど危険度が高い。

 思わず、ぽろりとピーターの口から本音が零れる。


「せめて運動に適した格好すればいいのに……」


「いくら言っても似たようなやつしか着ないんだ。真っ黒でヒラヒラの」


「まぁ女の子のこだわりって凄いからねえ……思えばアーネちゃんにもそんなところが、いや、ごほん」


 柄にもなく呟き、それから慌てて頭を振る。

 有事の前に残してきた恋人の顔を思い出すのは不吉だ。

 迷信を信じる冒険家は意外にも多いのだ。


「は、ハル……ピーターを連れて、先に……」


 体を起こす気力すら残っていないルシカが、億劫そうに洞窟のほうへと細い人差し指を向ける。


「中を見せてやるんだ……時間がもったいない……」


「お前ひとりにするほうが危なくね? ……いや、いい。分かった! 無理に起きなくていいぞ! 時間を有効にだな! 分かってるから寝てろ!」


 慌ててハルがピーターの背を押す。

 促され、洞窟の入り口に立たされたピーターは少女を残して中に入ることに渋るが、その目が洞窟に向いた時、強い違和感に口ごもった。


「……ここは天然の洞窟じゃないね」


「分かるのか?」


「風の通り方や声の反響が広さの、岩肌の劣化具合が新しさの指標となるものだけど……この洞窟は風化や地滑りの積み重ねじゃ説明できないほど広くて、新しい」


 敢えて例えるなら坑道に似ている。

 天然の洞窟に人の手を入れて更に利便化した横穴――混成洞窟とも呼ばれるそれは、松明たいまつを見つけた時と同じく強烈な違和感を叩き付けてくる。


「も、元からある天然洞窟に、持ち主の自由に造り替える魔導品アーティファクトが使われて、ぜい……」


「中入ろう。一人にしないと延々喋って休憩にならない」


「そ、そうみたいだねぇ」


 尚も語らんとするルシカを置いて洞窟の中へ。

 天井や壁の岩肌が仄かな光を放っていた。

 誓約フィデスを結ぶ時に現れるものと似通ったこの光は、恐らく天然の魔力マナそのものなのだろう。


「驚いたな……洞窟の中が、こんなに明るいなんて……」


 マナは本来、可視化することはない。

 森精族エルフであれば微細なマナの動きも目で追うことはできるが、ピーターのような人間族ヒューマンが見ることができるのはよほど純度の高い魔力だけだ。


「周囲を照らせるぐらいのマナ……天然洞窟でもないのに、これは――」


 通路は拍子抜けするほど短かった。

 彼らを出迎えたのは眩い蒼の光と、開けた空間だ。

 目を細めて光を慣らす。

 そしてようやく飛び込んできたその景色に――


「――――――ぁ、……?」


 文字通り、絶句した。


 ぶるり、と震えが走った。

 頭の先から足の爪先に至るまで、全て。

 あんぐりと開いた口が塞がらず、目は血走らんばかりに見開き、何かを喋ろうとする舌が痺れて役目を果たさない。


 彼が見たその光景をそう、端的に表すならば。


「ご、……ぶり、ん……?」


 醜悪に顔を歪ませた小鬼たちの群れ。


「ごぶりんが、……、いる……?」


 ピーターが立つ岩肌に。

 洞窟を形作る四方の岩壁に。

 あるいは馬鹿馬鹿しいほど高い天井にまで――びっしりと、異形の姿が張り付いていた。


 正しくはその上半身だけ。

 下半分は地面に、壁、天井に埋まったままだ。

 時折びくりと痙攣しながら、だらりと頭や細長い腕を投げ出していた。


「ぁ……うぇっ……」


 気持ち悪い――怖気が背中から這い上がってくる。


 まるで地獄を彷徨う亡者の群れを描いた彫刻のよう。

 天井の中央部に生えた巨大な水晶の蒼い輝きに許しを請うように縋る小鬼らは、浅い呼吸を繰り返している。


「い、い、生きて、る……」


 そう、生きている。

 生きたまま、死んでいた。


 たまたま目を留めたゴブリンがいた。

 苦しそうに一鳴きし、そしてぐずぐずと身体が崩れて黒い塵になって空気に溶けた。

 あの短い呻きが断末魔だと気付いた。

 生まれた空白から再びゴブリンの上半身が生えた。

 新しく生まれた小鬼はしばらく手をばたつかせ藻掻もがいていたが、やがて力尽きて周りと同じようになった。


 生きて、死んで。

 生きて。死んでいく。

 生命の仕組みを完膚なきまでに凌辱した光景に、ピーターは競りあがってくるものを抑えきれない。

 げほげほ、と涙目で咳き込み、吐瀉物を吐き出し続けた。


「なん、だ、なんだ、これ。こんなの、おかしい」


「…………」


 先に『これ』を見せておけとルシカが言った意味がようやくピーターにも分かった。

 この光景を覚悟なく目にすれば心を削られる。

 ただひたすらにおぞましいこの景色を、彼らは知っていたのだ。


 顔を上げる。ハルに取り乱す様子はない。

 許しがたい仇敵を睨み付けるような鋭い眼光でしばらく天井を見上げ、そして視線に気づくと突っ伏すピーターの背を撫でた。

 介抱をしながら、おずおずと問いかける。


「大丈夫か? その、色々と……」


「ぁ、ぁあ……す、少し、落ち着いてきたよ……でも、これは、これが、ゴブリンの、真相……」


 もはや信じざるを得ない。

 生まれてから死ぬ過程をまざまざと見せ付けられた。

 ゴブリンという生き物が、少なくともまともな繁殖をしていないのは明確だった。それだけで、これまでの常識を丸ごと覆す根拠となりえた。


「ごめん……ごめん、でも、いまは……」


「……休んでてくれ。俺は、ルシカの様子を見てくる」


 気遣いの声と共に、ハルは元来た道を足早に引き返す。

 こんな場所で休めだなんて酷な話だと思う反面、考えをまとめる時間に使う良い機会なのは確かだった。

 尻餅を突くように地面に倒れ込んだ。

 両手で顔を覆い、できるだけ景色を視界に入れないようにして。


「ずっと――憎んできたのになぁ」


 誰にも聞こえないような声量で、そう呟いた。

 呟いてから自嘲地味に笑った。


「……そっか。俺はずっと、憎んでたのか」


 ゴブリンを。

 仲間を殺され、勇気を殺され、夢を殺した怪物を。

 口にするまで自覚してこなかった密かな憎悪を。

 人に害為す魔獣と聞かれれば真っ先にゴブリンを上げるほど恐れ、意識して。

 それを表に出すことを恥と思い、飄々とした態度を取り繕って危険から逃げ続けてきた。


 ゴブリンは、ピーターの人生の象徴シンボルだった。


 言うなれば失敗の証だった。

 冒険をしない冒険家を生み出した根幹であった。

 今もなお湧き上がる黒い感情に、ピーターは一つの決着を付けなければならなかった。


「魔獣だからこそ――恨み続ける価値が、あったのに」


 人類の天敵である魔獣だからこそ。

 その存在を丸ごと憎み、嫌悪し、唾棄するに足る怪物だと信じられた。

 けれどその正体は自然発生する妖精フェアリーで、誰かの都合で搾取される生き物だった。

 そうと知って憎み続けるのは難しい。


 ――いや。もういいのだ。

 自覚もしていなかった恨みを、引き摺り続けるなんて。


「――だから、これで……」


 これで、良かったのだ。

 若い時分に養った恐怖と憎悪が、才能のないピーターを今日まで生かした。

 そんな自分を愛してくれる少女が現れ、彼女との未来を望んで真実まで導かれただけのこと。


 心の奥底で濁ったままの悪感情を、いつまでも後生大事に持っておくことはないのだ。

 だから、今は――



「俺は一体、何に巻き込まれた……?」



 この異常な状況を整理しなければ、ならなかった。







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