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 オークと別れ、大きな道を小一時間ほど歩くと、唐突に森の終わりを告げる看板が現れた。

 看板には丸みを帯びた文字で『チューリアル森おわり。ここから先は自由の丘。真の冒険が貴方を待っていますわ!』と書かれていた。文の最後には誰かによく似た顔のイラストが彫ってある。


「――ふむ」

「そうよ! 私が夜なべして彫ったの」

「まだ何も言っていません」

「はぁ……ハルアキが加護なしで本当にここまで来ちゃうなんて……」


 看板の足元から白線が伸びている。内容からして、森と丘の境界を示しているのだろう。

 チアシードはその線の手前で歩みを止めていた。


「さあ、女神が動ける範囲はここまでよ。ハルアキ。最後の質問にするわ」

「はい」

「本当に女神の加護無しで、先に行く気なの?」

「考えは変わりません」


 それはむしろ強くなったと言っていい。あの奴隷にされていた少女――メルティでさえ、ゼロからやり直そうとしているのだ。


「この前みたいに死んだら、もうやり直しは効かないのよ? ハルアキという人間は完全に消滅して存在が無くなるわ。ロストよ」

「望むところです」


 チアシードがオークに捕まっていたのは、少なくともチアシードにとっては、わざとだったのかもしれない。あの時点でオークに殺されれば、また白い家から出直して女神の条件を飲まざるをえなかった。

 結局、それは叶わなかったのだが。


「…………うーん」

「質問は以上ですか」


 チアシードはぎゅっと目を閉じて、何かを考えているようだった。まるで、一世一代の重大な決断に直面しているかのようだ。


「……ねえ。私もついて行っていい?」

「む」


 想定外とは言わないが、あまり意図が読み取れない。


「何か手助けをするつもりというなら――」

「邪魔はしないわ! ハルアキがチャレンジ精神旺盛なのはよく分かったつもり。なんというか、その……ハルアキって、グルメじゃない?」


 ??

 想定外だ。

 今までのどこを見たらそう思えたのか。


「グルメではないと思います」

「うーん……でもスライムを食べた人なんか聞いたことも無いし、なんならオークも食べようとしてたでしょ?」

「まあ……生き残るために必要ならば」


 オークを食べようとしてたのはチアシードの方だった気がするが……実際問題、切羽詰まったら躊躇っている余裕は無い。


「そういうことよ! なんかそういうのが新鮮でいいなって思ったの」

「なるほど。しかし、楽しいことばかりではありません」


 ちょっとピクニックに行くような気分なら、はっきり断っておかねばならない。想像を絶する苦痛を味わわせることになる。事実、本気で挑んで二度も死んでいるのだ。


「耐えてみせるわ! きっと、そうやって食べるご飯が美味しいんでしょう?」


 チアシードは今までで一番真剣な顔つきをしていた。動機がかなり怪しいが、こちらと同じくらい彼女にとっては重要なことなのかもしれない。


「……分かりました。そこまで言うのなら、一緒に行きましょう」

「やった! よろしくねハルアキ!」


 チアシードが木の枝を振ると、空中に水色の外套が現れて、ふわりとその身体を包み込んだ。


「チアシード様――」

「様は無し。ここから先は女神じゃなくなるわ。佐郷と同じ、か弱い人間よ」

「ふむ……?」

「だから、ステータスオープンとかそういうのも無しにする。便利な魔法も今のが最後」


 チアシードは両足を合わせて、森の境界線を飛び越えた。顔を上げたその目は決意に満ちている。


「ここからはハルアキがリーダー! 好きにやっちゃってちょうだい!」


 女神であることをやめる。わざわざそう言ってくれるチアシードは、会社を辞めて家を出た時の自分を見ているようだった。


 まだ時間にして一ヶ月に満たないが、自分がいかに磨り減っていたかを痛感する。

 そして、活力を思い出させてくれた彼女には感謝すべきだ。


「素晴らしい意気込みをありがとう」

「分かってくれた? 私はやる気満々なんだから」


 会う人が皆、険しい道を進むための活力に満ち溢れている。この世界は存外、良いところなのかもしれない。


「では、チアシード」

「はいなっ」


 今度の挑戦は今までとは勝手が違う。場合によっては、一人の時より倍の苦労が待っているだろう――


「これから、よろしくお願いします」

「改めてよろしく! って、結局は丁寧語になるのね……」


 ――それはそれで、いいと思った。

 得られるものも、きっと倍以上になるだろうから。



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