25
馬小屋の主人マクナルは空を見上げていた。
空の色はオレンジと濃紺の中間色になっている。黄昏時だった。
普段の馬小屋なら、うだつの上がらない冒険者たちで賑わい始める頃なのだが、今日は違う。
「災害レベルの襲撃、か。ここからじゃよく見えねぇな」
持ち場を離れることのできないマクナルは独りぼやく。
「あいつら、結局帰ってこなかったな。上手くやってるといいが」
佐郷のことを思い出していた。
あいつは『馬』にしておくには惜しい新米だ。すぐにでも成り上がると思っていたのだが、今はどこで何をしてるやら。
そう考えていると、視線の先──空の中に光るものを発見した。
「お、流れ星か。せっかくだし、あいつらの無事でも祈るとしよう」
祈ると言っても、手をあわせたりはしない。マクナルはとくに信仰をもたない男だった。
そもそも、信仰の対象にされるべき女神が、あの体たらくなのだ。
だから、ただの願掛け、験担ぎ。そう思いながら、流れ星を見つめていた。
「ん……?」
流れ星はいつまで経っても消えなかった。光る筋を長く長く伸ばして、その像を大きくしていく。
ここまで星が接近するのは珍しい。
やがて、肉眼で星の形が分かるようになってきた。
隕石は丸に近い岩だと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
なんとなく、手足が付いているようにも見える。
「まさか……人?」
奇妙な考えが頭をよぎるが、人にしては大きすぎる。
こういうのは何というのだったか。怪しい飛来物。未確認飛行物体──
「UFO……?」
いやいや、童話の中の話だ。そんなものは存在しない。
それに円盤の形をしていない。あれには手があって、足がある。
そして、どういうわけか後ろ足もある。
「う、馬……?」
馬も人も手足は合計四つだが、あれには二つ余計なものがついている。
もしかしたら、馬が空を飛ぶために備えたものなのか?
ならば、あれは手ではなく翼という他にないだろう。
つまり、つまり、あれは──
「ペガサスだ!」
馬小屋の主人マクナルは、空駆ける天馬に手を合わせた。
◇
「──おおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!」
砲身から特大レーザーを放ちながら、デスマキナは高速落下していた。
白熱しながら少しずつ装甲が剥離し尾を引く姿は、観る者によってはペガサスが空を駆けているように見えるかもしれない。
「ちょっ、ハルアキ! 今どうなってるの!?」
「おお、起きたか……」
眠っていたチアシードが覚醒する。
今にも意識を手放しそうだった佐郷は、それで少し気を取り戻すことができた。
「今は三発目を撃ち、地表に向けて加速しているところだ」
「このままじゃ激突待ったなしね……。分かっていたことだと思うけど、どうするつもりなの?」
「うむ。ここからはチアシードの力を最大限に使わせてもらう。女神バリアをな」
「……いいの?」
女神バリアとは、佐郷にとって最大の禁じ手だった。
生きることに対して妥協を許さない。最初から有利など、もっての他。与えられるのではなく、自らの手で勝ち取りたい。
そういった佐郷の信念と相反するチート能力には、絶対に頼りたくなかった。
今でも根底にある気持ちは変わらない。
ただ、異世界との付き合い方に対しては、当初よりも大きく変わっていた。
「女神特典といったかな」
「え? うん、ハルアキが蹴ったやつね」
「悪かったな。素直に受け取らずに」
異世界の代表として迎え入れようといた女神を拒んだことを後悔していた。
今、ようやく素直に謝ることができる。
「今さら照れるわね……。でも、ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ、ハルアキ。もうあげられるものなんて、無くなっちゃったけど」
「気付かなかったことだが、十分貰っているんだ。だから礼を言いたい。そして、これからもよろしく頼む」
「はっ、はいはい。フラグはやめましょうね!」
チアシードは照れたように言うが、気持ちはよく伝わっているように思う。
ここでは隠し事ができないのだから。
「……っ! 知っての通り、女神バリアは私だけのものよ。いい? 他の部位だと耐え切れない。 しっかりと右腕を大きく突き出して着地して。あとは私に全部任せてくれれば、きっと皆を守るから」
「ああ……頼む」
意識が限界に近い。
せめて、最後の瞬間まで居合わせなければ申し訳が立たない。
だって『俺』はリーダーだから。
「おおおぉぉぉぉ──お? 打ち止めですね。ハルアキさんお疲れ様でした!」
「よ……し、体勢を立て直す」
メルティ砲が終わったのを確認し、機体を反転させる。
仰向けに倒れたまま、こちらを見ているざくろの姿があった。
ざくろは目と口をこれでもかというくらいに開いている。腰を抜かしているのか、動こうとすらしていない。
その腹に目掛けて、右腕を突き出す。
「ううぅぅぅ! 自分のお腹を殴るようなもんだわ!」
「チアシード、集中だ……あなたにかかっている……」
落下地点はただの地表ではない。天使バリアのかかったざくろの腹だ。
それが女神バリアとぶつかった時、どんな影響があるかは計り知れない。
「や、やめてよ。不安になってきた……」
「チアシードさん。『魔法』をやってみてはどうでしょう?」
「魔法……ハルアキ式のやつ?」
「そうです。目を閉じて、成功する未来を探して、掴み取るんです」
「成功する、未来──」
メルティがチアシードをサポートしている。とても良好な関係だ。
こちらはもう、言葉を紡げないほどに意識が薄れているが、メルティが言いたいことを言ってくれている。
「その調子です。ざくろが近付いてきましたよ。さあ、最後に魔法の名前を叫ぶのですっ!」
目標は目と鼻の先だ。頼むぞチアシード。
「いくわよっ……はあああ! ――ペガサス流星パーンチ!!」
なんだその命名は────
右手がざくろの腹に触れる。
瞬間、全てがスローモーションになった。痛みも衝撃も音も無い。
右手とざくろの腹から、優しくて眩しい光がじわりと広がっていく。あらゆるものを白色で塗りつぶしていく。
それは、佐郷の意識も例外ではなかった。




