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「あら? またアレを撃つというのかしら?」
「ざくろ。最終勧告だ。痛い目にあいたくなければ、投降しろ」
『充填開始』
酸毒を浴びているが、砲は問題なく機能するようだ。独特な音とともに、左半身が熱くなる。
「投降? する訳がありませんわ。現在窮地に立たされているのは貴方でしてよ? ハルアキさん。次の手に自信が有るのかしら?」
「その通りだ。さっきのように突然命乞いをされても止まれないぞ」
「あっ、あんなの演技に決まっていますわ!」
『充填中――70%』
今度は右から左へと力が流れ込んでいくのが分かる。穏やかで優しい水色の力が、赤い砲身に近付くにつれて激流へと変わっていく。そんなイメージだ。
「……まあ、手を下さず心が折れる姿を見るのも悪くないですわね。また汚れてしまうのは癪ですが、ここまで頑張ったご褒美ですわ。貴方が無駄撃ちする様を、ここで見ていてさしあげますわぁ」
「その驕りが敗因となるぞ? 良いんだな?」
砲身が震える。もうすぐだ。勝利の条件が整う。
『100%充填完了! デウスエクス……』
「うふふ! いらっしゃいな。貴方の全てを受け止めてさしあげますわー!」
「言ったな。覚悟しろ……!」
両手を広げるざくろから、砲身をずらす。
狙いは自機の真下。平原の地面。この星そのもの。チアシードが愛する異世界に対して、垂直に。真っ向から。
『――ビィィィィーーーーーーーーッッム』
「――おおぉぉおおおおおぉぉおぉぉっっ」
左腕から放たれた破壊光線は足元で大爆発を引き起こし、機体を空中に打ち上げる。
強烈な熱線を浴びても熱さは感じないが、恐ろしい衝撃に意識が飛びかける。なんとか歯を食いしばりそのまま空中でバランスを立て直すことに専念した。
今、機体を冷静に動かせるのは自分しかいない。
チアシードは命をメルティに託し、メルティはまだ破壊光線を放射している最中だ。
どこまで飛び上がるか分からないが、高度は高ければ高い方が良い。それは成功率に直結する──
「──ぉおおおおおぉおおぉぉっっっ」
『──オォォォオオオオオオオッッッ』
──そう思ったのだが、今回の破壊光線は随分と長い。グランニュートの町はあっという間にミニチュアのように小さくなり、機体は雲を突き抜けてもなお上昇していく。
やがて、『異世界は丸かった』と感嘆の息を漏らしてしまうほどまで昇りつめたところで、ビームは止まった。
「はぁ……はぁ……。あれ……ハルアキさん。ここはどこでしょう?」
「うむ……宇宙?」
そうとしか言えない。夕焼け空は青色となって、眼下の星を覆っている。
機体はどこに引っ張られるでもなく、ふわふわと漂っていた。
ここまで来てしまうと、ざくろどうこうの話ではなくなってくる。
「おお! これが宇宙……おとぎ話の世界に来てしまいました」
どうやら異世界人はまだ月に行ったことが無いらしい。
剣と魔法の世界なので科学の発達が遅れているのだろうか。
それなら、このロボットは何なのだろう。オーバーテクノロジーどころの話ではないが。
『温度急低下。機体氷……結……シス……テ……ム……ダウ──』
「おい。しっかりしろ」
『────』
デスマキナの応答が途絶える。BGMのように流れ続けていた熱いビートも停止した。
無音。
「止まっちゃいましたね……」
「凍りついてしまったようだ。このままだとまずいな」
「宇宙って、寒いんですねぇ」
体感では寒さを感じないが、かなりの低温になっているらしかった。
手足を動かそうとするが、恐ろしく鈍い。ガチガチと嫌な音を立てるので、無茶をしない方が良いかもしれない。こんなところでバラバラにはなりたくない。
「チアシード。起きてるか?」
「ふにゃ~~……」
「まだ賢者タイムのようですねぇ」
メルティの言い回しが気になるが、おそらく消耗した者にしか味わえない感覚なのだろう。
それならば、答えはすぐにでも分かる。次は自分の番だ。
「どうしましょう? ハルアキさん」
「もう一発、頼めるか?」
「おお。ビームを撃って元の場所に戻るんですね?」
「その通り。落下地点はざくろの上だ」
大気圏外から自由落下すれば、あのざくろも流石にひとたまりも無いだろう。
自分で考えておいて何を言っているのか分からないが、この異世界はそういうものだと割り切って試していくしかない。
途中で燃え尽きて全員死ぬなどという面白さの欠片もない考えは、元いた世界に置いてきた。チアシードの世界を信じよう。
「ハルアキさん、楽しそうですね」
「む。そうか?」
「何だか、笑ってるように感じます。直接見ることが出来ないのが残念ですけど」
「それは不謹慎だったな。すまん」
「いえいえ! 実は私も同じ気持ちですよ。まあ、シンクロしているので分かると思いますが」
確かに。こんな状況だが、ずいぶんと高揚感がある。
冗談の連続みたいな異世界だが、そんな場所で、皆必死に生きている。
本当に良いところに来たものだ。
「フラグですか?」
「あー。いや、忘れてくれ。まだ死ぬつもりはないぞ」
「あははっ。分かっていますよ。さあ、やりましょう。ハルアキさんの熱い想いを私に託してください」
心を集中する。
体の中心で熱く滾る血液を、左に居るメルティへ。
いつか見た夢の中で、登山家たちが流していた命の赤。それが循環しているのがよく分かる。
「来てます来てます。えねるぎー充填中……ただいま50%といったところでしょうか。へへへ」
「……デスマキナは凍り付いてるんだったな。一人で大丈夫そうか?」
「任せてください。元々私の魔法です。ハルアキさんから貰った、世界に一つだけの魔法です。一日一回しか撃てないのに、今日はそれが三回も! ああ、私はなんて幸せなのでしょう……!」
メルティは本気で恍惚を感じているようだ。
これからどんな気持ちを味わわせてくれるのか、楽しみになってきた。
「えねるぎー充填完了です。準備は良いですか?」
「少し待ってくれ」
デスマキナ主導だと即座に撃っていた破壊光線だが、メルティはしっかりと待っていてくれる。ありがたい。
ここからはじっくりと軌道修正をする必要があるのだ。
凍結して重くなった左腕を、少しずつ宇宙の彼方へ向ける。
眼下のざくろが居た地表は、既にかなりズレていた。
人が呼吸をするように、星も自転をしているのだ。
目標地点と砲身を何度も確認し、たっぷりと時間をかけて砲身を動かした。
納得がいく角度に至り、メルティに合図を送る。
「よし、頼む」
「いきますっ──勝利を導く光の翼!!」
全身が白熱し、左腕から虹色の光線が放たれる。
機体は地表に向けて加速し始めた。
それまでくすぶっていた身体の熱が抜け出ていく。
なんという解放感か。メルティが虜になるのも頷ける。
だが、まだ気をやってしまうわけにはいかない。
機体バランスを保ちながら、焼け付く砲身の角度を微調整していく。
「──おおぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉお!!」
「ぐぅっ……!」
機体の氷が砕けて、溶けて、宇宙に虹色を残していく。
大気圏に突入していた。黒鉄の機体が白熱し、真っ白なボディへと変貌する。
『システム再起動確認。デスマキナ・最終形態──ファイナルペガサスモード』
氷結が溶けたことで、デスマキナが眠りから覚醒した。パワーアップしたデスマキナからは穏やかな力強さを感じる。
激しいビートの代わりに『アーアーアー』という聖歌のようなBGMが流れ始めていた。




