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「な、ななな……なんということですわ!? いくらバランスブレイカーといっても、それはヘンテコすぎますわ!」
混乱したざくろが尻餅をついたまま後じさる。
見た目がチアシードというのもあって、ひどく滑稽だった。
「ハルアキ。今の私たちは合体中だからね。何となくだけど、何を考えてるか分かるからね」
「む。すまない」
『チアシードが滑稽』の部分が聴こえてしまったのかもしれない。しかし、心の声を漏らすなという方が無理である。
とにかく、目の前のざくろを倒す必要がある。チアシードの姿であることを逆手に取って、大衆の前で成敗することができれば、一連の騒動も収まりを見せるはずだ。
「そうですね。ざくろが腰を抜かしている今がチャンスです」
すぐ左からメルティの声が聞こえる。
どうやら精神的な位置は、左側・メルティ、右側・チアシード、そして中心が自分となっているようだ。
それはデスマキナの身体的特徴にもよく出ている。
「左腕の砲身をざくろへ向けてください。特大の魔法を撃ち込んでやりましょう!」
言われた通り、左腕をざくろへ向けた。
キュイーン、と不安を煽るような音が鳴ると共に左半身が熱くなる。
「ちょっ……ちょっと待ってくださいまし? まだ話し合って解決できると思いませんこと?」
「問答無用です! ざくろ、天界に返してあげますよ。また弱小天使からやり直してください……ハァァァァァ」
凄まじい熱が左腕の砲身に溜まっていく。
『エネルギー充填中……50%』
腕がバチバチと火花をあげて痙攣している。狙いをつけることに苦労する。
「そっ、そうですわ! チアシード様? クッキーを食べたくはありませんか? また美味しいのをたくさん焼いてさしあげますわよ!」
「えっ…………ほんと?」
『エネルギー充填99% 三つの認証が必要だ!』
左腕から破壊光線を出すイメージはとっくに出来ているのだが、頭の半分がクッキーに侵食され始めて中々準備が完了できない。
チアシードよ、あからさまな甘言に惑わされないでほしい。
「わかってるわよ! ざくろ、あなたのクッキーはもう要らないわ。今度からハルアキに焼いてもらうから」
「えっ」
えっ。
『認証完了ォ! デウスエクスプロージョンビーーーーム発射ァァ!!』
不意打ちの衝撃が左腕を襲う。
身体の中で小さな爆発が何度も起こり、命の輝きを身体の中から追い出していく。
腹から肩へ、肩から腕へ、腕から手、そして、ざくろへ。
輝く虹色の奔流がざくろを包み込み、その姿を覆い隠していく。彼女は達観したように目を細め、実に穏やかな顔をしていた。
「――おぉおおおぉぉおおぉぉぉ!!」
『――オオオオオオオオォォォォ!!』
メルティとデスマキナの雄叫びがシンクロする。
破壊光線は遥か向こうに聳える山の頂点をかすめて、その標高をわずかに低くしていった。
砂埃が晴れていくと、それがいかに強力なものであったかが分かる。
やや斜め上の角度で撃たれた破壊光線だが、その過剰な威力によって平原の一部を抉り取るような爪痕を残していた。
「やったか……?」
被害の中心にいたざくろは、えぐれた土の上でうつ伏せの状態で倒れていた。大の字になり、頭部が少し埋もれているが、その絵面はチアシードなのであまり悲壮感はない。
「……う……ぅぅう」
「…………ざくろ。生きてる?」
ざくろは呻きながら、手足をじたばたと動かし始めた。
そして両手が地面を見つけると、そのままぐいっと埋もれた頭を引き抜いた。
「ぷはぁーーーー! びっっくりしましたわぁぁ!!」
巨人の大声に、びりびりと空気が震える。
それはグランニュートで成り行きを見守っていた者たちにも伝播し、ざわめきを生んだ。
「これでも、駄目なのか……?」
左腕の強烈な倦怠感と引き換えに得られた成果は、あまりにも無情だった。地形の破壊と、ざくろを土で汚した程度でしかない。
「ふう……さすがに痛かったですわ。その珍妙なバランスブレイカーは破壊してしまうのが一番ですわね……!」
ざくろが土汚れを軽く払うと、元の綺麗なチアシードの姿に戻ってしまった。恐ろしいことに、傷ひとつ見当たらない。
「天使バリアか……」
一番のバランスブレイカーはどう考えても天使側の能力だ。あれをどうにかしない限り、勝ち目は無い。
「さ、行きますわよ……! ざくろパンチ!」
油断していたところに巨大な拳が飛んでくる。機体重量のせいで無茶な回避行動は取れない。とっさに両腕をクロスして防ごうとしたが、左腕が痺れて動かなかった。
「ぐぅッ……!」
ガシィン、と鉄が叩かれ軋む音が鳴る。
片手だけではダメージを吸収し切れずに、脳が揺さぶられる。
『ダメージ蓄積中――頭部・軽微。左腕・再起動中』
デスマキナの状態報告が頭の中に響く。
左腕が動かないのは、さっきの破壊光線が原因だろう。メルティの反応も途切れ途切れだ。
「メルティ。大丈夫か?」
「あい……なんとかぁ……」
ふわふわとした応答が返ってくる。どうやらまだ大丈夫では無さそうだ。
「チアシード。そちらは?」
「え? 私? 私はほら、頑丈だから……」
ざくろの拳を一番まともに受けたはずの右腕にダメージが無い。
チアシードは大っぴらには言わなくなったが『女神バリア』という無敵能力があるのだ。
おそらく、それが生きているのだろう
「――まだまだ行きますわよ!」
そらならば、と全てを受け止めるつもりで右腕を差し出す。
「チアシード。すまないが、頼らせてもらう」
反則の相手に反則で対応するのは癪だが、もう形振り構っていられる問題ではない。
右腕をざくろのパンチに合わせると、ブッピガァン。奇妙な音を立ててガントレットに衝撃が吸い込まれる。
やはり、損害は無くなった。
「ぬう、小癪な真似をしますわね……」
ざくろは赤くなった手を痛そうに何度か振ると、後ろに飛び退いた。
「出でよ、ヤルヲソード・ヤランオソード!」
「……!」
ざくろの両手からヤルヲとヤランオが生えてくる。それは元の彼らよりも長く鋭く、また白目であった。
「ア……アア」
言葉にならないうめき声をあげて先端をぬるぬるとした液体で濡らすヤルヲ。
「おっほほー! このヤルヲソードはスライムの酸毒を3000倍に凝縮したもので作られておりますわ。そのヘンテコロボとの相性は抜群……覚悟は、できておりますわね?」
ざくろは小悪党よろしく、舌を出しながらヤルヲソードを自分の口元に持ってきた。
「ばかざくろ! 何舐めようとしてんのよ!」
「……はっ!」
どちらもスライムの力で強化されているので、酸毒を舐めたところで問題は無いだろう。チアシードが言いたいのは、恐らくヤルヲソードの先端を舐める行為そのものだ。
「ハルアキ、分析はいいから……。ほら、来るわよ!」
顔を赤くしたざくろがヤルヲソードで切りかかってくる。
ガントレットで弾こうとするが、ヤルヲは想像以上にぬめり、右腕を撫でるように滑っていった。
「ひゃあ! キモチワルイ!」
『ダメージ蓄積――右腕・不快感中程度。シンクロ率低下中』
何だあの武器は。恐ろしく気持ちが悪い。
先端がぬらぬらと光る、あの丸みを帯びた形状。あまりにも嫌すぎる。もう二度と受けたくない。
そんな思考がチアシード側から流れ込んできた。思いもよらない搦め手だ。
「おっほほー! どうかしら? 女神バリアの対策も抜かりなくってよー!」
今度はヤランオソードで容赦なく殴ってくる。どうしても受ける気にならず、右腕の動作が鈍る。ガードが間に合わない。飛び退いて避けなければ。
──が、麻痺していた左腕をかすめてしまう。
「ひゃうっ!?」
『ダメージ蓄積――左腕・不快感中程度。なお、衝撃によりメルティの覚醒が完了』
気持ち悪さと引き換えに、左腕の自由が戻った。これで少しは満足に動けそうだが、もうあの攻撃は受けたくない。
デスマキナはシンクロ率低下と言っていたが、この機体は三人で動かしているようなもの。つまり、このままシンクロ率が下がれば、合体は強制的に解除されてしまうだろう。
その前に決着をつける必要がある。
「メルティ。もう大丈夫なのか?」
「はい、なんとか。寝覚めは最悪ですが……」
砲身に微量についた酸毒が、じわりと表面を溶かしていた。
ざくろは、ぬらぬらと妖しく光る二刀を構えて勝ち誇った表情を浮かべている。自分がどんな形状の武器を持っているか、客観的に見れないのだろうか。
ともかく、相手がいかに滑稽であろうとも、こちらの不利は変わらない。
何か、手立てを考えねば。
「……ハルアキさん。私、まだあの魔法を撃てると思います」
「なに? 一発限りじゃなかったのか」
「私のHPはもうゼロなのですが、なんと言いますか……皆さんの力を借りることができれば!」
『デウスエクスビーム。残弾2/3』
「ああ、そういうことか」
例の魔法で消費する対価は、一人分のHP全て。この機体には今、三人が搭乗している。
つまり、自分のHPとチアシードのHPを犠牲にすれば、あと二発の破壊光線が撃てるということだ。
「よし、やってみるか。チアシード、弾になってくれ」
「えっ……いいけど、あいつにメルティ砲は効かないんじゃ? 天使バリアがあるよ?」
「考えがある」
少し溶けかかった砲身を、ざくろに向けた。
次で仕留める。捨て身かつ全力の一撃だ。




