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 まるで世界が小さくなってしまったかのように感じる。グランニュートの壁の内側『一枚目』のスラム地区が見えるのだ。

 今ならヤルヲが感動していた気持ちが分かる。


 そのヤルヲはというと──


「さあ、覚悟しなさい! このヘンタイ白饅頭! えいっえいっ」

「ひいぃぃぃぃ! ガン○ムが出てくるなんて聞いてないお!」


 ヤルヲと同じ6メートル級の黒鉄の巨像によって足蹴にされていた。

 巨像はダンボールを重ねて作ったような無骨なデザインだが、一部にチアシードの面影がある。それは、チアシードのマントと同じ水色の盾を持っていることだった。

 しかし、チアシードは盾を使わずにキックだけでヤルヲを圧倒している。


「そこの細長いの。私が相手になってあげましょう」


 一方、メルティの機体は紅い杖を持っている。


「ここにきて巨大ロボってマジかよ……。ざくろ様、何か作戦は無いんですか?」

「た、体格は同じくらいでしてよ! 別に不利になったわけではありませんわ。あわわわ慌てず落ち着いて──」

「とりゃあー!」

「グッハァーーーー!?」


 メルティの振り抜いた杖でヤランオが大きく吹き飛ぶ。

 全長9メートルのそれは、周囲を囲んでいたスライム達をすり潰しながら、激しく転がっていった。


「ナイスメルティ。場外ホームランってやつね! なら、私もぉ──あちょー!」

「ぎゃあああああ!」


 チアシードがサッカーボールを蹴る要領でヤルヲを蹴り飛ばす。ヤランオと同じように場外へと転がっていった。


「さて……残るは天使ざくろ。あなただけだ」


 佐郷は足元の天使ざくろへ、右手に握られていた金色の剣を向けた。


「ふ……ふふ」


 ざくろは俯きながら肩を震わせる。怯えているのか、あるいは――


「降参するなら痛い目に遭わなくて済むが」

「ふふふっ……あはははははは!」


 ざくろは両腕を広げて、(わら)った。


「この私を痛い目に遭わせるですって? さっきも見たでしょう? 天使バリアは絶対無敵なのですわ!」


 ざくろは右手を天高く突き上げる。背中から四枚の翼が生えて、その場で飛び上がった。


「良いでしょう、見せてあげますわ。支配の指輪の真骨頂を……スペシャルパワー解放ですわー!!」


 ざくろの指輪が激しく点滅を繰り返し、強風が吹き始める。

 風と風がぶつかり合い、平原中に竜巻が発生し、周囲のスライムを根こそぎ巻き込みはじめた。


「くっ……させるかっ!」


 佐郷は剣をざくろに向けて突き立てた。躊躇している暇は無かった。


 しかし――


「無駄でしてよー!」


 鈍い音が鳴り、弾かれてしまう。巨大な剣も天使バリアには通用しなかった。


「まずいっ……このままでは」


 ヤルヲとヤランオをも巻き込んだ竜巻は、ざくろの指輪へと一気に吸い込まれていく。

 そして、強烈な閃光と轟音を放ち、皆の視覚と聴覚を麻痺させた。



 嵐が去り、メルティの言葉にならない声が聞こえてくる。


「あ……ああ……」


 理由はすぐに分かった。目の前に絶望を体現したような存在が立っていたのだから。


 それは、塔と形容しても足りないほどの巨大な生命体。

 30メートル級のチアシードだった。


「――って、なんで私なのよー!?」

「おーっほっほっほっほ! 今から、貴方たちを屠り、グランニュートに破壊の限りを尽くさせていただきますわぁぁぁぁーー!!」


 大声で叫ぶ巨大偽チアシード。もとい天使ざくろ。びりびりと平原中の空気を震わせる。

 それから少しすると、都市の入り口から大勢の人が現れた。


「あれを見ろ! 凶悪犯のチアシードだ!」「本当だ! なんて大きいんだろう!」「ママー! ぱんつー!」「こらっ、見ちゃいけません!」


 口々に混乱の声が上がる。その中には歴戦の冒険者や都市防衛を担っている騎士の姿もあった。


「てっ、敵襲ー!」「討て! お尋ね者だぞ」


 優秀な彼らは即座に魔法や矢を射かけるが、自分たちの防壁より遥かに巨大な偽チアシードには一切が通用しなかった。そもそも天使バリアがあるのだ。その肌に触れる前に魔法はかき消えて、矢は明後日の方向にすべり飛んでいく。


『警報発令。S級の脅威です。戦闘のできる冒険者はすぐに向かってください。繰り返します――』


 都市中の警鐘が打ち鳴らされる。巨大偽チアシードは、すでに最大規模の災害級として認知されていた。



「――おっほほー! これでチアシード様は大悪党。人々の信仰を失えば、もはや女神ではいられませんわ!」

「この卑怯者ー! せめて自分の姿で戦いなさいよ!」


 偽チアシードの足元で抗議する本物チアシード。彼我の体格差は三倍を超えている。せっかく手に入れた黒鉄像の巨体でさえ、巨大化した敵の腰にすら届いていないのだ。


「さ、あとはお邪魔虫を片付けるだけですわね。虫は虫らしく、踏み潰してさしあげましょう」


 ざくろ(巨大偽チアシード)が巨大な足を持ち上げる。数十メートル上空でぴたりと止まった巨大偽チアシードの足は、黒々とした影を作り、処刑台のギロチンの如くこちらに狙いを定めていた。


「ぱんつ見えるからやめてー!」

「おっほー! 死ねー!」


 いよいよ天使にあるまじき暴言を吐きながら、その足が振り下ろされようとしていた。


「みんな、気を確かに持つんだ。自分を鼓舞しろ」


 三人で一つの場所に固まり、それぞれの武器をざくろ(巨大偽チアシード)の足裏に目掛けて構え、備える。


「あんなやつに、絶対負けないわ!」「転ばせてやりましょう!」


 空元気だと分かっている。相手は巨大なだけではない。天使バリアという無敵のルール違反があるのだ。だからこそ、ざくろは嗤っているのだ。


 それでも。

 三人一つになれば。



 ――ズン。


 世界が揺れる。

 まだ巨人の足は頭上にある。


 ――ズン。


 じゃあこの揺れは?

 また、何か地面から出てくるのか?


 ――ズン。


 違う。これは。


 ――ズン。ドクン。ズン。ドクン。


 自分の心音だ。

 止まった世界で、心音だけが激しく鼓動している。

 森でスライムに顔を突っ込んだ時に聞いた音。

 無音で、それ以外の何も聞こえなくて、だからこそ聞けた音。


 熱い生命のビート。


 ズン。ズン。ズンズンチー。


『ショッギョー……ムッジョー……』


 鼓動に合わせてお経めいた歌が鳴り響いてくる。


 ズンズンチー。ズンズンチー。


『ユーッジョー……サイッキョー……』


 声と呼ぶには無機質で、ただの音と呼ぶには感情的で。


 ズンズンチー。 ズンチー。


『心を突き上げる熱き衝動。なーんだ』


 謎かけだ。

 しかし、機体とは既に同化している身。答えはとっくに出ていた。


「チアシード、メルティ。聞こえるか」

「言わなくても分かるわ」「はい、合図をください!」


 心音は自分のものだけではなかった。三人のビートが重なり、大きな音を立てていたのだ。


「次のビートで手をあげろ!」


 そうだ。それだけで分かる。なぜなら鼓動で通じ合っているのだから。


 ――ズンッ。


「「「合体ッッ!」」」


 三人の振り上げた拳が突き合わされる。


『認証! 三像合体ッッ!!』


 ズンズンズンズズ。ズンズンズンズズ。


『三羽揃えば牙を剥くぞライッチョー! 何が起こるかわかんねぇぞカッセーンジョー!』


 身体がバラバラになる。

 右腕が外れ、左腕が外れ、頭が取れる。

 だが、心は三人一つのまま。ズンズン。


 他の二人もいくつかのパーツになって空中を舞っていた。ズンズズズン。


 チアシードの機体の大部分が巨大な右腕となって装着される。盾だったものは水色のガントレットと変形した。ズズン。

 メルティの機体の大部分が巨大な左腕となる。杖だったものは紅色の砲身となって左腕

 に装着された。ズズズン。

 それから、佐郷の剣は二つに分かれて、サムライの角兜のごとく頭部に装着された。ズンズンズズズン。


『合体完了! 黒鉄戦士デスマキナ!! サン……ッジョー!!!』

 チー……(余韻)


 ポーズを決める合体ロボ、デスマキナ。

 対するざくろ(巨大偽チアシード)は尻餅をつきながら、口をあんぐりと開けていた。


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