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佐郷たちの前に立ちはだかる白饅頭二人組。それぞれにはめられた『支配の指輪』が妖しく輝いている。
「ヤルヲ、ヤランオ。いいこと? 殺しはNGですわ。ルール上、色々と問題が出てしまいますの。だから、じわじわとなぶり殺しにしてさしあげなさい!」
「……どっちだお?」「どっちだよ!」
天使ざくろに双方からツッコミが入った。どことなくチアシードと似ているなと思ってしまった。
「い、いいから膝をつかせておやりなさい! 疲弊させて、奴らのプライドをへし折るの。きっと楽しくなりますわ! うふふふ」
「わかったお。やってやるお!」「可哀想だが、まあ仕方ねーな」
それぞれが指を鳴らすと、騎士の姿に変身したスライムが二体現れた。
「これだけ数が多いのに、戦うのは二体だけなのか?」
「ハルアキ。『支配の指輪』はチートアイテムだけど、原理は魔法と変わらないわ。だから行使するごとにMPを消費するの。大勢のスライムを同時に戦わせるより、精鋭として一体ずつ戦わせるのが一番効率が良いのよ」
「なるほど。それでもあの天使が参加しないあたり、舐められているようだが」
一気に壊滅させられると思ったが、そうでは無いらしい。だからと言って事態が好転したわけでもない。ざくろの命令通り、じわじわと追い詰めてくる気なのだろう。
ずっしりと重たい剣を目の前の騎士に向ける。相手は所詮スライム。一体一なら負ける事はない。
「行くぞ……!」
佐郷は飛びかかり、黒鉄の剣を振り下ろした。
「ほいっと。これだけ近いとスライム操作も楽なもんだな」
ヤランオの操作する騎士は半身になって避け、そのままバランスを崩したところに、腹部めがけて膝を入れてきた。
「ぐウっ――そこだッ!」
佐郷は膝を腹筋で受け止めながら、今度は大きく体を回転させて薙ぎ払う。
ばしゃん、と水飛沫が上がり、騎士は物言わぬスライムコアとなった。
「おー、あんた中々やるな。じゃあ次」
スライムの輪から、また新たな騎士が現れる。
「……分かってはいたが、キツイな」
剣は重く、一度振るだけでも結構な労力を要する。
対するスライム騎士はほぼ無限に湧いてくる上に、意外にも素早く動くため、簡単には仕留められない。集中力と体力をじわじわと削られていく戦いだった。
その横では、ヤルヲの操作するスライム騎士が丸くなっているチアシードを黒鉄の盾の上から何度も叩いていた。
「ひぃぃ、暴力反対!」
「ほらほらチアシードたん、降参するお! ハァハァ……変な気分になってくるお……ヤルヲの趣味じゃないお……ハァハァ」
「チアシードさん!今いきます!」
メルティが助走をつけて、屈んでいるチアシードの後ろから鉄の杖を振り抜く。
騎士は首から上を失い、体液を吹き出してその場で溶けるように消失した。
そして、新たな騎士が現れる。
「まだまだっ!」
メルティは新手の騎士には目もくれずに走っていた。向かう先は――天使ざくろ。
「……あら?」
「ざくろ! 覚悟してください!」
メルティとざくろの距離はあっという間に縮まっていった。不意を突かれた天使ざくろの頭にメルティの鉄杖が迫る。
ガツン、とひどく鈍い音が鳴る。メルティは大きな反動に尻餅をついた。
「ああ驚きましたわ……。『天使バリア』が無かったらたんこぶが出来てしまうところでしてよ?」
天使ざくろには傷ひとつ付いていなかった。
「なっ!?」
「はぁ……メルティ。可哀想な子。人間風情が天使にダメージを与えられると思っていたのかしら? 学園主席が聞いて呆れますわねぇ」
ざくろは甲高い声でメルティを嘲笑った。
それから、ヤルヲとヤランオに向けて鋭い視線を送った。
「貴方たち。私、怖い思いをしてしまいましたわ。もっとしっかり戦いなさいな」
「だ、だって、じわじわ削れって言ったのはざくろ様だお」
「……ならば作戦変更ですわ! アレを見せておやりなさい。今なら一発であいつらの心をくじけますわ……うふふふ」
ヤルヲとヤランオがアイコンタクトを送り合うと、スライム騎士たちの動きが完全に停止した。
「大技が来るのか……?」
作戦変更という事は、短期決戦に切り替えてきたと見ていいだろう。
アレとは何なのか想像が付かないが、とにかく大規模な何かが起ころうとしているのは、目の前のヤルヲたちを見てすぐに分かった。
「ハァァァァァ……!」
ヤルヲとヤランオが白目をむいて拳を天高く掲げる。指輪がひときわ激しく輝くと、周囲のスライムをその小さなアクセサリーの中へと吸い込み始めた。
「なっ、何をしてるの……?」
「うふふ……これが指輪本来の使い方ですわ、チアシード様。バランスブレイカーはただ回収するだけではなく、世界平和のために、こうして役立てるべきなのですわーっ!」
ざくろの「ですわー!」の掛け声と同時に、ヤルヲたちの指輪からどろどろとした液体が溢れ始める。あっという間に彼らの全身をコーティングして、更にその規模を大きく巨大なものにしていく。
「あ、あわわわわわ……」
スライムと同化したヤルヲは最終的に6メートル、ヤランオに至っては9メートルの巨人となって、佐郷たちの前に立ち塞がった。
「これは……」
無理だ。
そんな絶望の言葉を飲み込むことくらいしか、できることが無かった。
「さあ、今度こそやっておしまい! ジャイアントヤルヲ! ジャイアントヤランオ!」
「ぐおおおお……だお」「壁向こうのスラム街が見えるんだが? デカくなりすぎだろ、常識的に考えて」
ここまで大型の相手では、オーク戦のように急所を狙うことすらままならない。そもそも、殴ったところでダメージが内臓に到達するとも思えない。
「踏み潰してやるおぉ」
「くっ……!」
ズンッ、と小規模の地震が起きる。
とっさに避けると、巨大な足跡が地面に刻まれる。
ただ歩かれるだけで脅威となっていた。
「よっしゃ俺も……オラァ!」
ズンッ。
「かかってこいお! オラァ!」
ズンッ。ズンッ。
いくら避けても、足に伝わる振動は避けられない。ダメージと疲労が蓄積していく。
「はぁ……はぁ……私、もう……」
ついにチアシードが膝をついた。
「そんなところで座ってると、踏み潰しちまうお!」
「チアシード、手を!」
佐郷はチアシードの手を引き込み、抱きかかえるようにして離脱する。
「うぅ……すみません、私も……」
「今行く!」
次はメルティが腰を抜かしたまま、動けなくなっていた。
佐郷はチアシードを抱えたまま、メルティの元へ走り込んだ。
「三人まとめて潰してやるお」「んじゃ俺も」
二人の巨人が足を大きく上げる。
「くそっ……かかってこい!」
佐郷は剣を高くかかげて、巨人たちを威嚇した。
「お……ちょっと痛そうだお。ヤランオに譲るお」
「ふざけんな。お前が先だ」
「アアオーッ」
ヤルヲの足の上にヤランオの足が重なるようにして、佐郷たちの頭上に降り注ぐ――。
ズンッ。
と、ひときわ大きく地面が揺れた。
「……?」
が、しかし、まだ佐郷たちは無事だった。
ズンッ。ズンッ。
「な、なんだお?」「地震か?」
白饅頭の巨人たちがバランスを崩し、たたらを踏む。
ズンッ。ベリッ。
少しずつ地の揺れる間隔が短くなる。地震というよりも、他の底から何かが突き上げてくる衝撃だった。
そして、更なる変化が訪れる。
「……? ハルアキ、武器が光ってるわ」
「それに、なんだか小刻みに震えています」
三つの黒鉄の武器がおかしな挙動を始めていた。地面の振動と呼応するようにして輝き、震えている。
ズン、ズン、ズン、ベリ。
「何か、聞こえてくるな……」
武器たちは奇妙な低音を発し始めた。
ズン、ズン、ズン、ベリ。
『我現界せり』
言葉になっていない声。言葉そのものであるような音。
ズン、ズン、ズン、ベリ。
『我現界せり』
音程は傾斜ゼロの水平で完璧な平野を掛けて地平線の彼方まで。その先にあるものは。その先で待つものは。
「ぐおおっ……頭にわけのわからん映像が流れ込んでくる……」
ズン。
『その名を』
その名を。
地平線の先の輝く太陽の名を。
「頭が割れそうです……っ」
「ハルアキ! 何なの? 謎かけ? 正解は!?」
そんなものを俺に聞かれても分からん。ただ、名前を呼ばないと本当に頭をやりかねない。そんな脅迫めいた精神干渉を受けている。地平線の向こうから。向こう側の、地平線から。あああ。
ベリ。
『ヒント』
ヒント? 訳が分からないが助かる。
ベリベリベリ。ズン。
『ボールはボールでも――』
「ダンボール!!」
あまりの頭痛にフライング回答してしまった。
ベリ。ベリ。ベリ。ベリ。ベリ。ベリ。
『正解。正解。正解。正解。正解。正解。』
頭痛が消え去っていく。
我に帰ると、地面に大きく空いた穴と、そこから這い出たと思しき黒鉄の巨像がそびえ立っていた。地下で見かけた黒像だった。
合計三体の巨像は佐郷たちを囲うようにして、その角ばった顔で見つめている。
『我、漆黒の鉄の塊にて鋳造されしダンボール戦士なり。さあ、黒鉄の武器を掲げよ!』
「ど、どうする……?」
「このままだと勝てない……力を借りよう!」
「なんだか面白くなってきましたね! ハァァ……我に力をー!」
三人それぞれうなずき合い、三体の巨像に向かって武器を掲げる。
『承知!』『承認!』『承諾!』
佐郷は一瞬の浮遊感を感じた後、自分の視線の高さが巨大なヤルヲたちと同じになっていることに気付いた。




