表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

 

 『チュートリアルの森』へと続く扉。その前にある、丁寧に折り畳まれた初心者用のシャツとズボンを見て、唖然とする。


「一体、何なの……?」

 女神チアシードは混乱していた。


 異世界から人間を呼んだのは初めてだった。女神の役職についてまだ経験も浅く、他の先輩に相談すべきかとも考えたが、下積み時代の激しいしごきなどを思うと、中々そのような手段に出ることも(はばか)られた


 とりあえず、報告書には召喚成功とだけ記して、ハルアキについてはもう少し観察することにしよう。


 初回のステータスオープン無しではチュートリアルの森ですら突破するのは不可能。すぐに『死に戻り』を果たしてこの家に戻ってくるはずだ。

 話を聞かないのなら、聞くまで痛い目を見てもらおうじゃないか。


「…………」


 そう思って、丸一日が経った。経ってしまった。


「どうしよ……探しに行った方がいいかな……ううう」


 こんなに一日を長く感じたことはない。

 片付けるべき書類が手付かずのまま、部屋をうろうろと歩いているだけで時間を浪費してしまう。実際、書類どころではないのだ。

 もし、召喚した異世界人を監督不行き届きのまま送り出したことが知れれば、降格は免れない。

 天使階級どころか、使い魔あたりにまで落とされなかねない重責だ。


「ううううう……」


 またあのセンパイ達にこき使われるのか? 嫌だ。それだけは絶対。


 そう思うのもつかの間、目の前に魔法陣が現れた。


「きた……!!」


 魔法陣の中から、絹の上下を纏った佐郷が現れる。

 彼の肢体はほどよいマッチョ具合で、なかなかにセクシーだ。顔も整っており、鋭い目の奥には燃えあがる闘志を感じさせる瞳がある。これで話を聞いてくれるなら言うことはないのだが、前回の会話から、ややぶっ飛んだ性格なのは確定的。無念。

 だが仕事だ。がんばろう。


「おお……ハルアキよ。死んでしまうとは情けない。話を最後まで聞かないからですよ」


 驚いたような表情をしている佐郷に、優しく諭すように声をかける。何度も練習した。話を聞かない子への対応。マニュアル通りだ。


「くっ……また、俺はダメだったのか。最初が一番危険なのに油断をした……一度に食べるのではなく、少しずつ間隔を開けて……」


 彼がまた泣いてしまわないかドキッとしたが、どうやら違うらしい。後悔というよりは、何かしきりに反省しているようだった。


「ハルアキ。この先は大変危険です。ステータスオープンと唱えるのです。そうすれば道は開かれるでしょう。あなたが不審に思っているのはよく分かったので、今度はしっかりと説明します。ステータスオープンとは――」


 ステータスオープンは基礎魔法で、魔力の有無に関わらず誰でも行使できる。これは自分の力量を測ったり、状態の把握などに使うものだが、初めて行うステータスオープンは重要度が大幅に変わってくる。

 それはこの世界に適応する為の通過儀礼であり、女神の祝福を受けるために必要なものなのだ。


「簡単に言うとレベルアップができないのです。そんな状態で外に飛び出せば、また――ハルアキ? 聞いていますか? 今、あなたに直接話しかけていますよ?」

「次は……靴と腰ミノを作って……すぐに火の確保……いや、水が先か……」


 だめだこれ。聞いちゃいねえ。


「ハルアキーーーー!!」

 無詠唱で拡声魔法を行使する。こう見えて私は女神だ。


「……はっ! 申し訳ありません、女神様。何度もチャンスを頂き、ありがとうございます」

「はあ……あなたね。仮にこのままチュートリアルの森を超えるような事があったら、死に戻りも通用しなくなるんだからね? 何を強がっているのか知らないけど、本当の死がお望みなわけ? 消滅(ロスト)したいの?」


 さようなら女神マニュアル。接客訓練。この人には全く意味を成さなかったよ!


「女神様。ご心配痛み入ります。しかし、ゼロから為すことは私の命に代わる重要な命題。生きる意味そのもの。どうしても譲れないのです」

「じゃあ、何度もあの森で苦しんでここに戻る事を繰り返す気? 女神の加護無しじゃ森を抜けることなんて不可能なんだから。サバイバルだけでどうこう出来ないモンスターだっているのに」


 彼の真っ直ぐな視線は話を聞かないというよりは、話をよく聞いた上で自分の意見をぶつけてくる。そういう意思を感じた。


「では女神様。今回きりにします。私は絶対にあの森を抜けて、今後迷惑をかけないと誓います」

「ふんっ、どうせまた戻ってきて悔し泣きするに決まっているわ。次は絶対に祝福を受けてもらいますからね!」

「わかりました。約束します」


 真剣な眼差しに耐えられなくなり、自分から顔を背けた。清廉潔白であるはずの女神でさえ、視線を外してしまう。彼は生まれついての魔眼持ちなのか? それすらも、ステータスを開示してくれないと分からない。


 扉が閉まる音が聞こえても、女神はしばらく頬を膨らませていた。

 そして、そわそわと歩き出す。


「あああ……やっちゃった……」


 扉の前に2着目の初心者用絹の服が鎮座している。


 それから丸一日が過ぎても佐郷が戻ることはなかった。

 結局、チアシードは天使に留守を任せて家を飛び出すことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ