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 昼下がりの商店地区は、特に人が多くなっていた。(みち)は広く作られているが、それ以上に人の往来が激しい。

 人探しどころか、他人とぶつからないように歩くことにさえ気を使うほどだ。


「一応忠告しておくが、失敗は許されないと思ってほしい」 


 偽物スライムを追えば、白饅頭にたどり着ける。ただし、尾行がバレた時点でスライムを使い捨てにして逃げられるだろう。

 相手はまずスライムが潰されることを前提で行動していると見てよい。昨日見た限りでも、白饅頭のスライムのストックは20以上あるのだ。たった一匹を犠牲にあっさりと消息を絶ってしまえる。トカゲの尻尾切りどころの話ではない。

 さらに、こちらの素性が割れれば、脅威と見なされて今後が危うくなる事も想像がつく。捜索は慎重にならざるを得なかった。


「もし見かけても大袈裟な反応はしないように。探すときも首だけを回すんじゃなくて体ごと向きを変えるようにして、あくまで自然体で」

「はぁ〜……こっちがコソコソしなきゃいけないなんて、悪者みたいで悔しいわ」


 そうして、武器屋、道具屋、防具屋、と注意深く周っていると、メルティが佐郷のマントの裾を引いた。発見の合図だった。佐郷も同じようにチアシードのマントを引いて、メルティの視線の先を見る。


「あれ、そうですよね……?」

「ビンゴだな。でかしたぞメルティ」


 人混みに紛れて見えたのは、確かにチアシードの後ろ姿だ。白い羽衣のような衣装を完璧に再現している。


「自分の背中を見るのって、なんだか不思議な感じね……」

「気付かれないように、距離を開きつつ(あと)()けよう」


 偽チアシードは、かなりゆっくりとした足取りで歩いていく。


「元がスライムだから足が遅いのでしょうか?」

「わからん……」


 偽チアシードは裏通りに入る手前で一旦立ち止まり、数秒経ってから、ゆっくりとその道に入っていった。


「なぜ止まった? だいぶ怪しいが……」

「ここで引き返したら、また振り出しに戻ります」

「……そうだな。行くしかない」


 ひと呼吸置いて、同じように路地裏へと進む。

 偽チアシードは背を向けたまま棒立ちになっていた。

 そして、またゆっくりと歩き始める。


「気味が悪いわね……」


 さらに、曲がり角を曲がる。少し先で待っている。さらに曲がり角。待っている。

 何度も同じようにして入り組んだ裏路地を進んで行った。


 まるで尾行しているこちらが逆に監視されているような、薄ら寒い錯覚を覚える。

 しかし、偽チアシードは一度もこちらに振り向いていない。気付かれていないはずなのだ。


「……周囲の注意も怠らないように」


 尾行するにつれて、周囲の環境も変化していった。

 人々から忘れ去られた裏道は閑散として、雑草が生え放題。商店区に大勢いた人の気配など、とうに消え失せている。

 様々な建物の背面は、どれも手入れなどとは無縁で、華やかな表通りからは想像もつかない不気味さを漂わせている。もはや歩くための路ではなく、乱立した建物の副産物でしかない。


「だいぶ歩いたけど、どこに行くのかしら」

「妙に入り組んでいるから、現在地がどの辺りなのかもわからなくなってきたな……む?」


 いつのまにか、水路のあるエリアに出ていた。偽チアシードは迷うことなくその階段を降り、人がひとり通れる程度の暗闇の中に入っていく。


「どうします……?」

「少し先を見て、まずそうなら一旦引き返すか。流石に危険だ」


 佐郷は先頭になって、地下水路の中に侵入した。

 水路の中は暗闇と思われたが、少し進むと壁に灯の入ったランプがかけられていた。


「灯りが点いているということは、人が居る痕跡だな。行こう、奴らは近い」

「もう少しね……待ってなさい白饅頭!」


 先に進むことを決める。

 地下水路は地上よりも尾行が楽だった。急な曲がり角がないため、目標を見失うことがないのだ。

 しかしそれは同様に、こちらにも隠れる場所が無いということも意味する。


「ここに、たどり着くのか――」


 細い通路を行くと、広い空間に出た。

 昨日、噴水から潜った先にあった大通路だった。メルティが特大魔法を撃って破壊した壁もそのままだ。

 偽チアシードはその崩れた部屋に入っていく。


「あそこは三体の像の()か……なんとも、偶然とは思えないな」


 スライムの大群を連れた白饅頭を目撃した場所だ。昨日はこちらが隠れる立場だったが、今は追う側となっている。


「ここまで来たら行くわよね? ハルアキ」

「勿論。だが奇襲される可能性もある。武器を構えておくように」


 それぞれが手に握る武器も、この部屋で手に入れた黒くて重い武器だった。

 数奇な運命か、誰かの思惑の上なのか。


「大丈夫ですよ、ハルアキさん。いざとなれば、また私の魔法で一網打尽にしてやります!」

「ありがとう。心強いよ」


 さらに「なんなら、新しい通路をもう一つ作ってしまいましょう!」と全身から魔力を(みなぎ)らせるメルティ。


「待て。それは最後の手段にしてくれ。新しい部屋どころか、全員が生き埋めになりかねない」

「最後の手段ですか……ふふふ……良いですね……。では、いつでも撃てるように気合を入れておきます。その時になったらすぐに言ってくださいねっ!」


 もう撃つことは確定しているような言い草である。

 導火線に火が点いた爆弾のようなプレッシャーを背後から感じつつ、黒像の()に進入する。


 三体の黒像を結んだちょうど中心点に、偽チアシードは立っていた。今までと同じように、後ろ向きのまま。

 ただし今までと違って、そこから動く様子は無い。


 佐郷がさらに一歩距離を詰めると、偽チアシードの首だけが180度回転した。

 やはり顔も本物とそっくりだった。整った顔を歪ませて凄惨な笑みを浮かべている。


『ケケケケケケケケケケケケケケ』

「ふむ」

「ケケケ……あれ? 驚かないお。なんでだお!」


 偽チアシードの陰から、例の白饅頭が現れた。


「もっとむごい表情を見たことがあるからな」

「マジかお……? これより怖い顔するのかお……?」


 白饅頭は敵意があるのか無いのか、いまいち判然としない。本当にただの悪戯のつもりだったなら、それはそれで対処に困る。ある意味で最もタチが悪い話だが。


「ちょっと! 今はそんなことはどうでもいいでしょ……。 やい白饅頭! なんで私に汚名かぶせまくってんのよ!」


 チアシードが前に出る。握りこぶしを振り上げて猛烈に不満をアピールした。


「おおおお……やっぱり本物のチアシードたんだお! 会えて嬉しいお。イタズラをしたのは申し訳ないと思ってるお。でもヤルヲにも止むを得ない事情があるんだお。とある計画を成功させないと、元の世界に帰れないんだお……」

「元の世界ってことは、あんたも転生者ってわけ? 私は白饅頭を呼んだ覚えなんて一度もないんだけど」

「それは女神代行のざくろ様に勇者として召喚されたからだお」

「なっ……ざくろって、天使長のざくろ? 」

「そのざくろ様だお。そして計画とはつまり、チアシードたんを追い詰めて女神の座から引きずり降ろすことなんだお! それが叶った暁にはチアシードたんの私物――じゃなかった、ヤルヲは元の世界に帰してもらえるんだお!」

「……ん? なんか変なこと言おうとした? っていうか、やっぱり裏切ったのね……あいつぅ!」


 白い家の留守を任せていた代理役。チアシードの一番信頼が置ける相手。それがざくろという天使らしい。

 しかし、こんなにあっさり自白するとは思わなかった。争いが起きずに済むなら、それに越した事はないが。


「ヤルヲ。自首をするという事でいいんだな? 一緒に冒険者ギルドまで来てもらうぞ」

「まあまあ……ぐふふ。待ってほしいんだお」


 ヤルヲの声色が、ねっとりとしたものに変わる。

 まるで諦めていない。というよりも、獲物を前に舌なめずりするような、いやらしさを感じる。


「ヤルヲみたいな悪党が、こうやってべらべらホントの事を喋るのは、どんな時だと思うお?」

「……!」


 非常にまずい。よく考えれば、ヤルヲはこちらの動きを完全に把握していて、ここで待っていたのだ。

 となれば、偽チアシードはこちらを誘い込むための罠と考えるのが妥当だったではないか。

 ヤルヲの話は知っておくべき事実ではあったが、それに夢中になりすぎた。

 今まで保っていた危機感が薄れてしまっていた。


「気付いたかお? でも、もう遅いお! ほひー!」


 背後から無数の這いずる音が聞こえてくる。


「──ほひー! じゃないが。気を引くにしてもお前マジでぺらぺら喋りすぎだろ、常識的に考えて……」


 細い方の白饅頭、ヤランオが大量のスライムを引き連れて現れた。

 昨日見た数の比ではない。通路の向こう側までびっしりと埋め尽くすスライムの海だ。

 考えうる限りの、最悪の展開だった。


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