18
佐郷はマントの下に履いたライガーパンツの暖かさに感謝をしながら、商店街を歩いた。
買い物が目的ではあるが予算が限られているので、ほとんど冷やかし、もといウィンドウショッピングである。
スライム狩りを収入源とするため、武器を購入したかったが、どんなに安くても500ゴールドは用意する必要があった。しかし、そんな大金には三人の金をかき集めても届かなかった。
そこで一旦武器を諦めて、バックパックを買うことにした。一度に収容できるアイテムの数が増えれば、それは収益に直結するからだ。
とは言え、道具屋の店先に出ているような機能性に富んだバックパックは、高いもので五桁ゴールドに迫る高額品だ。どんな冒険者も常用する需要を考えれば、それなりの値段になるのは自然なことではある。
結局、どれだけ見て回っても一番安いバックパックを買うことになるのは必然だった。
「これが40ゴールド。これも買う気がないなら、そろそろ出て行ってくれ」
面倒くさそうに道具屋が提案する。
持ってきたのは、バックパックというよりも、紐付きの麻袋だった。農場などに放置されている容器である。
「やむを得ないか」
「予算が無いからね」
「あうう……」
メルティが空っぽのガマ口を手に硬直しているのを見て、チアシードがその背を叩いた。
「三つ買うわ。はい、120G」
「毎度あり」
「次は一番高いのを買いに来てやるんだから」
「そりゃ楽しみに待ってるよ。じゃあな」
それから、一旦ギルドホールで昼食を摂ることとなった。
硬いパンと薄いスープ(メニューの名前)の昼食は三人あわせて30G。そんなささやかな食事だが、今日の収入がなければ、明日食べることもできない。
いかに生活を切り詰められているかを実感する。こういう時こそ、金銭の管理はしっかりとしておく必要があった。
「チアシード。バックパック代の清算をしたいのだが」
「わかった。メルティの分は私に払わせてちょうだい」
こちらが払うつもりだったのだが、チアシードの真剣な表情を見て納得した。『バランスを取る』という行為を実践しているのだ。それなら、甘えさせてもらおう。
「チアシードさん……!」
涙ぐむメルティを見て、チアシードは眉毛を八の字にして笑った。
「メルティは可愛いわね……」
「チアシードも素晴らしいぞ! 頼れるお姉さんのようだ」
「ばっ、ばか! そんな台詞は期待してないわよ!」
割と本心だったのだが。口調に慣れていないせいか、ふざけているように受け取られてしまった。
最近のチアシードは少し気を張りすぎているように見える。覚えのないお尋ね者の烙印はその原因のひとつと見て間違いないだろう。
そうとなれば、やるべき事は一つだ。
「よし、決めた」
「ん? 何が?」
「これからチアシードの偽物を捕まえる」
「ええっ!?」
単純なスライム狩よりも手強いのは間違いないが、手配書に載るくらいだ。多額の懸賞金がかけられているに違いない。
「偽物って……私が言うのもなんだけど、本当に偽物が歩き回ってるの? 実際に居たとしても、どこを探せばいいのかも分からないじゃない」
捜索するにあたって、一旦情報を整理した方がいいだろう。
「言うタイミングを失っていたのだが……実は昨日、銭湯で偽物に遭遇した。そいつは窓から落ちると、スライムコアを残していなくなったんだ。つまり、正体はスライムと見て間違いないだろう」
「待って。スライムコアを残して……ってことは、その偽物スライムは死んじゃったってことじゃないの? それならもう解決してるんじゃ……?」
「普通ならそう思うだろう。しかし、どうも引っかかることが多すぎる」
「と、言うと?」
「まず、スライムというのは、偽物を演じるほどの知能を持ち合わせているものなのだろうか」
「うーん、岩や草に擬態することもあるらしいけど、人の真似というのは聞いたことないわね。特殊な個体……とか?」
「その特殊な個体というのは、人為的に作り出せたりするんじゃないか?」
「――――あっ!」
チアシードが何か重大なことに気付いたように目と口を大きく開いた。そして、ぎゅっと目を瞑った。
「うう、でもそんなの、あまりにも……」
「チアシード。何か情報があるのなら、教えてほしい。あなたのためだ」
ここで知っていることを擦り合わせておかないと、偽物を捕まえるのは難しい。
「分かった。全部話すわ」
チアシードは大きく息を吐いたあと、続けた。
「最近、バランスブレイカーを回収したの。あ、バランスブレイカーっていうのは、『世界を混沌に陥れかねないアイテム』のことよ。女神の大きな仕事の一つで、これを天使や人間を使って回収させて世界の均衡を保つの。――で、最近回収した物に『支配の指輪』というのがあってね。指輪の効果は……」
そこで一旦区切り、ぐるりと周囲を見回すチアシード。ホール内は夜と比べれば静かだが、聞き耳を立てているような者は居ない。
「指輪の効果は、低級モンスターを意のままに操ること。これを使えば、スライムの擬態能力を発動させて私の偽物を作れるわ。合計で三つの指輪を回収したんだけど……うん……まだ未回収のものが、あったのかも」
「なるほど。それならやはり、まだ終わりではないな。指輪の持ち主は大量のスライムを集めている」
偽物の謎を解くピースは主犯格を特定できるほどに集まった。
「大量のスライム……? あっ、分かった! あの白饅頭ね!? 地下水路で会った、ヤルヲとヤランオ! たしかに怪しい会話をしていたわ……」
チアシードも気付いたようだ。銭湯で会った個体は小さい方の白饅頭と同じ独特な口調をしていた。可能性としては限りなく正解に近いだろう。
「でも、犯人が分かっても居場所が特定できないわね」
「――あの」
「ん?」
それまで沈黙を守っていたメルティが、恐る恐る手を挙げた。
「チアシードさんって、今朝、一人で商店街に出てました?」
「出てるわけないでしょ。メルティが帰って来るまでがっつり寝てたんだから……って、まさか!」
「あー……。では、さっき私が見たのは、やはり偽物だったのですね……」
どうやらメルティも偽物を見ていたらしい。それも今日の出来事であるならば、かなり有力な手がかりだ。
「メルティ。偽物をどこで見かけた?」
「商店街ですね。ハルアキさんのライガーパンツを買いに行った時に、キョロキョロしながら裏通りに入っていくのを見ました。一瞬目があったので、声をかけようとしたらすぐに行ってしまって……」
「商店街の裏通り。行ってみるか──と、その前に、手配書を見ていこう」
ギルドの受付へ移動し、いつもの受付嬢にお尋ね者の話を聞いた。
「女神様ですか~。確かにお尋ね者になっていますね。軽犯罪ばっかりですが、件数が多くて~」
手配書を見ると、罪状がだいぶ増えていた。どれもくだらない内容だが、文字がびっしりと入っているのでインパクトはすごい。
さらに、『WANTED』の下に書いてある数字に驚愕した。
「ご、50万ゴールド……!? そんなに悪いことしてないのに!?」
「チリも積もればなんとやら、ですね~。凶悪犯ではないので、Fランク冒険者でも運が良ければいけるかも? でも女神様って強いのかな? う~ん」
そして、ギルドを出て商店街の裏通りへ向かうことになった。
受付嬢の「そういえば女神って何なんですかね~?」という間の抜けた声がしばらく頭の中に余韻として残っていた。
ヤルヲ「本当にこれがチートアイテムなのかお?」
ヤランオ「ざく……女神様の話だと、ここなんだがな」
ヤルヲ「真っ黒な像が置いてあるだけだお。騙されたお」
ヤランオ「おまっ、よせよ。どこで聞かれてるかわかんねーんだから」
ヤランオ「ん? 像のそばに台座があるな。何か置いてあったんじゃないか?」
ヤルヲ「あっ! そういえば、この像と同じ真っ黒の杖をもった女の子を今朝見かけたお」
ヤランオ「ほう……どんな子だった?」
ヤルヲ「黒髪で背が低くて、魔女帽のロリっ子だお! 可愛かったお! 妹兼お嫁さんにしたいお!」
ヤランオ「このロリコンが……」




