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 佐郷が銭湯から出てロビーで待っていると、しばらくしてからチアシードとメルティが現れた。


「コーヒー牛乳が良いんです!」

「フルーツ牛乳に決まってるでしょ!」


 ギルドホールの一部を切り取ってそのまま持ってきたかのような賑やかさである。


「あ、ハルアキさん! 飲み物をどうぞ」

「どっちから受け取るか、よく考えてね? ハルアキ」


 それぞれ、飲み物の入ったビンをぐいぐいと押し付けてくる。


「……何事(なにごと)ですか」

「チアシードさんが、コーヒー牛乳がお子様だと言うんですよ! この闇と光がマリアージュして最強に見える飲み物の良さが分からないなんて」

「意味不明でしょ? っていうか、コーヒーなんて飲んだら眠れなくなるわよ。それに比べてフルーツ牛乳は栄養満点! 女の子なら少しでも美容効果のあるものを摂取すべきよ!」


 二人は良好な関係を築けているようだった。


「牛乳だけ飲みたいのですが――」

「無いんです!」「無かったのよ!」


 結局、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳の両方を飲むことになった。どちらも、ひどく甘くて懐かしい味がした。



 それから銭湯を出ると、宿を探すことになった。

 馬小屋で過ごして貯金という考えもあったが、チアシード(いわ)く「MPならともかく、HPを回復させるのに馬小屋は向いてない」とのことで、有料の宿を探す必要があった。


 一番安い宿でも一泊食事付で一人につき60Gの出費となった。

 馬小屋ほどでは無いが、隙間風が吹くようなボロボロの壁に囲まれた一室。内装は煎餅布団が三つ敷かれているだけである。本来は机や椅子もあったが、宿の主によって撤去された。狭い室内に三人分の寝床を用意する為には、そうする必要があった。本当にただ睡眠をとるだけの部屋だった。


「では消灯します」

「はいっ! また明日、よろしくお願いします!」

「ふわぁ……私、三秒で寝る自信あるわ……おやすみ」


 佐郷がランプの灯を吹き消すと、部屋は暗闇に包まれた。馬小屋の時に見えた星明かりも無い。

 これはじっくり眠れそうだと目を閉じて静寂に身を委ねていると、「闇よ……我が魔力を高めたまえ……レベルアップ!」とメルティが叫んだ。


「うるっさいわよ! なんで今叫ぶの!?」

「すみません……舞い上がってしまって……えへへ」


 急に隣が騒がしくなった。こんな時でも本当に仲がいい。


「だからコーヒーはやめろって言ったじゃないの……ちょっ狭いんだから、もぞもぞ動かないで……。ハルアキ、そこメルティと位置交代して……」

「分かりました」


 喧嘩になっても困るので、緩衝材代わりに二人の間に入ることになる。

 ――しかし、それが失敗だった。


「…………」


 しばらく仰向けになっていると、横から生暖かい風が吹いていることに気が付く。


「む……?」


 気になったので、寝返りついでにそちらを見る。薄暗いが、ぎりぎり犯行現場を視認することができた。


「ふ〜〜、ふ〜〜……あっ」


 犯人はメルティだった。息を吹きかけていたようだが、こちらが寝返りを打った途端に何事も無かったかのように目を閉じる。

 ――今のは何だ? ハエでも飛んでいたのか?

 しばらく謎の行動に頭を悩ませていると、メルティはゆっくり目を開いて、にやにやと笑ってみせた。

『ハルアキさん、私のことが気になるんですかぁ?』

 と、口にこそ出さないが、そういうニュアンスを込めていることが、ありありと伝わってくる。そんな表情だった。


「……ふふふ」


 どう反応すべきか分からず居心地が悪くなったので、再び寝返りを打つことで返事をした。「あっ……」と不服そうな声を受け流すように、反対側を向く。


 すると、真顔でこちらを見ていたチアシードと目が合った。


「────」


 暗闇で鈍く輝く青い瞳。精巧なビスクドールのようだと思った。散々使い古された言い回しだが、この場合は特に当てはまる。それは単純に美しさを形容すると同時に、暗闇の中で呪いの人形に見つめられているような恐怖が同時に襲いかかってきたからである。


「────」

「…………」


 しばらく見つめ合いが続く。

 何か悪いことをしてしまったのか。あるいはメルティのような悪戯を、独特の感性で仕掛けてきているのか。謎と緊張感が膨れ上がる。

 10秒。

 20秒。

 チアシードは一切まばたきをしないので、こちらの息が詰まりそうだ。


「──────ぐぅ」


 いや寝てたのか。

 目を開けたまま寝てたのか。


「────ンハルアキィ」


 寝言まで言っている。不気味なことこの上ないので、やはり仰向けで眠ることにした。


「ふぅ~~~~……」

「────」


 それからしばらくの間、左右からの攻撃に悶々としていた。

 よくよく考えれば、肌が触れそうな距離で若い女性が二人寝ているのだ。こんな宿で雑魚寝をするのは不用心だった。次からは考える必要がある。

 あまり意識しないようにすべきだと思うが、こうも存在感を前面に出されては、自分が男であることを自覚せざるを得ない。


 ──だが、これもまた試練。苦境こそ、我が人生登山の本懐。


 そう自分に言い聞かせて目を閉じているうちに、三大欲求の一番強いものが、頭の中に消灯を命じてくれた。





ヤランオ「ざく……女神様。スライムを集めて参りました」


女神?「素晴らしいですわ。勇者ヤランオ」


女神?「ところで、勇者ヤルヲはどうされまして?」


ヤランオ「今日はあいつが悪戯役をやりたいというので、任せてきました」


女神?「えっ、彼にやらせたの? 不安ですわ……」


ヤランオ「それより、報酬は?」


女神?「現金な方ですわねぇ。良いでしょう、約束通りチアシードの下着を──」


ヤランオ「まてまて! それはヤルヲにくれてやってくれ」


女神?「あら。では貴方は何がお望み?」


ヤランオ「せっかくの異世界なわけだし、そうだなぁ……ここはチートだろ。常識的に考えて」


女神?「それなら丁度良いですわ。先ほどバランスブレイカーの反応が検出されましたの」


ヤランオ「バランスブレイカー? チートアイテムってことだろうか」


女神?「その通りですわ。場所はグランニュートから少し離れた平原の地下深く……」


ヤランオ「ほう……明日にでも探してみるか」


女神?「うふふ……」


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