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侵入した階段は途中で行き止まりになっていたが、秘密の通路よろしく、謎のレバーを下げることで地上への石蓋が開かれた。
そして、その秘密の通路はグランニュートから少し外れた平原部に繋がっていた。
「やっと出られたわ!」
チアシードが夕陽に向かって両手を上げた。久々の大空は赤く染まっている。
「完全に日が落ちる前に冒険者ギルドへ戻りましょう」
「もう、くたくたで歩けないわ……。あ、そうだ。私もおんぶしてくれない? ハルアキ」
「物理的に無理です」
佐郷の背中にはメルティ、両手には黒鉄の武器がある。チアシードが入る余裕はない。
「メルティ、起きてるんでしょ? そろそろ交代してもいいんじゃない?」
平原を抜ける風がサラサラと音を立てて通り過ぎていく。久々の外気は心地良かった。
「あっ! ハルアキ、今メルティ起きてたわよ。ほら、あっかんべーってした! ねえ!」
「…………すぴー」
「まだ寝ているようです。静かに眠らせてあげてください」
「ぐぬぬぬぬ」
都市グランニュートの壁を『一枚目』『二枚目』と抜けて、冒険者ギルドに辿り着く頃には、すっかり日が落ちていた。
ギルドホールには早くも酔っ払いが集い始めている。
「――残念ですが、この真っ黒武器は値がつけられませんね〜。スライムコアだけ買い取らせてくださいな」
受付嬢に掘り出し物の武器三点を見せるが、突っぱねられた。武器としての価値がないらしい。
「そんな! 重い思いをして持ってきたのよ?」
「…………」
「…………ごほん。代わりにというわけではありませんが、銭湯の経営主から感謝の印として、銭湯の利用優待証を預かっていますよ〜。これで馬のにおいを落とせますね」
受付嬢から炎のロゴが描かれた小さなシールを受け取り、ギルドカードに貼り付けた。銭湯を利用する時に有利になるらしい。
それから言われるまま、銭湯に向かった。
銭湯『インフェルノ』は馬小屋と同じくギルドメンバーが経営している店らしい。番台にギルドガードを見せると、無料で利用して構わないとのことだった。
「では、また後で。メルティをよろしくお願いします」
流石に男湯に連れていくわけにもいかないので、メルティをチアシードに預ける。
「ハルアキさん、ありがとうございましたぁ……」
まだ足元がおぼつかないが、自力で歩けるくらいには回復しているようだ。
「じゃあね、ハルアキ。覗きは犯罪だからね。絶対覗いちゃダメだからね?」
「わかりました」
「絶対ダメだからね?」
「? わかりました」
しつこく念を押してくる割に、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべるチアシード。人を芸人か何かだと思っているらしい。
居心地が悪くなったので、さっさと男湯の方に向かった。
浴場は広く、すでに多くの人が利用していた。獣人とでも呼ぶべきか、獣に近い骨格をした人まで居るので、自分が異世界に生きている事を再確認させられる。
ここまで多様な人種があるのなら、例の白饅頭が紛れていてもおかしくない。そう思って、全体を見渡せる窓際に移動した。窓から入ってくる空気が、ほてった頭の上を通り抜けて心地が良い。
しばらく観察していたが、白饅頭の姿は見当たらなかった。
しかし、どういうわけか、すぐ側の窓からチアシードの声が聞こえてくる事に気付いた。窓の外にあるのは女湯ではない。ただの銭湯の裏手、路地裏だ。「よいしょ、よいしょ」と力んでいるような声色だった。
佐郷は立ち上がり、そっと窓から顔を覗かせた。チアシードの頭部が見えた。
窓は外側からだと一段高い位置にあり、壁をよじ登りでもしない限り、中が見えないようになっていた。覗き対策なのだろう。ともすれば、男湯と女湯は頻繁に入れ替わるのかもしれない。
それにしても、チアシードは女湯に入ったはずではなかったか。こんな所で、一体何をしているのか。
眼下のチアシードに直接聞けば分かることだが、気まずくなりそうなので、佐郷は再び顔を引っ込め腰を下ろして様子をうかがうことにした。
「よいしょっと……ふぅ〜」
どうやら窓枠に辿り着くことが出来たようだ。
「ん〜〜? 湯気がすごいお。よく見えないお」
間違いなくチアシードの声なのだが、違和感がすごい。しかし、どこかで聞いたことのある口調だった。
「――もう少し中に入ってみるお! 大丈夫。どうせバレても作戦通りだし、バレなかったらそのまま覗いて一挙両得だお。我ながら天才的思考だお!」
頭上の窓からチアシード(?)の上半身がニュッと伸びる。
このままでは危ない。周りにこの痴態が見つかったら、とんでもない事になる。すぐにでも、この奇行を止めなければ。
佐郷は思い切り立ち上がる。周囲との視線を遮るために、顔を突き出しているチアシード(?)の前へ仁王立ちになった。
文字通り、なりふり構ってはいられなかった。
「こんばんは。チアシード」
「うっ、うわあああぁああぁああ!!??」
チアシード(?)は思い切り仰け反って、そのまま窓の中から姿を消した。
それからすぐに、べちゃっ、という不気味な音が鳴った。
佐郷が身を乗り出して路地裏を確認すると、チアシードの姿はなくなっていた。
その代わりに、小さな水溜りとスライムコアが不自然に転がっていた。
チアシード「はぁ〜……やっぱりお風呂は癒されるわねぇ」
メルティ「私も生き返った心地がします」
チアシード「あなたは半分死んでたから……」
メルティ「そういえば、報酬はどうなりましたか?」
チアシード「途中拾ったガラクタはダメだったけど、スライムコアはそこそこ売れたわ」
メルティ「おお! いくらになりましたか?」
チアシード「590ゴールド。三人で分けるから、私とハルアキが200、メルティが190ね」
メルティ「ちょっ! なんで私だけ少ないんですか?」
チアシード「昨日のたくわん代よ。受付嬢に天引きされたんだから」
メルティ「でも私の口に放り込んだのチアシードさんじゃないですか」
チアシード「あのあともずっと食べてたじゃない。私だって我慢してたんだから」
メルティ「だって美味しかったんだもん……」




