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爆発による粉塵が晴れてくると、奥行きの広くなった通路が視界の先に現れた。
道を塞いでいたスライムはいくつかの損傷したスライムコアと変わり果てている。しかしその数も極端に少ないので、ほとんどが蒸発してなくなってしまったのだろう。
「……驚きました。これが魔法ですか」
ハリウッド映画のラストシーンか、ギャグ漫画でしか見れないような爆発だった。
自分が無傷でいることが不思議で仕方がないが、これが魔法というものなのかもしれない。比較的周囲の損傷は少ないが、その代わりに前方突き当りの壁だったものが悲惨な事になっている。
「けほっ……いやいや、こんなの知らないから」
まだ微かに舞っている埃に目をこすりながら、チアシードが起き上がる。
「ねえメルティ。一体どうなって──あれ? メルティは?」
いつの間にかメルティの姿は無くなっていた。
「む」
飛散した瓦礫に混じって、棺桶を発見した。ここに来る時には無かったものだ。色は黒を基調として紅いワンポイントのラインが入っている。まるで、誰かの特徴をそのまま引き継いだかのようなデザインだった。
「チアシード。まさかとは思いますが、この棺桶は……」
「メルティ~~!」
チアシードが不吉な悲鳴をあげながら、棺桶に駆け寄った。
そして、やみくもに棺桶の蓋を外し始める。その行動もこの上なく不吉だ。
「メルティ! メルティ! うわーん!」
「チアシード……これは一体」
叫ぶチアシード越しに棺桶の中を確認すると、両手を合掌させた状態のメルティが安らかに眠っていた。
と、思いきや、その両目を開いた。
「……うぅ、それは私から説明します──」
「いや生きてたのか」
メルティはゆっくり身体を起こし、説明を始めた。
「……私が魔法を使えない原因はMPにありました。普通はMPがなければ魔法が出るなんて事はありません。しかし、ハルアキさんに教えてもらった魔法は、全力全開で発動することができました」
「ふむ」
杖をついて棺桶からよろよろ出てくるメルティ。ゾンビめいたシチュエーションだが、顔色はそこまで悪くない。むしろ、すっきりとした表情をしていた。
「なぜ魔法が撃てたか。それは、この棺桶と、私の虚脱症状が全てを示していま──すぅ……あうぅ」
ふにゃっと、地べたに崩れ落ちるメルティ。どうやら本当に力が入らないようだ。
「無理しないでメルティ! 棺桶が出てきたってことは、HPがもうゼロなのよ。これ以上は戦えないわ」
「そう……私はMPの代わりにHP……つまり、生命力を消費して魔法を行使したのです……ふふふ……一歩間違えればロストですが、それを鑑みても余りある最強の破壊魔法を撃ち出すことができるようになったのです……ふふ……ふ」
メルティはそこまで言うと、再び眠ってしまった。実に満足そうな笑みを浮かべながら。
「ハルアキ、おんぶできる?」
「了解」
メルティは身体が小さい分、かなり軽かった。背負ったままの戦闘は流石に無理だが、普通に移動する分には大した負担にならない。
「しかし、噴水を泳いで帰るのは無理そうです」
「そうねぇ。とりあえず、崩れた壁の奥に行ってみない? スライムコアを拾いながらね」
直線上にできた大穴は、別の区画に繋がっていた。
その部屋には黒い鉄の塊のような巨大建造物が三つ、鎮座している。
「悪趣味な像ね……」
「む。何か置いてあります」
同じ黒色をした剣・盾・杖がそれぞれの像の足元に置かれていた。
「やったー! きっと珍しい宝物よ! 持ち帰ってお金にしましょう」
「泥棒では」
「こういうのはトレジャーハントって言うのよ。この世界では合法なの」
女神が言うのならそうなのだろう。とりあえず、三つの武器を回収することにした。
刃渡り90cmほどの直剣は鉄で出来ているので、かなりの重量感がある。刃は鈍いが、そのまま殴打する武器として使うことができそうだ。長方形の盾は木板を重ねて鋲打ちが施されている。杖も剣と同じ鉄製で、重量も相応にある。こちらも殴打武器として使えそうだ。
「メルティを背負っているので、三つ全ては持てません。盾をお願いしてもいいですか」
「任せて……って結構、重いわね」
それぞれお宝を抱えて戻ろうとすると、先程までいた通路に複数の気配があった。
佐郷とチアシードは互いに視線で合図し、鉄像に隠れて様子を伺うことにした。
少しずつ角度を変えて、向こう側を覗いていくと、白い饅頭めいた頭の小太りで背の低い男が見えた。
「ふぃ~~。今日もよく歩いたお。ちょっとここらで、シーシーシー」
白饅頭はその場で放尿を始めた。
「(えっ! なにあの人……)」
「(モンスターではないのですか)」
体格が尋常ではないが、異世界人にも色々な種族があるのかもしれない。
そんな事を考えていると、更にその後ろからもう一人現れた。
「おまっ、ヤルヲ! ところかまわず放尿すんなって言ったばかりじゃねーか。つーか、騎士に見つかったら逮捕モンだろ、常識的に考えて……」
「これはスライムたちの餌になるんだお。いっぱい食べて大きくなるんだお! ヤランオもおしっこするお」
白饅頭をそのまま細長くしたような男が、鼻をつまんで嫌そうな顔をしている。
「いや……つーか、スライムが居なくなってねーか? こっち側に結構集めてたと思うんだが」
「ほ、ほんとだお! なんでだお? 実はおしっこ嫌いだったのかお……?」
ヤルヲと呼ばれた白饅頭はきょろきょろと周囲を見回し始めた。
こちらは見つからないように、顔を引っ込める。
「ヤランオ、こっち見てみるお。こんな道あったかお? ちょっと行ってみるお!」
「おい、スライム連れてるんだから、あんまり無茶しないでくれ。って、なんだここ? 壁が崩落したのか? 足場もガタガタじゃねーか」
少しずつ声が近付いてくる。
「(ハルアキ、こっち来ちゃう!)」
「(相手はスライムを連れているようです。敵ならば、この武器でやりましょう)」
ペタペタとコミカルな足音に混じって、スライムの這いずる音がいくつも聞こえる。
それが像を挟んだわずか数メートルのところで、止まった。
「仏像かお? 異世界にもブッダがいるのかお?」
「んなわけねーだろ。よく見ろ、こんな角張ったブッダはいない。せいぜいロボットだな。それでも違和感すごいわけだが」
「女神様に報告するかお?」
「いや……やめとこーぜ。スライム集めてるのに寄り道すんなって怒られるのが関の山だろ、常識的に考えて……つーか、早く戻らないと今日のノルマが達成できねーぞ」
「じゃあ戻るかお。 あ、そうだ! 今日はヤルヲにスライム操作させてくれお」
「まあいいけど……ヘマするなよ?」
「ストック一杯あるし大丈夫だお」
気配が少しずつ遠くなっていく。
再び像から顔を覗かせると、おびただしい量のスライムが這っていく姿が見えた。
「悪党のようですね」
「女神がどうとか言ってたけど……私、あんなやつら知らないわよ?」
「とりあえず、戻ってから考えましょう」
チアシードは佐郷の背負ってるメルティを一瞥して「そうね」と答えた。
「ところで、ハルアキ」
「なんでしょう」
「あそこ、気付かなかったけど階段があるわ。地上に出られるんじゃない?」
「ふむ。もと来た道は饅頭組と鉢合わせになる可能性があります。それにメルティがいるので泳げません。この階段から地上を目指しましょう」
どういうわけか『EXIT』という文字が階段口の上部に浮かび上がっている。
今はその文字を信じて進むしかなかった。
チアシード「…………」ジーッ
佐郷「スライムコアを眺めて、どうしたのですか」
チアシード「色が違う……」
佐郷「森のものは緑色でしたが、こちらは水色ですね」
チアシード「味も違うのかな?」チロッ
佐郷「おすすめしません。白饅頭の体液を味わいたいなら、止めはしませんが」
チアシード「」




