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 ゆっくり階段を降りていくと、腰を抜かしているチアシードがいた。


「びっっくりした!」

「びっくりしたのはこっちですよ! 杖、貸しましょうか?」

「いいのいいの。バランス感覚には自信があるから」

「……」


 メルティはツッコミを入れることを諦めてしまったようだ。


「チアシード。怪我はありませんか」

「うん、大丈夫。私は頑丈だからね……。 それよりほら、あそこ。見える?」


 たどり着いた空間は、今まで歩いてきた通路の一回りも二回りも大きく、明らかに雰囲気が変わっていた。壁には等間隔でオレンジ色の照明がかかり、周囲をぼんやりと照らしている。

 その巨大な通路の先に、水色で半透明の物体が動いていた。


「あれ──スライムよね?」

「はい。まだこちらに気付いていないようです」


 スライムは右に左に、とくに意味もなく徘徊しているように見える。あるいは何か目に見えないものを摂取しているのかもしれない。ゼリー状の体には器官というものが見当たらないので、どの程度まで近付けば気付かれるのか、見当もつかない。


「この距離なら私の出番ですね……ふふふ」


 メルティが一歩前に出る。何か考えがあるようだ。


「メルティは魔法使いだったわね。ハルアキは魔法を直接見るのは初めてだから、思う存分見せつけちゃって!」


 メルティは大きく頷くと、杖を構えてニヤリと笑った。


「今なら出来る気がします……!」


 杖の先をスライムに向けると、メルティに向かって外側から吸い込まれるような風が吹き始めた。


「はぁぁ! いきます……ヘル・フレイム!!」

「──ヘル・フレイム!? そんな高等魔法が使えるの!? 」


 風が杖に移動し、その先端が赤く光る。

 そして、しゅぽんっと空気の抜けるような間抜けな音がして、元の静けさに戻った。


「…………」

「ん……あれ? メルティ……?」


 メルティは杖を一回転させて、もう一度集中した。


「アイス・ストライク!!」


 しゅぽんっ。不発。


「メガフリッカー・ライトニング!!!」


 しゅぽぽんっ。ぷすぅ~。盛大に不発。

 コミカルな屁じみた音が鳴るばかりで、魔法らしい魔法は出てこない。


「……メルティ? もっと簡単な魔法でいいんじゃないかしら……?」

「ぐぬぬぬ……仕方有りませんね。はぁ! ファイア・アロー!!」


 ぷすっ。やはり、不発。


「はぁ~~~~」


 メルティはその場でぺたんと座り込んでしまった。


「メルティ……あなたまさか……」

「そうです……魔法が使えないんです……」

「ええっ! だってすごい魔力を感じたわよ? こんな事ってあるの? ステータス振りどうなってるわけ?」


 チアシードとメルティの間で話が進んでいく。

 とりあえず現在分かることは、メルティは魔法が使うことができないということだ。


「魔力に極振りしていますよ? でもMPが全然伸びないんです」

「MPだけが増えないなんてことあるのかしら? バグ? うーん。メルティの生まれってどこ?」


 チアシードはチアシードで、これまでに見たことがないくらい真剣な表情になっている。仕事モードというやつだろうか。


「私の生まれに関係するんですか?」

「可能性としてね。後天的にバグが起きるとしたら、何か特別な行動をとった時くらいだけど……メルティは心当たりないのよね?」

「えっ! ええ……まあ、ないです」


 そうこうしているうちに、スライムは曲がり角を曲がって姿をくらませてしまった。


「あ、いっちゃうわ!」

「追いましょう」


 チアシードと巨大な通路を進んでいく。

 先ほどまで佐郷の横を並んでいたメルティは、3歩ほど後方をうつむきがちに着いてきている。


「…………はぁ」


 明らかに意気消沈していた。


 スライムを追いかけて角を曲がると、予想を裏切るような光景が広がっていた。

 大きな通路が続いてるのは変わらないが、その大きな道を塞ぐように大量のスライムがひしめいていたのだ。


「うわ……いっぱいいるわよスライム!」

「20匹以上。考えなしにいくには危険です。どうしたものか」


 半透明な上に動くので正確な数は分からないが、一対一でも苦労したスライムだ。同時に複数を相手にするのは無謀でしかない。


「私が魔法さえ使えれば……」


 後ろにいたメルティの絞るような声が、悲痛な叫びのように聞こえた。

 魔法の使えない魔法使い。きっと、それがギルド内でパーティに入れてもらえなかった原因だ。

 オークに捕まっていたときよりも、はるかに落ち込んでいるように見える。その時はまだ希望や展望があったのだろう。

 今はそのどれもを失ってしまっているようだった。

 ──ならば、やることは一つだ。


「メルティ。まだ戦う気はありますか」

「え……? でも私は魔法が……」

「魔法のことはこちらもよくわかりません。が、手助けはできるかもしれません。魔法とはどんなものか、教えてもらえますか」


 失ったなら、拾えば良い。

 持たざる者が、いつまでも持たざる者だというのは幻想だ。


「えと……魔法はMPを使って発動することができますが、私のMPはゼロで……」

「ふむ。ではMPとはなんですか」

「マナ・ポイントです。身体に溜め込んだマナの量を表します。使えば減っていきますが、夜眠れば、朝には回復しています。──でも、私のMPは最大値がゼロなので……」


 なるほど。ゲームのような世界というわけだ。魔法を使うためのMPが足りないから魔法が撃てない。単純な話だった。

 しかし、その理屈を理解しても納得することはできない。


「そのゼロという数値は誰が決めたのですか」

「えぇー……? 誰と言われても……? 女神様とか?」

「ハルアキはステータスオープンしてないから分からないかもしれないけど、それはこの世界の法則で、絶対的な数値よ。私が決めてるわけでもない。そういう原理なの」


 チアシードがむっとした顔で反論した。それもそうだ。この世界の管理者だというのだから、否定するようなニュアンスを感じ取れば、怒るのも無理はない。

 だが、これからやろうとしていることは『否定』そのものだ。


「チアシード。私が居た世界における『魔法』とは、世界の法則を無視した超常現象の事を指します」

「……どういう意味?」


 それはつまり、こういう事だ。


『|持たざる者の心意気《ステータス・クローズ!》』


 佐郷はメルティに向かってガッツポーズを決めた。


「うわ!? なんですか急に! びっくり……あれ?」


 メルティはきょろきょろと周囲を見回している。


「ステータスオープン! ……あれ?? ステータスオープン! ……ハルアキさん、何したんですか? ステータス見れなくなっちゃったんですけど……?」

「『魔法』を使いました。成功のようです」

「ちょっ……なにそれハルアキ! そんな魔法は存在しないんだけど!?」


 チアシードは口をあんぐりと開けて驚いている。


「私はただ、『メルティにはそんなものがなくても乗り越える力がある!』 と強く念じただけです。それが『魔法』となって効果を発揮したのでしょう」

「す、すごい……新しい魔法を作り出したってことですか!?」


 荒唐無稽極まりないが、実際にそうなっているのだから、否定するわけにもいかないだろう。

 それに、根拠はあった。森でのスライム戦やオーク戦の時に感じた高揚感があったのだ。

 もしかしたら『想いの力』がこの世界では大きなウェイトを占めているのかもしれない。

 と、くれば、メルティにやってもらう事は一つだ。


「メルティ。魔法の可能性を見出だせましたか?」

「こんな事ができるなんて……ふふふ……おもしろい! おもしろいです! どうやったんですか? 教えてください、ハルアキさん!」


 どうやら、やる気になってくれたようだ。


「重要なのは、出来ると思い込む力です」

「思い込む力……」


 自己暗示ともいう。アスリートなどが試合前に行い、自身を高める方法だ。

 それは精神状態を目標のために最適化させて、限界を超えたパフォーマンスを発揮させる行為。ひとつの目的に対して(いかり)を落とすように集中することから、アンカリングと呼ばれることもある。


「まずは目を閉じてリラックスしてください」

「リラックス……」

「そして、深呼吸。何も考えずに頭を空っぽにします」


 メルティは言った通りに深呼吸を繰り返した。

 やはり、素直で良い子だと思う。そして、その素直さはそのままアンカリングの成功率に直結する。


「次にイメージ。どんな魔法を使うかを想像します。火なのか、氷なのか、雷なのか。声に出しても構いません」


 アンカリングは人によってやり方は様々だが、発声して鼓舞するという儀式は単純明快で、古くから行われている。人が戦いの際に雄叫びをあげるのは相手を威嚇するだけが目的ではない。


「……地獄の底より深き場所、暗闇と深淵の奥に秘匿されし紅蓮の炎──」


 しっかりとした口調とは逆に、メルティの身体がゆらゆらと揺れている。

 トランス状態に入っているようだ。


「虚空の果てより遠き場所、永遠世界の絶対零度──」


 詠唱が続く。例えに出した三属性をすべてイメージするのだろうか。

 その結果、何が出来上がるのかは見当もつかない。

 今わかるのは、メルティの身体から外に向けて風が吹き始めているという事だけだ。


「天界よりも高き場所、暗黒星雲の電離光──」


 メルティが両拳を立ててガッツポーズを決める。そこはオリジナルのポーズにしてほしかったが、無意識のことだろう。

 それに、今さら口を挟む余地はなかった。メルティの身体から凄まじい風圧が出ているのだ。

 先ほど魔法を失敗した時とは逆の、メルティの内から外に向かうプレッシャー。

 今度は間違いなく、何かが起きる。


「我が身に想起せし三つの世界を撚り、今、一本の柱とする──」


 メルティは虹色に輝く不吉な杖を前方のスライム達に向けた。異変に気付いたスライムが飛びかかってくるが、もう遅い。


「いきますっ──全てを(デウス)焦がす幕引きの爆炎(エクスプロージョン)!!」


 メルティの杖から巨大な光線が放たれる。

 虹色の破壊光線は通路いっぱいまで広がり、スライムたちを例外なく蒸発させて、向こう側の壁にぶつかり凄まじい爆発を引き起こした。


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