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渡された地図に書かれている地下水路への入り口は『二枚目』広場区の噴水にあった。
この区画は住民たちの憩いの場となっており、ギルドのある冒険者区と違って一般市民も多く利用している。
そんな人の多い場所で、佐郷は着衣水泳を余儀なくされていた。
「準備は良いですか」
全身から水を滴らせながら、佐郷は確認をとる。
「本当の本当にこの中に入り口があるの?」
「たった今確認してきたのです。大丈夫、そう距離はありません。少し濡れるだけです」
地下水路に進入するには、噴水に飛び込み潜水する必要があった。少なくとも、受付嬢から案内された地図ではここが一番の入り口らしかった。
「でででも! この服、買ったばかりで!」
「メルティ。他の入り口は人も多く、入場料を取られるところもあるそうです。そして我々は今、無一文です」
「うう……私も装備を買ったばかりで無一文です……」
「では、決まりです」
三人は意を決して噴水に飛び込んだ。
いざ飛び込んでしまえば、周囲から白い目で見られたところで気にならなくなる。
水深5メートルほどの水底には、薄汚いフィルターが設置されている。その中に一枚だけ外れかかったものがあった。
佐郷はそれを外し、二人に奥へ進むよう誘導した。
どれほど潜っていれば地下水路へとたどり着くのか体感で分からない二人は、必死の形相で奥へと進んでいく。
佐郷はそれを見送った後、フィルターを元に戻してから後を追った。
合計で2分ほど経った頃だろうか、ようやく水場が終わり、空気の十分な地下水路へと顔を出すことができた。
「ぜぇ……ぜぇ……死ぬ……オエップ」
「距離があんまり無いって話じゃ……ありませんでしたか……?」
息も絶え絶えの二人から非難を浴びる。
「下方向への潜水と、やや水流があった為、息を止める時間自体は長かったようです。すみません」
距離が短いのは間違いない。まだ広場から、そう進んでいないはずだ。
天井の空気孔と思わしき穴から、わずかな明かりと、広場を歩く足音が聞こえてくる。
「メルティ、気を付けてね。ハルアキはこういうところがあるから……」
「天然スパルタ……」
まだ二人はぐったりしているので、回復まで待つことにした。
地下水路内は、地上よりも温かい空気が流れている。衣服はそのうち乾くだろう。
「――そういえば、シードルさんは女神チアシードとは別人なんですか? 雰囲気が同じに見えるんですが」
「ああ、それね。ここなら隠す必要も無いわ。──私が女神チアシード本人よ!」
ずぶ濡れのフードをかぶっていたチアシードは、マントごと脱ぎ去った。
その姿を見て、メルティはびくっと震える。
「うぅ……やはり……。なぜ女神がここに?」
「ちょっと旅をしたくなったのよ、ハルアキと一緒にね。自分が管理してる世界を、自分の目で直接見ることが出来ないなんて、ヘンな話でしょ?」
「なるほど。それで手配書がまわっているのですね。他の余罪に関してはどんな理由が?」
「え? 余罪って……?」
メルティは何か、こちらの知らないことを知っているようだ。
「む、無自覚なのですか? ははあ。これはまた、大物ですね……。 えーっと、食い逃げから始まって、万引き・商品棚の勝手なレイアウト変更・民家に落書き・兵舎に落書き・メインウォール『三枚目』に落書き・馬のたてがみを勝手にカットする――などなど、さっき見ただけでもリアルタイムで罪状が更新されていましたね……」
メルティは怯えた様子でチアシードから距離をとった。
「まってまって! ぜんっっぶ、身に覚えのない罪よ! 第一、私は昨日ここに来たばかりなのよ? ずーっとハルアキと一緒だったし……ハルアキは私が何もしてないの知ってるわよね? この男が生き証人よ!」
「はい。確かにチアシードは家出以外の罪は犯していません。家出が罪というのもまだちょっと腑に落ちていませんが」
自分と会う以前から都市に繰り出していたのであれば可能性はあるが、嘘をつくのが下手なチアシードのことだ。それは無いだろう。
「……たしかに。チアシードさん一人ならともかく、ハルアキさんが一緒なら、そんな下らない罪は犯させないですよね!」
短い期間でずいぶんと信頼を得ているようだ。つい昨日やってしまった露出行為が軽犯罪にあたらないことを祈りたい。
「しかし、いったいどういう事なのでしょうか? 女神は人間とは接点が無いはずですよね?」
「そうね……」
チアシードは俯いたまま、黙ってしまった。心当たりがあるが、疑いたくない。そんな雰囲気を感じる。
「そろそろ出発しましょうか」
「そうですね。服も乾いてきました」
地下水路の奥に向けて、歩き出す。
通路は下方に続くゆったりとしたスロープになっていて、進むごとに地上からの光が弱くなっていった。降り階段に差し掛かる頃にはほとんど前が見えなくなっていた。
「ここまでスライム無し。本当にここにいるの?」
「引き返しますか」
「う〜〜ん。何の収穫も無しで、またずぶ濡れになるのは悔しいです……」
メルティの言うことも一理ある。しかし、未知の場所を探索する際に引き際を見誤ると大変なことになる。とくにこの先には明かりが無いのだ。
「……では、階段を降りて何もなければ帰りましょう。真っ暗であればスライムと遭遇したところで戦うすべがありません」
これなら諦めもつくだろう。サバイバルにおけるメンタル管理は重要だ。
「了解しました!」
階段は思いのほか長かった。
更に、ぬめる。
進んでいくにつれて、これが正しい選択だとは思えなくなってきていた。
「足元に気をつけて。壁に手をつきながら、ゆっくり。一歩ずつ」
いくら後悔したところで、皆がやる気になっている以上は引き返せない。
これからも長く続けていくメンバーだ。良好な関係を保つ必要がある。
「やたら足場が悪いですね……もしかしたらスライム、近くにいるのかも?」
メルティがそう言うと、すぐ近くから舌舐めずりをするような音が聞こえた。『スライム』の単語でそんな反応をする人間(女神)は一人しかいない。
「……チアシード?」
「ふふふ……私、慣れてきたわ! 体重移動さえ気を付けていればこんな階段すぐにぴぎゃーーーー!」
「チアシードさん!?」
滑り落ちていくチアシード。あっという間に声が遠ざかっていった。
「フラグの回収早すぎませんか……?」
「彼女には気を付けてあげてください。チアシードという女神は、あんな感じの人なので」
チアシード?「こんな卑猥な絵描いたら即逮捕だろ……常識的に考えて」
騎士「貴様! 何をやっている!」
チアシード?「お、きたきた。このあたりに水場は……お、ラッキー」
騎士「うん? どこかで見たことあるような……?」
チアシード?「美少女女神チアシードをこれからもよろしくお願いします! なんつって」ザブーン
騎士「女神だと? 待て! 逃げるな!」




