一年分の想いを
「アーリア」
ゲオルグ様との話し合いも終わったところで退室しようとした私をゲオルグ様が呼び止められた。
「はい」
「良ければ少し話をしないか?」
いつの間にか傍までいらしたゲオルグ様に両手を優しく握られた。どうしてか、私はその温もりを懐かしいと感じてしまった。
どう返事をすれば良いかと師匠を見れば、師匠は穏やかに頷かれた。
「こちらで進めておくから、アーリアは殿下の話し相手になっておいで」
「……では、私でよろしければ」
「ありがとう」
嬉しそうに腰に手を回しエスコートされる。こういった貴族のような接し方には慣れていないので動揺してしまう。
日頃勇ましい噂しか耳に入らないゲオルグ様の王族らしい立ち振る舞いに、私の胸はさっきから煩いほど高鳴っていた。相手は王国中の女性の憧れでもあるゲオルグ・アスフォルダ様。実のところ、現国王よりも王位に相応しいといわれるほど聡明な方。
私に話し相手など務まるのだろうか。
先ほどまで座っていた席に再度着席した。相変わらずゲオルグ様は隣に座られている。
改まってゲオルグ様が口を開かれた。
「一年前、お前が聖女を召喚した時の姿が今でも目に焼き付いている」
「……ゲオルグ様もいらしたのですね」
一年前の聖女召喚の日。私は自分のことで精一杯で、当日誰が来ていたかまでは知らなかった。
よく思い出してみれば、王と王子はいらしたかもしれない。けれども他の王族の方はお顔を拝見する機会も滅多に無いものだから、誰がいらしたかまでは分からなかった。
「ああ。聖女召喚とあって俺も呼び出されていたんだ。初めてお前を見た時は、その細腕で本当に聖女を召喚できるのか不安を抱いたものだ。けれどいざ始まれば、お前は誰よりも強い意志で聖女を召喚した。お前を姿だけで判断した己を恥じたよ」
「そんな、殿下のお考えは尤もです」
実際、聖女の召喚士として任命された私に陰口はあった。まだ地位も確固としたものはなく、師匠のすねかじりと揶揄されることもあった。けれどもどの魔導師よりも聖魔法の力が強いことだけは揺るぎない事実だった。
「召喚してから一年も眠り続けていたのですから、見くびられることもあるでしょう」
「そんなはずがあるか。他の者であれば成功どころか命を失い失敗に終わっていたかもしれない。お前には感謝してもしきれない。だというのに」
ゲオルグ様が初めて顔を歪ませた。
「兄はお前に感謝の意を述べるでもなく聖女に付きっきりだという。魔導師団の者に聞けば祝辞すら与えられていないという。戦場に立った騎士は兵一人であろうとも報酬を与えるというのに。我が身内の恥、俺では物足りないかもしれないが謝罪させてくれ」
「ゲオルグ様は何も悪くありません!」
私は、声を上げて反論した。
「魔導師団の者も、報酬に目をくらませる者ばかりではありません。一刻も早く瘴気の問題を解消させ、はやく家族に安心をもたらしたいのです。ですから、どうかそのような機会を設けるよりも、瘴気の問題に取り掛かりましょう!」
魔導師団の人数は多くない。全員が聖女召喚のために力を注いでくれたことを知っている。
だから、そんな私達のことを労ってくださるゲオルグ様の言葉は心に染みた。
はやく、この事をみんなに伝えたいとも思った。
「…………お前は、本当に……」
愛おしそうに何かを見つめるゲオルグ様の表情に、私は更に頬が染まる。
これ以上ないほどに熱視線を受けて、動揺しない者なんていない。
「ゲオルグ様……どうされたのですか?」
「どうした、か。そう聞かれたのであれば、俺はお前に惚れたとしか言えないな」
「え?」
私は母国語が分からなくなったのだろうか。
ゲオルグ様の言葉の意味が理解できなかった。
優しく触れられていた手の甲に、ゲオルグ様が唇を押し付けた。
「ゲッオル、グ……様?」
一体何を。
次の言葉を開く前に、突然抱きしめられた。
言葉を紡ごうとしていた唇が、ゲオルグ様の肩に押さえつけられて何も発せない。
「俺にとっては、お前が聖女だった。ひたむきに聖女召喚を行い、成功した時に見せた姿が愛しかった」
「…………」
「一年。ずっと待っていた。お前が目を覚まし、俺と言葉を会話を交わしてくれることを何度夢見たことか……!」
回された腕の力が強まり、より強く抱き締められた。
「お前にとっては会ったばかりだろうが、俺はずっとお前に言いたかったんだ」
見上げる先に見えるゲオルグ様の頬が赤らんでいた。喜色の浮かぶ姿から、本当に私を好きだと思ってくださっていることが分かった。
信じられなかった。
告白されていると、頭で理解出来ても心が素直に受け止めきれない。
今はただ、抱き締められる力強さにひたすら身を任せたくなった。
「アーリア。俺はお前が好きだ」
その言葉だけ、ゲオルグ様は何度も私の耳元に囁いた。
それはきっと。
一年分の想いなのだろう。