作戦会議
ゲオルグ様に案内された場所は、庭園に一つだけ用意されたテーブルだった。鉄で作られた趣向の良い椅子に座るよう促され、私は緊張した面持ちのまま着席した。
隣に師匠が座るかと思ったら、何故かゲオルグ様が座られた。
「茶を用意してくれ」
近くに居た使用人に指示をすると、ゲオルグ様はまた私を見る。
何だかやたら見つめられているような気がする。いたたまれない。恥ずかしい。
「あの……何かございましたでしょうか」
あまりに見つめられることが気恥ずかしくて、失礼を承知で聞いてみれば、ゲオルグ様は破顔しながら謝ってこられた。
「いや、こうして起きているアーリアを見ることが叶った今の喜びを噛み締めていた。不快な思いをさせてしまったならすまない」
「そんな、どうか謝らないで下さい。こちらこそ失礼な発言をいたしました!」
慌てて頭を下げた私の肩を、ゲオルグ様が優しく掴まれた。とても大きな掌だった。
「アーリア、どうか畏まらないでほしい。身分こそ王族というが、俺は王位とは縁無い存在だ。そうして頭を下げられていては近づくことも許されないようで、そうだな。寂しいんだ」
整った精悍な表情が憂うだけで絵になる姿だった。そんな方から、私は一体何を説明されているのだろう。
「魔導師アーリア。不躾な頼みかもしれないが、どうか俺のことは王族として接するのではなく、まずは一人の知人として接してもらえないか?」
「…………」
私は救いを求めるように師匠を見た。
何が起きているか分からない、混乱した私に助言をくださると思ったから。
すると師匠は、私の視線の意図を汲んでくださった如く話を始められた。
「ゲオルグ様。アーリアは今、あまりの事に混乱しております。ですがきっと日々会話を交わせば慣れてくることでしょう。ですのでどうぞ、いつでも彼女の元に遊びに来てくださいませんか?」
あれ? 何か想像していたものと違う回答なのですが。
「そうか! それならば遠慮なく顔を覗かせてくれ」
嬉しそうに手を握られてしまっては、私は頷くしかなかった。
話は戻って、聖女との謁見について。
「ご存知の通り魔導師団の陳情は却下されてしまいました。このままでは日々瘴気が増していくのを見過ごす結果となります」
「ああ。その件についてはこちらでも兄上にどうにか出来ないか大臣らからも相談を受けている」
「でしたら話が早い。殿下からガイル陛下にご相談頂く機会を得ることはできますか?」
師匠の言う聖女と会う手段のもう一つが、どうやら
ゲオルグ様の事だったらしい。
「生憎、お前達も知っているだろうが兄と俺では相性が悪い。火に油を注ぐだけの結果になりかねない。今、母上と妹から陛下にどうにか出来ないか話をしてもらった。結果は聖女との婚儀を済ませた後ならば、という回答だったという」
それは、随分急な話にも思えたけれど、考えてみればアーリアは一年の眠りについていた。その間に聖女と陛下が結婚を考えてもおかしくはないのかと納得する。
「婚儀については聖女様が承諾を渋られているとお聞きしていますが?」
「その通りだ。彼女、ナナヨ様は未だ故郷を恋しく思われておられる。このまま婚儀を済ませ、子が生まれでもしては帰れないことを危惧されているのだ」
「そうですか。だとしたら、もう一つの手しか残されていないかな」
師匠が私を見る。
ゲオルグ様がその視線に気づき、師匠に尋ねた。
「もう一つの手とは?」
「聖女様に謁見することと、聖魔法を覚えて頂くための交渉手段です。一つは殿下でした。ですが今お聞きした限り、既に手は打たれていた。でしたら次の手段は彼女、アーリアです。聖女様はずっとアーリアの目覚めを待たれていた。アーリアが目覚めたと分かれば、特使団を通さずとも謁見が許されるでしょう」
「だがそれは、アーリアの身にも間違えれば危険が及ぶぞ」
不穏なことを仰られるゲオルグ様の言葉に私は身が震えた。
「何故ですか?」
「兄が黙っていない。ナナヨ様がお前に会いたい理由など、元の世界に戻して欲しいという要望だけだろう。それが叶えば兄がお前を許さず、叶えられないとなればナナヨ様がお前を許さないだろう」
どちらにしても許されないなんて。
起きて早々に不遇な立場だった。
「では、どうすれば良いのでしょう。このままでは瘴気は街を襲います。聞くところによれば、魔物が街にも現れたとか」
「ああ。それは騎士団や衛兵により守備を強化させているが、持久戦になれば不利だろうな」
「ですので、最後の手があるのです」
師匠は呑気そうに人差し指をピンと立てた。
「ゲオルグ殿下、貴方が王になられれば良いのです」
この師匠は、どうしてこうもとんでもない発言をするのだろうか。
「師匠、何を言ってるんですか! 不敬罪で捕まりますよ?」
「エストラ。悪いが俺は王になるつもりはない。王となられるのはガイル兄上だけだ」
ゲオルグ様から感じる怒りの気配に、私は息を飲んだ。
彼は師匠に対して静かに怒っていた。
けれど、私の視線に気付くとその怒りを一瞬で沈めた。
「すまない。怖がらせてしまった」
「いえ……師匠が悪いのです」
「お二人とも、最後まで聞いてください」
師匠がコホン、と小さく咳をする。
「何も謀反しろだなどと言っていません。ですが、このままでは瘴気は悪化するばかり。新生の王は権威を盤石とするために聖女との婚儀を早めようとしている。けれど聖女様はその事に難色を示している。これが今の現状です。
では、この件を改善させるにはどうするか。瘴気を消して、王の地位を盤石とし、聖女様には帰還して頂く。順序こそ違えど、結果はこうなります」
「それはそうだ。その通りに出来ないから悩んでいるのだが」
ゲオルグ様が深く頷く。私も師匠に対し首を縦に振った。
「ですので、こちらで行う手は二つ。まずは聖女様にお会いし、瘴気を消してくれれば帰還できることを約束しましょう。今は解決方法が見つかっておりませんが、召喚した聖女様を帰還させた事例は過去の書物から見たことがあります。その事をお伝えしましょう」
「そうなのですか?」
私が調べている時には見た事がない発見だった。
師匠は穏やかに微笑みながら、「一年間遊んでいたわけじゃないよ」と返してきた。
「けれど、方法が分からないことは確かなまま。本来であれば帰還する方法も探したいけれど瘴気の問題が深刻化していて探す暇もないことを聖女様に訴えましょう。その発言は、アーリア。貴方にこそ相応しい」
「はい。私も、どうにかして聖女様をお帰ししたいです」
本来あるべき場所から引き離してしまった罪悪感。
せめてもの償いとして、私は聖女様を元の世界に戻したい。
「そして先ほどの発言に戻りますが、この件に関してガイル様は反対なさるでしょう。ですので、カモフラージュをたてます。それが、貴方様へのお願いなのです。ゲオルグ様」
「……俺を囮に立てるわけか」
師匠。
一国の王子に対して何という作戦なんでしょう。
口を挟みたかったけれど、どちらも深刻な表情で互いを探り合っているように見えたため、私は口を噤んだ。
「……いいだろう。アーリア一人に責を負わせるような真似はしたくない。セイランや母にも頼んでみよう。その件は任せてくれ」
「ありがとうございます」
ゲオルグ様が溜息混じりに私を見た。
「お前の親代わりは相当な狸だな」
私は乾いた笑みで返した。
仰る通りです。