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ゲオルグ・アスフォルダ 2

 召喚のために用意された部屋に向かったゲオルグは、物々しい雰囲気を醸し出している内部の様子に息を呑む。

 数百年ぶりに行われる聖女召喚の儀。古文書に記されていた魔法陣、それに魔導師団の姿。

 ゲオルグが唯一顔見知りである魔導師団長であるエストラと目があった。彼が召喚をするのだろうか。

 しかし、彼の隣に立つ人物が目に入る。フードを被っているため性別や顔まで分からないが、エストラが話しかけている相手は、魔法陣の前に立って打ち合わせをしている。


(あの者が召喚を行うのか)


 ゲオルグは召喚術に詳しくないため、どのように喚びだされるか、何が必要であるのかは全く分からなかった。

 邪魔にならないよう、王族が待つ位置に移動する。

 その場に用意された椅子に座る。中央は首謀であるガイルが既に座っている。

 ゲオルグを見ると、憎たらしい顔で弟を見る。いつからこのような顔をされるようになっただろうか。

 それこそ幼い頃は頼れる兄であった。しかしいつからか、ガイルはゲオルグを疎ましく思うようになっていた。

 

 まだ幼かったゲオルグは、態度が変わった兄に寂しさを覚えたが、彼の心情を理解する年齢でもあったため、話す機会を減らし、なるべく王城から離れることにした。

 主に騎士の屯所に住み着き、騎士から剣を習った。庭師と共に自身に用意された庭園を改良して遊んだ。そんな子供時代だった。

 元より王になるつもりはなかったゲオルグは、王を守る護衛になるだろうと考えていた。その頃には既に生まれていたセイランが、小さいながらも賢い少年だと分かっていたため、知に関する事はセイランに、体を動かすことは自分が勤めようと考えていたからだ。


 そんな思い出を振り返り自嘲した。そんな思いも、悲しいことにガイルには届かなかった。


「兄様。始まりますよ」


 隣に座っていたセイランに小突かれ、ゲオルグは意識を元に戻して魔法陣を見た。気付けば周囲が沈黙していた。どうやら儀式が始まるらしい。 

 フードを被っていた人物が魔法陣の前に立ち、フードを取った。

 

 ゲオルグは驚いた。

 その人物が、ゲオルグよりも若い女性だったからだ。

 亜麻色の髪は肩より下に掛かる程度の長さ。表情は固く強い意志を持って魔法陣を見つめていた。

 あのように細い腕で、国を左右する召喚術を任されたという女性に、ゲオルグは興味を抱いた。


「セイラン。あの女性は誰なんだ?」

「アーリア・ストラトですよ。魔導師団に所属している女性で、エストラ師団長が育ての親だそうです」

「育ての親?」

「彼女が幼い頃に両親が魔物討伐中に亡くなったそうです。彼女の両親も元は魔導師団に勤めていたそうなので」

「そうか……」


 ゲオルグは知らなかった。

 普段から城を離れていたし、魔導師団と関わる機会もほとんど無い。

 アーリアという女性にも初めて会った。

 もし、もっと前に出会っていたならばすぐにでも名も顔も覚えていただろう。

 

 目が離せないままアーリアの様子を見る。

 彼女が魔法を詠唱し始めると、魔法陣が輝き出した。

 周囲から驚きの声が上がる。

 けれどゲオルグは声ひとつ発さず、アーリアを見つめていた。


 彼女の髪が突風で揺れる。

 顔が苦渋に満ちている。それでも尚詠唱を続けている。

 苦しそうな彼女を救いたいと思った。

 それほど辛いのなら、後ろから支えてやりたいとも思った。

 何も出来ず見守ることしか出来ないまま、時間が過ぎる。

 

 突然、暴風のような風と雷鳴に似た激しい閃光が部屋中を轟かせた。周囲にあった物は飛ばされ、人々も体を倒していた。

 ゲオルグは身を伏せ、眩しさに目をやられながらもどうにかして周囲を見た。弟妹達の無事を確認する。護衛騎士により兄も飛ばされることはなかった。

 アーリアの無事を確認しようと魔法陣の前を見た時、ゲオルグは息が止まる思いがした。

 最も被害を受けたアーリアは、突風により壁まで飛ばされて倒れていた。

 ゲオルグは考えるよりも前に彼女の側に寄り添い、彼女の体を支えた。

 意識はある。

 アーリアは苦しそうに呻いている。見るからに憔悴し、早く救護しなければと思った。

 けれど彼女は必死に魔法陣を見つめている。


「成功……したんだ……」


 そこでようやくゲオルグは魔法陣に少女が倒れていることに気付いた。

 魔法陣の中心に人々が溢れ歓喜の声を上げる。

 ゲオルグは内心憤りを感じた。

 どうして誰もアーリアの様子に気付かない? 召喚した彼女を労らない、と。

 身内にすら覚えたことがない怒りを抑えながら、せめて自分だけでも彼女に伝えたい。


「よく頑張ったな」


 こんなにも細い腕に託された任務にどれほど重圧を感じただろう。

 自身の身体が倒れても、召喚の成功を気にするアーリアが、ゲオルグには愛しく思えた。

 こんなにもひたむきな彼女こそ、聖女なのではないかと、思うほどに。


「うん……私、頑張ったよ……」


 苦痛に満ちていた顔が、ゲオルグの言葉を聞いて微笑んだ。

 嬉しそうに、褒めて貰えたとばかりに。

 無意識のまま、ゲオルグはアーリアを抱き締めた。

 既に意識を失った彼女を丁重に抱き上げ、その場を離れた。


「アーリア!」


 エストラが駆けつけてくる。辺りが聖女の事で盛り上がる中、エストラとゲオルグだけがその場を離れた。


「無事だ。意識を失っているが」

「魔力がほとんど無い状態です。急いで手当てしなければ。殿下、私がお運びします」

「いや、いい。このまま運ばせてくれ」


 ゲオルグはアーリアを手放したくなかった。

 例え親代わりだというエストラにも、腕の中で眠る彼女を奪われたくなかった。


(まさか、こんな感情が芽生えるなんてな……)


 今、確かに芽生えた独占欲から、ゲオルグは理解した。

 どうやら自分はアーリアに一目惚れしたのだと。


 早く目覚めて欲しいと思った。

 身体が癒えたら、彼女を労わりたい。そして自身を知ってもらいたい。


 その願いが叶うのは一年後であると、その時のゲオルグは知る由もなかった。



 


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