一年の空白期間
鏡に映る私を見た。
伸びた髪。少し痩せ細った顔付き。
それでも、充分な休息を得たからなのか、肌艶は以前より良くなっている。
「私の貴重な一年……」
鏡の前で項垂れながら、私は現実を受け止めて落ち込んだ。
召喚が終わると、私は卒倒したらしい。
どれだけ医師に診せても、数少ない聖魔法の使い手に魔法を唱えてもらっても、私は目覚めなかった。
召喚に全ての力を使い果たした結果だというのは瞭然で、師匠達は目覚める事を願って私をずっと王城の救護室で寝かせてくれていたらしい。
寝たきりでは筋肉が落ちてしまうし、食事も食べる事が出来なく、命がそのまま途絶えてしまうかとも思ったらしいけれど、どうやらそれは杞憂に終わったらしい。
私の体は、不思議なことに魔力を回復させるために身体の成長時間を著しく遅くさせていたという。
「こんな事、前代未聞だったから君が眠っている間に色々調べさせてもらったよ」
ちゃっかり私を研究対象にしていたらしい師匠から教えてもらった。
聖女の召喚は、書き記されていなかったけれど相当の負荷が掛かるらしい。
けれど有難いというべきなのか、召喚術に使用した魔法陣には召喚術を唱えた者の命を守るための救援措置が記されていたらしい。
そのお陰で私は命を失うことは無かったけれど、気付かずに私は命を失いかけていた。
改めて思うと身体が震えた。
それだけ大事だったのだ。
一年の間、ゆっくりと回復しながら眠る私を見守ってくれた師匠は本当に嬉しそうに私を見る。
私にとっては少しの間だったけれど、師匠にとっては長い一年だったんだろうな……
「ずっと待っててくれてありがとう、師匠」
「君が無事で何よりだよ」
師匠が私を抱き締める。
私は危うく失いかけていた温もりの中に包まれた。
ふと、現実に戻る。
「一年ということは、もう瘴気は解決したの?」
従来の流れであれば聖女が召喚された後、魔術を覚えてもらい、聖女に瘴気を消してもらう。順調に物事が進めば半年ほどで終えるはずだ。
私の質問に、師匠の顔が渋くなる。
「師匠?」
「それがね……」
師匠が話す内容に、私は開いた口が塞がらなかった。
召喚された聖女はナナヨという名前で、歳は十八歳だった。
職業は学生ということで学問に従事していたらしい。
けれど、師匠の話を聞くに、大変両親に愛されて育ったらしく、突然親元から引き離された事を嘆き、暫く誰も近寄ることもできず泣き暮らしていたらしい。
それは仕方ないことだと思う。突然家族から引き離されることの理不尽さ。それを承知で第一王子は召喚をすることを決めていた。
責任を感じるからなのか、第一王子は大層聖女を大切にした。常に慰め、労り、甘やかした。
そうしている間にひと月ほど更に経ち、漸くナナヨ様は立ち直られた。
けれど、聖魔法を覚える気配は無かった。
常に傍に居てくれた第一王子と恋仲になったらしく、日がな王子の傍で恋を囁き合っている……らしい。
更に数ヶ月が経過した。この時点で聖女が召喚されて半年が経っていた。
痺れを切らした官僚達が第一王子に忠言する。聖女にはそろそろ魔法を覚えて貰わなければならないと。
けれど、恋に浮かれた王子は激怒する。
可哀想で愛しいナナヨに、無理を強いるのかと。
第一王子は、いずれ彼女と婚約し、王妃となればその責務を全うするだろう。そのように自身も声を掛けると約束した。
「苦渋の選択ではあったけれど、瘴気が悪化する現状で唯一の方法である聖女に国王は賭けたんだ」
そう。
王位継承を渋っていた国王は、第一王子を国王にすると宣言した。
そうして第一王子は地位を確固とした。今まで第二王子の派閥であった臣下を遠ざけ、自身の派閥で周囲を固め出した。
聖女も王国内でこれでもかというほど甘やかされた。欲しいものを欲しいがままに与えられ、愛する人との日々を謳歌した。
けれど一向に魔法を覚えようとしない。
「どうしてですか! 国王となる条件だったのでしょう?」
「そうなんだけど、聖女が怖がって全く進まなかったんだよ」
「なんですか、それ……」
私は唖然とした。
周囲は更に悪化を辿る瘴気により魔物が頻出し、一部地域では魔物による襲撃を受けているという。
今までは私や一部の聖魔法を使う者によりどうにか防いでいたけれど、その力も限りがある。
「誰もが忠告したけれど、今は国王となった第一王子の独裁政権状態なんだ。聖女という切り札を使って好き勝手しているようにしか見えない。このままいけば国も民も最悪な結果となるだろうね」
「そんなこと……」
そんなことのために、私は聖女を召喚したんじゃない。
瘴気によって襲われる人を無くすために、平和な国を守るために召喚した。
「師匠。聖女に会わせてください。私がナナヨ様に聖魔法を教えます」
喚びだした責任は私にもある。
なら、最後まで聖女の事に責任をとりたい。
異国にわざわざ喚び出しておきながら、聖女を不幸な目に合わせたくなかった。
けれど、このまま聖女としての力を見せることも
なく王城で過ごしていては、必ず綻びが生まれてしまう。
そうなる前に手を打たなきゃ。
「お願いします、師匠!」
「……うん。そう言うと思ってた。それに申し訳ないけど、君が目覚めたら是非ともお願いしたかったんだ」
そう告げる師匠は悲しそうに私を見た。
私は、こんなにも困った師匠の顔を初めて見たかもしれない。
事態は思った以上に深刻であることを。
一年の間に起きた事の大きさを。
私は師匠の表情から理解した。