変わらない日常、変わりすぎた日常
アスフォルダ王国の瘴気問題が解決し、街中が祝いの雰囲気となった頃。
ガイル王が告げた発言が平和になった民達には話題のネタになっていた。
「まさか聖女様が帰られたなんてねぇ……祝杯も何もしていないってのに」
「ねえ。王が妃を取らないというのもそれが原因なんでしょう?」
「王城住まいの奴が言うには、王と聖女様は相思相愛だったみたいだしなぁ……純愛だよ」
幸か不幸か、そんな悲恋物語が周囲に騒がれ、一時は嫌悪された王への感情が回復した。
ただ、王国としては問題ある発言は事実だった。
「次の王はお前の子供に任せたい」
今まで、次期国王の地位を巡り冷ややかな関係になりかけていた兄がそのような発言をしたことに戸惑ったと。あの、王となるために躍起になっていた兄とは思えない、寂しそうな表情だったとゲオルグ様は私に告げた。
「兄上の気持ちは分からなくもない。俺も、お前と引き離されると考えるだけで命が潰えるような気持ちになる」
瘴気の問題が落ち着きを取り戻し、魔物の数も激減したためゲオルグ様が王城にいらっしゃる機会も増えた。今までは魔物の討伐で外に出ていらっしゃることが多かったけれど、ガイル王から直々に「手伝ってほしい」と言われて、最近の彼はずっと王城にいらっしゃる。
そして毎日のように、魔導師団に勤める私の元に寄っては、こうしてお話をしている。
「兄の発言にも困ったものだ。次期国王の子をと、結婚話が嫌というほど来る。兄上には悪いが、嫌なことを押し付けられたものだな」
「あはは……」
そうなのだ。
ガイル王の発言により、ひっきりなしにゲオルグ様への見合い話が届いているという。国内だけではなく、国外からも話が来ているらしい。
ただ、ガイル王は「お前の好きな相手で構わない」と告げて下さっているようで、政略結婚の予定はないとはっきり私に伝えて下さった。
その事は、私を随分と安堵させた。
ただ、その話題を聞いて、余計に私はゲオルグ様に自分の想いを告げられなくなってしまった。
彼が好きだと。
ゲオルグ様が好きなのだと、正直に伝えたい気持ちもある。
いつも好きだと伝えて下さる彼に、始めは私もだと伝えようと思っていた。
けれど、この状況。彼との話が進んだ先に待ち受けているものに、悲しいかな委縮してしまっている。
ふと俯いて考え事をしていた私の頬を優しく手が触れた。
見上げれば困ったようにゲオルグ様が微笑んでいた。
「俺は今のこの時間が好きだ。だから……お前は何も気に病まないでほしい」
「…………」
「な? ああ、美味い菓子を土産にもらったんだ。良ければ一緒に食べないか?」
「はい。お茶を用意しますね」
ゲオルグ様は全て理解して下さっていた。
きっと、私の気持ちにも気付いていると思う。
それでも、私の想いを無理に聞こうともしない。そして、今の状況を知っているからこそ、答えを求めない。
その優しさに私は甘えてしまっていた。
お茶を用意しながら、私はゲオルグ様を盗み見た。
穏やかな御顔で窓の外を眺める様子はまるで絵画のように美しかった。
今まで怒涛のような出来事ばかりの中、ようやく戻ってきた日常。
私は今まで通り魔導師団で仕事をし、ゲオルグ様は王城でお仕事をされながらも、時々以前のように外に出ていらっしゃる。
まるで今までと変わらない日常だけれども。
私の心は大きく変わっていた。
お茶をゲオルグ様の前に出す。
窓の外を眺めていたゲオルグ様が気付き、「ありがとう」と笑ってくださった。
そのまま私はその場に留まり続けた。
「アーリア?」
私の様子がおかしいと、心配した様子で私を見るゲオルグ様に。
私は意を決して口を開いた。
「…………もう少しだけ。もう少し気持ちが落ち着いたら、私の気持ちをお伝えしてもいいですか?」
これが私の精一杯の告白だ。
顔は真っ赤になり、心臓はうるさいほど鳴っている。
ゲオルグ様は驚いた様子のまま固まっていたけれど。
「……ああ。待つさ。一年でも、十年でも」
一年以上も眠る私を待ち続けていたゲオルグ様だからこそ重みのある言葉を、彼は穏やかに話された。
ほっとした気持ちで胸を下す私に、「だが」と一言。
「せめてこれだけは貰えないか」
そう言って、不意を突くように私はゲオルグ様と口づけを交わしていた。
突然の行動に、私は何が起きたか分からないまま固まっていて。
ただ、唇が離れた後、いたずらがバレたような子供らしい笑顔をするゲオルグ様に目を奪われて。
怒ることもできなかった。
「これでも、お前が眠っている間は我慢していたんだぞ」
「…………当たり前です」
まるで私が悪いような言い方をするけれど、眠っている相手にすることじゃないでしょうと注意すれば、ゲオルグ様は笑った。
数年後。
次期王位継承権を持つゲオルグ・アスフォルダが婚約を発表する。
その相手は公表されることは無かったものの。
まるで聖女のような力を持つ、一人の魔導師だという話だった。
後に風化した聖女の伝承で。
彼女の存在が最後の聖女であったことは。
それから更に何百年も、後のこと。
聖女様は返却しました、こちらで最後となります。
最後までご覧頂きありがとうございました!
あまり恋愛要素が書けていないところが自分としては未熟なところです…
少しでも楽しんで頂けましたら評価等頂けると励みになります(涙)
また次の作品でお会いできたら幸いです!




