一年間お休みを頂きました
夢から起きるような、浮上する感覚が生まれる。
霞むような意識の中で、私は起きなきゃ、と思った。
重たい目蓋を開いてみると見慣れない天井が最初に目に映った。
「……………?」
ここは何処だろう。
自宅でも、魔導師団の研究所でも無い。
とても柔らかいベッドの上で横になっているらしい私は、顔を横に向けてみた。
部屋はこじんまりとしているけれど、個室で私以外に人の姿は無い。
窓辺から僅かに陽が差していることから、どうやら時刻は朝か昼頃なんだと分かった。
「倒れちゃったのかな……」
思い出すのは聖女召喚の儀式のこと。
成功したまでは覚えているけれど、それから意識を失っていたみたい。
身体を起こそうと思って腕の力を使って上半身を持ち上げてみた。
あれ?
「体が重たい……力が弱ってるみたいね」
全ての魔力を使ったせいで、体に力も入らないらしい。
それでも、全く動けないわけではないので、頑張って体を起こしてみた。それだけで疲れちゃうとは。
「あれ?」
体を起こした時に揺れる髪が伸びた気がする。
この間髪を肩より下あたりまで揃えてもらったばかりだったけれど、今は何故か腰あたりまであった。
「どういうこと?」
見慣れた亜麻色の髪。でもこんなに長くなかった。
聖女召喚という未知な経験のせいなのかな。だとしたら今後のためにも研究しておきたいわ。
私は長い髪を後ろに払い、ベッドに腰かけた。
どうにも体が鈍っていて、その場で軽くストレッチをする。
それでも身体が重い。
「魔力は戻ったかな……」
物は試しで、私は自分に軽く聖魔法をかけてみる。
すると、疲労したように重かった体が軽くなった。
魔力も特に問題がなさそう。
「あれだけ使ったのに、もうこんなに回復している……もしかして一週間ぐらい眠ってたのかしら」
魔力が枯渇すると、元に戻すために眠りに落ちることがある。
魔導師団の中でも、自身の魔力調整ができず、いきなり気絶する人がいたりする。
きっと私が聖女召喚後に倒れてしまったのも、それが原因なんだろう。
「そうだ、聖女召喚。どうなったのか確認しなきゃ」
聖女様はどうなったんだろう。
私はとにかくこの場所を出て、魔導師団の研究所に向かうことにした。
見覚えの無い場所を彷徨って分かったけれど、どうやらここは王宮の中らしかった。
窓から見える庭園に見覚えがあったからすぐに分かった。
けれども私が居た場所が、お城のどの辺りなのかはさっぱり分からない。
いくら王国の魔導師団にいるとは言っても、城の中を出歩きするわけではないから仕方ないのだけれど……
「あっ! 丁度いいわ」
私は広い待合室のような場所で給仕をしている侍女を見つけて、慌てて声をかけた。
「あの、すみません。私は魔導師団の者なのですけど、道に迷ってしまったので魔導師団の研究所までの道を教えて頂けませんか?」
話しかけた侍女は、私を見るとまるで凍ったように止まってしまった。
あれ? そんなに変な格好してたかしら。
いつの間にか着ていた服はシンプルなワンピースで、外着にも部屋着にも見える洋服だったからそのまま飛び出してきちゃったけれど、やっぱりお城の中で歩く格好じゃなかった?
「こんな格好ですみません。先日仕事中に倒れてしまったみたいで、今起きたところなんです。よろしければご案内お願いできますか?」
どうにか不審者じゃない事を伝えないと、と思って丁寧に話したつもりだったんだけど。
「だ、だ、誰か! 誰かいませんか!」
侍女がとてつもない大声で叫んだので、私は慌てて彼女の肩を掴んだ。
「あの! 大丈夫です! 不審者じゃないですから! そうだ、魔導師団長のエストラを呼んできてください! そうすれば身元が分かりますから!」
必死で伝えたけれど、侍女は大きく頷いただけで声のボリュームは変わらなかった。
「誰か! ストラト様がお目覚めになりました!」
「…………あれ?」
どうして私の名前を知ってるの?
そうしている間に、侍女の大声で駆けつけてきた人達に囲まれていた。
その中に師匠がいたので私は慌てて師匠の元に駆け寄った。
「師匠! 良かった、ちょっとこの侍女さんに説明してもらえます? 私、不審者に思われちゃってるみたいで」
助けて欲しいと思って師匠の袖を掴んで顔を見上げたけれど。
あれ? 師匠ってこんなに髪長かったっけ。
知らない間にほんのちょっと老けました?
あと、さっきの侍女みたいに顔が凍りついていますけど。
何か違和感を感じながら見つめていたら、ゆっくりと抱き締められた。
「おかえり、アーリア。やっと目覚めてくれたんだね」
「…………はい?」
まるで久し振りの再会のように喜ぶ師匠の行動に理解が出来ないまま、私はしばらくその場で抱き締められていた。
「師匠。もしかして私、ずっと眠ってました?」
「ああ。もう長い事眠っていた。二度と目を覚まさないんじゃないかと思ったよ」
「心配かけてすみません。一週間ぐらい眠ってました? だから身体が鈍ってたんですね」
だとしたら大分迷惑をかけてしまった。
召喚の後の残処理とか色々あっただろうに。
「いいや、アーリア」
師匠はゆっくりと答えた。
「君は一年も眠っていたんだよ」
「…………………………え?」
どうやら私は、随分休暇を取っていたらしい。