貴方の誓いに花束を
遅くなり申し訳ないです!
これ以上話せば、兄弟の軋轢を大きくするだろうことは、ゲオルグにとってギリギリの理性により理解はしていた。それでも抑えきれない怒りの行き場がなく、拳を強く握り目の前に並ぶ二人を睨むことしか出来なかった。
落ち着かせるために、一度目を閉じ、何が優先すべきことかを思い出す。
答えは明瞭だった。
アーリアの居所を見つけることだ。
聖女に居場所を突き付けたところで、知らないと泣きだすだけだろう。
だとすれば、直接アーリアを追放した人物を特定させるべきだ。
ゲオルグは目を開き、兄と聖女を見た。
「…………此度の件は、時間を追って話し合おう。尤も、貴方達が話し合いに賛同するかは分からないが」
「話し合いだと……? 明白ではないか、ゲオルグ。お前が彼女を」
「その話は、時間を追ってと言ったでしょう?」
普段は反論など口にしない弟の強い言葉にガイルは息を飲んだ。そして静かに頷いた。
「そうだな。では、何が望みだ。ナナヨに関すること以外に関しては協力を示そう」
「ゲオルグ様……!」
今度はナナヨが口を開くが、ガイルはナナヨに向かって優しく諭す。問題ない、と。
「……追放されたアーリア・ストラトの居所を知りたい。彼女を追放した使者を教えてくれ」
「…………いいだろう。しばし時間をもらう。分かり次第知らせよう」
「俺は魔導師団にいる。知らせはそこに」
「ああ」
久方ぶりとなる兄との会話はそれで終わった。
これ以上その場に居ては、ゲオルグは拳を振り上げたくなってしまう。その前に早々と立ち去り、アーリアの居所を突き止めるためにエストラの元へと急いだ。
「そのご様子では、どうやら王が帰還なされたのですね」
「……分かるか」
ゲオルグの顔を見たエストラの第一声。彼の目の下には大きな隈が出来ている。
「貴方を大人しく引き戻させる人など王ぐらいでしょう。聖女は吐きませんでしたか」
「追放を命じはしただろうが、場所までは特定していないそうだ。追放した使者が分かり次第、ここに知らせると約束させた」
「そうですか。恐らく時間はかかるでしょうね」
「…………」
「大丈夫です。陰を付けさせました」
「陰?」
エストラの手から黒く小さな影が人型になって現れた。
「諜報員、とでも言えばいいでしょうかね? 魔術で作り上げた使い魔のようなものです。彼らが変に行動すればこの子が知らせてくれますよ」
エストラの言葉にゲオルグは安堵した。もし、彼の話が無ければ自分か自分の部下を使ってでも兄を監視しようかと考えていたことがエストラには丸わかりだったようだ。
「私も貴方も今必要なものは睡眠のようです。事が動く時に体力がなければ何の意味もありませんから」
「…………」
ゲオルグは素直に頷けなかった。確かに一日かけて馬で走り続けたために体は疲れている。更には魔鳥の討伐で睡眠や体力も削っている。けれど、アーリアが無事なのかも分からない状態で安眠できるわけがない。
眠る時間すら惜しい。今すぐ彼女を探したいぐらいだった。
「ゲオルグ様がたとえ迎えに来られても、そのお顔じゃ余計にあの子を心配させるだけですよ」
「……………………分かった」
最後の言葉が決め手となり、再三エストラには何かあれば起こしてくれと伝えた。
それでも自室や宿に行くつもりはなく、堂々と魔導師団の一室にあるソファで横になるだけだった。
しばらくは焦燥から眠れる気配も無かったが、魔導師団の部屋は不思議と彼女の匂いにも似ていて。
気づけばゲオルグは夢の中に落ちていた。
「…………ん……」
熟睡していたようだったが、ふと扉の向こうから微かに感じる気配によってゲオルグは目を覚ました。
窓を見れば夕方の日差し。それほど寝ていたのかと焦り立ち上がった。
タイミングよく扉が開く。
「ゲオルグ様。目覚めましたか」
エストラだった。
「使者は?」
ゲオルグの言葉にエストラは首を横に振る。何も音沙汰は無いらしい。
「陰も動きはありません。果たしてどうなっているのか」
「…………少し、外に出る」
ゲオルグは立ち、横に置いていた剣を腰に帯びてから外に出た。
魔導師団の建物入口で空を見上げる。夕方だと思っていた空は、既に夜空も見えてきている。
こうしている間にも、アーリアは何処かで寂しい思いをしているのではないか。
食事は摂れているいるのか。怪我はしていないだろうか。
どうして、彼女が連れ去られた時に、自分は傍にいなかったのだろうか。
「…………情けないな……」
彼女を、アーリアを守りたいと、慈しみたいという思いは確かだった。
けれど思うだけで、今のあり様は何だろうか。
ただ虚しく使者の行方が分かるまで待ちぼうけを食らうだけで、ゲオルグは何一つ動けない。
アーリアを救う資格すらない。
だが、それでも。
「お前を救い出せるのなら、変わってみせるさ」
今のような無様な自分にはもう二度とならない。
必ず、言葉通り必ずアーリアを守ってみせよう。
何者からも。それは、ゲオルグが唯一ともいえる兄であろうとも。
その誓いを讃えるかのような、彼の思いに応えるような花火が遠くの空から咲いたのは。
その時だった。




