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幼い幼い愚かな聖女

 特使団の者達は、突如現れた第二王子に動揺しながらも、堂々と聖女の前に向かおうとするゲオルグの前にどうにか立ちはだかった。


「殿下! 一体どういうおつもりですか!」

「謁見の許可は……」

「王族に謁見の許可というのか?」


 ひどく冷淡な声に、特使団の者は息を飲んだ。

 日頃荒々しい戦闘を繰り返しながらも温厚と評判高い第二王子が、これほどまでに冷ややかな声色を放ったことがあっただろうか。

 しかも今彼が纏う雰囲気があまりにも緊迫し、周囲の者はひれ伏さずにはいられなかった。


「王族が建てたこの地に王族すらも入室を断ると? ここはいつから独立した国にでもなった?」

「そ……のようなことは……」

「その、陛下が許可なき者は通さぬようにと……!」

「そうです! ガイル様がっ」


 どうにか言い分を見つけた者達が必死にガイルの名を挙げる。その名を聞くだけでゲオルグは苛立ちが増した。


「兄は今、同盟国を訪問している。その間、何が起きようとも兄の名の下に事を進めないと? 不在の王を待つために俺を拒絶する? 王位は兄が持つとはいえ、王城内の指揮管理は王族が取り仕切る話だ。ここは王城ではなかったか。違うのか?」


 淡々と話すゲオルグの気迫に押し負けた特使団の者達は恐ろしさから頭を地べたに擦り付けた。

 彼らとて王が不在でいる際の王城内の決定事項に関しては把握していた。政権こそ王が取り仕切ることではあるが、王城内はいわば王族にとっての住まいだ。彼らも采配の権利は持っていた。

 だが、ここは聖女の住まう聖域ともいえる場所だった。

 そのような場に訪れる者など数少なく、彼らはまるで独自のもののように振る舞っていたことは確かだった。

 確かに王族が聖女の居住する住まいに入室してはならないという決まりはない。

 聖女は王族によって養護されているのだから。それがガイル一人を指すのであっても。


「兄にとって代わり聖女をどうにかするつもりはない。ただ俺は確かめたいことがあるだけだ。今、謁見の許可を願おうではないか。特使団の方々よ。さあ、如何する?」


 敢えて彼らの考えを尊重するような言い回しをしながらゲオルグは脅迫した。

 本来であれば入室も、謁見すらも可能とする王族を追い出そうとした彼らに決定権を委ねさせることにより、ゲオルグは正式に訪問したといわせるために。


「も……問題ございません……」

「どうぞお入りください……」


 聖女が住まう居住の扉を開く者達に一瞥した後、ゲオルグは中へと進んだ。

 むせかえるような甘い匂いにゲオルグは眉を潜めた。

 

 何が聖女だ。

 王を陥落させた寵姫の部屋のようだ。


 ゲオルグも入室したことがなかった聖女の住まいは、彼女が好んでいるであろう物に囲まれていた。

 高価な花々が飾られ、女性が好みそうな絵画が飾られている。良い匂いのする香を焚き、壁の色も淡い色に揃えられている。

 

「ゲオルグ様?」


 とある一室からこの世界の主が現れた。ゲオルグも久方ぶりに見る聖女の姿だった。


「アーリアをどこへ連れていった」


 開口一番にゲオルグは聞いた。

 ナナヨは驚いた様子を見せたが、しばらくして瞳を潤ませた。


「あの方……アーリア様は、私との謁見の際、私に無理を強要したことにより追放されたと聞いています」

「どこへ連れて行ったかと聞いている」


 か弱い少女のような涙を無視し、更に気迫を増したゲオルグはナナヨに近付いた。

 ナナヨは、思わず震えそうになるほどに強いゲオルグの勢いに押され、後退りした。

 以前顔を見かけた時は、穏やかに笑みを浮かべる優しそうな方だと思っていた。

 けれど今、向かい合ったゲオルグから感じるのは恐怖だ。


「言え。アーリアは何処だ?」

「知りません! 私は何も知らない!」


 恐怖から喚き泣き出す聖女に、ゲオルグは知らず舌打ちした。

 

「ならば誰に命じてアーリアに処罰を下したというのだ」

「分かりません……! 私は何も知らない……!」


 涙をボロボロ零しながら、ひたすらに知らないと大声で泣き叫ぶ聖女の姿は、癇癪を起こす幼子のようだった。

 何を言っても答えは出ないだろうと、ゲオルグは悟った。

 

 彼女は本当に知らないのだろう。

 子供のように我が儘を言い、その先に待ち受ける未来を予想できない。

 残酷なまでに無垢な子供だ。


「あの人、私を追い出そうとするんだもの! 私はずっとここにいたいのに!」

「アーリアがお前を追い出すと?」

「そうよ! あの人だけじゃない……みんなそう! みんな、私を追い出そうとする……! ガイル様から引き離そうとする……!」


 感情が爆発したように叫ぶ少女の何処が聖女なのだろう。

 自己を中心に世界を回し、自身の悲劇に酔いしれるような人間。

 ゲオルグは心底、虫酸が走った。

 この愚かな少女のために、アーリアはずっと苦労してきた。

 彼女が帰りたいと願っていると信じて帰還の方法を日夜探していた。


 わあわあと泣き叫ぶ少女を更に問い詰めようとした時。

 入口から騒ぐ声が聞こえてきた。


「ゲオルグ! どういうつもりだ!」


 そこにいる筈のない兄、ガイルがいた。


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