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帰還した第二王子の怒り


 瘴気が漂いだす場所は様々だったが、特に頻繁に出没する場所には法則があった。

 大体が、かつて戦地だった場所や悲惨な過去を持つような場所だったりする。

 つまり、王都に近づけば近づくほど瘴気は多く、あとは何十年以上にも前に戦場となっていた場所だった。

 魔鳥が出現したところも、今回は同様で焼け野が原となっていた草原地だった。不吉な場所から人が通ることもない場所に現れた魔鳥は数十羽に渡っていた。


 ゲオルグは先陣切って剣を取り魔鳥を討伐した。魔鳥が飛べば矢を射る。落ちたところを一斉に仕留める。

その繰り返しを続けるうちに数は減り、残り数羽となったところで空から一羽の光る鳥がゲオルグに向かって飛び立ってきた。

 周囲は警戒したが、ゲオルグは手を少し上げてそれを制す。あれは、魔導師団長エストラによる伝書鳥だと分かったからだ。ゲオルグ自身、目の当たりにしたのは数回程度だ。結構な魔力量を使うため、急を要する時にしか使用しない。従来であれば伝書鳩や使者を寄越すものだが、急を要する場合はどの手段よりも早く、内容を捏造される事もないため国の重要な事態の際に用いることが多い。

 その伝書鳥がゲオルグに急用だというのか。


 ゲオルグは迎えるように鳥に手を伸ばした。

 青白く輝いていた鳥はゲオルグの手に止まると羽をゆっくりと閉じた。

 グルル、と小さな声で鳴く。

 ゲオルグは野営地に移動し、人払いをした天幕の中に入った。

 伝書鳥はゲオルグと意志が通じたように、天幕が閉じた途端に光り輝き姿を変えた。

 その姿はエストラそのものだった。

 ただ異なるのは、上半身しか映し出されておらず、姿も鳥と同様青白く光っていた。


『アーリアが聖女により追放されたようです。居場所は突き止めておりません』


 エストラの言葉にゲオルグは目を見開いた。

 にわかには信じられない話だ。

 何故、聖女がアーリアを追放する必要があるというのか。


『彼女は聖女に帰還の魔術について話すために謁見を申し出て、一人で謁見するよう申し伝えられていた。恐らくそれ自体が罠だったのかもしれません。彼女の場所を特定するために全力を尽くしております。ゲオルグ様もご尽力頂きたくお願い申し上げます。どうか早めの帰還を』


 言葉を終えるとエストラの姿は消えた。

 その場に立ち尽くしていたゲオルグは、拳を強く握りしめながら暫く黙っていた。

 怒りで体中が沸騰するような感覚だった。

 自分に、これほどの怒りを抱える瞬間があることにも驚いた。

 討伐により血の気が上っているせいなのかとも思った。けれど違う。

 アーリアが危険かもしれない事実は、ゲオルグにとって十分すぎるほどに怒りを抱かせた。

 けれど怒りの衝撃に駆られる以上に、彼女の安否が心配だった。


「ユディウス!」


 ゲオルグは大声をあげて討伐隊の副隊長であるユディウスの名を呼んだ。すぐに男が天幕の中に入り、敬礼を示すため胸に拳を当てた。


「俺はすぐに王都へ戻る。全ての指揮を任せたい」

「それは構いませんが……陛下に何かありましたか?」

 

 既に討伐も落ち着いており、もう数日もすれば帰還できるぐらいの戦況の最中、ゲオルグが早めに戻るということは王家に何かあったと思ったユディウスだったが、ゲオルグは首を横に振る。


「俺の命も同然である者の命に関わる……」

「は……?」

「何かあれば使いを出してくれ。頼んだ」


 質問も受け付けぬまま、ゲオルグは天幕を後にして愛馬である黒馬に跨った。

 主の意思を読んで黒馬は全力で走り出す。

 通常の馬であれば一日は掛かる距離を、この黒馬であれば一日と掛からずに向かうことができるだろう。

 風を切りながら手に握る手綱に力を込め、ゲオルグはひたすらに王都へと走った。


 早朝に王都へと到着したゲオルグは、休憩を取る暇もなく、明け方の魔導師団の仕事場へと向かった。

 仕事場でありながら仮眠室なども揃えた場所にエストラがいると踏んだのだ。


「ゲオルグ様」


 気配を察知したのか、入口の前にエストラは立っていた。


「アーリアは……!」

「まだ分かりません。居場所さえ特定出来ればすぐにでも向かえるのですが……」


 ゲオルグは焦燥から奥歯を強く噛んだ。今、この時に彼女がどうなっているのか分からない事実は、ゲオルグにとって苦痛でしかなかった。


「聖女には?」

「門前払いです。これ以上介入すれば特使団の名の下に武力行使するとまで言われました」

「愚かなことを……俺が向かう」


 聖女との謁見の機会を得るにはゲオルグであれば無理にでも行動できるだろう。ただ、今までそれを行わなかったのも、偏に大切な兄のためでもあった。

 けれど今は違う。アーリアの命が関わっているのだ。

 ゲオルグは、聖女どころか彼女に寛容な兄をも非難したくなる感情を抑えるため、謁見出来る時間になるまでに体を休めるべく入浴して体を清めた。

 いくら理性を失いかけているゲオルグとて、就寝中の聖女の所に押しかけるような無礼な真似はしなかった。

 体を清めることで心身ともに整理し、身支度を整えたところで聖女が目覚めた知らせを聞く。

 食事もろくにせず、睡眠も全く取らないままゲオルグは聖女のいる後宮に足を運んだ。

 周囲は討伐から単身戻ってきたゲオルグに驚きながらも誰も話しかけられなかった。

 それだけゲオルグは怒りに包まれていた。

 話しかけられるような様相ではなく、そのような第二王子を見ることは今まで一度も無かったからだ。

 温厚でありながら強い覇気を持ち、誰もに親しまれる王子が、怒りを露わにした姿に皆が緊張した。


 その覇気はもはや、国を統べる王のように威厳に溢れていたことは、

 暫くした後、周囲に囁かれることとなった。



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