夜空に花を
手元に感じる不思議な力が溢れているようで、私はどうすれば良いか、少しばかり途方に暮れる。
本当に不思議なことに、今まで見えていた景色すら違って見えた。辺りは清浄な気配に溢れている。特に私を中心とした神殿の辺りはその空気が濃い。
同時に、王国のある方角からは瘴気の気配を強く感じ取った。
今まで、どうして瘴気が出現するのか不思議でならなかったけれど、今この身では何となく分かる。
土地を汚し、長期に渡る戦から残る怨恨の念が呪詛のように微かに残り続け、次第に肥大化し瘴気となって国を覆う。
それ以外にも原因はあるけれど、大体にして人が原因であることが多い。
自然の力を身につけた今の私にとっては、それが何と言う自己中心的で傲慢であった結果だったのかと痛感させられる。
「けれども、それを浄化できるのも人なんだよね……」
そうして浄化をし、土地を綺麗にする。
綺麗にしてはまた汚れ、そしてまた綺麗にする。
日頃の掃除みたいなだな、と思って苦笑した。
なるほど。聖女は大地を綺麗にするための使用人なのかもしれない。
「もし、その役目を頂けるのであれば喜んで勤めさせて頂きます」
この力を授けられたのも、周囲に漂う神力のようなものが作用していたのだと考えられる。同時に、聖女がここへ訪れるのも、この神力を授けられるからなのかと。
まだまだ勉強する事が多いと思った。
「とにかく、まずは国に戻らないと」
果たすべき目的は見つけたのだから、あとは戻らないといけない。
ただ、地図を思い出すにこの場所からアスフォルダまではだいぶ距離がある。実際、馬車で移動する時間も長く掛かっていた。
更に悲惨なことに、歩いて戻るにしても道中に食事となる物が何一つない広大な草原だけしかない場所だということだ。
馬や馬車がなければ到底辿り着けない場所に取り残されてしまっている。
たとえこの森にある食材を採り溜めて出発しても、歩いて数日もすれば尽きてしまう。それまでにたどり着けるとは到底思えなかった。
森には移動手段となりそうな動物はいなかった。いたとしても、私には手懐けられる気がしない。
こういう時、ゲオルグ様だったらどうするだろうか。
思い出すだけで心が寂しくなった。
もし二人でこの場所に取り残されたとしても、今ほど不安にはならなかっただろう。
きっと一緒に何とか乗り越えられると、前向きになっていたかもしれない。
「…………」
私は落ち込んでいた気持ちを捨てるように、両方の頬を思い切り掌で叩いた。
ジンッと痛みが広がり、落ち込んでいた気持ちも霧散していった。
「考えよう。移動手段がないなら、助けを呼んでもらえばいい」
ふと、養父であるエストラが使っていた交信手段の魔術を思い出した。顔を知り、場所を特定できる者に対して父は手紙代わりに魔術で生み出した鳥を飛ばしていた。
ただ残念なことに私はその魔術を知らない。逆に父が私に向けて飛ばしていたとしても、この地にいることを知らなければ父が鳥を飛ばそうとしても鳥は飛び立たない。
高度な魔術回路を要する技術であるため私にはまだ技量不足で覚えることすらなかったことが悔やまれる。
別の方向から考えを改める。
だったら、どうにか居場所を知らせることは出来ないだろうか。
色々と考えを巡らしていたところで、不釣り合いにもお腹が空き出した。
私は神殿の建物から抜け出して、いつものように食料を探し出すことにした。
ここに来て二日が経った今、順応力に驚いている。
「場所を知らせる方法……」
神殿の入り口近くで野営するようにして、焚火の横でぼんやりと考えていた。
そろそろ飽きてきた果実を食べ終えてから、空を見上げていた。
体を清潔に保つぐらいの魔法は覚えていたけれど、長時間同じ衣類を着ているので流石に体の汚れも気になってくる。お風呂に入りたい。暖かくて柔らかいベッドで横になりたい。
そのためにも早く見つけてもらう術を考えたい。
神殿の窓から微かに見える夜空。満点の星が降り注ぐ雪のように散りばめられている。
方角を知る道標となった星を見上げながら、戻りたい方角を探し出す。夜になる度、星を見ては王都を思い出している。
王都にいる師匠や、何処かの地で討伐をしているゲオルグ様もこの空を見ているのかな。
我ながらロマンチックだと思って苦笑したところで、ふと気が付いた。
「この夜空なら、光を放てば見えるんじゃない……」
距離を考えると、膨大な光が必要になる。体力を消耗しすぎて危険な方法ではあったけれど、今の私だったら問題ないかもしれない。
また、悪い方向に考えるとしたら、特使団が様子を見に来る可能性もある。
それならそれで、移動手段を奪ってやる!
随分とハングリー精神に慣れてきたのか、それとも強い力を手に入れられて気分も強気なのか。
私は即、実行することにした。
「方角は良し。距離を考えてもう少し上かな?」
地面に大きく書いた魔法陣の上に立ち、王都の方角に向けて手を伸ばした。
それから詠唱を始めれば、周囲も反応するように光りだした。
うん、この場所だったら十分に力を使えそうだ。
これだけ気力があるなら、成大に披露してもいいかもしれない。
民の心も元気にできるような、そんな輝きを!
「光れ!」
言葉にした瞬間、私を中心に書かれた魔法陣が大きく光放ち、光柱となって空へと立上っていった。
光はまだまだ先に続き、雲を超えるほどの光を放つ。
いつも以上に輝かせた魔法陣から更に私は手を広げ、空に向かって魔法を放った。
魔導師団が王都のイベントの時に仕事として使われていた花火の魔法。
私はその光が今も昔も大好きだった。
夜空に大きな花が舞う。
光の粒子となって大空に咲き誇る。
大輪となって、赤青と色を変えて。
暗闇に包まれていた森の中も、まるで真昼のような明るさに変えて。
花火は夜空に咲き続けた。




