聖女を召喚しました
任命されてからというもの、私は今まで以上に忙しい日々を送った。
聖女に関する古文書の資料を読み漁り、成功したことがない魔術を覚え、必要な召喚の資材を集めたり……
そうしている間に三ヶ月はあっという間に経った。
「ついに明日だね」
「はい…………」
私は机に突っ伏したまま師匠の言葉に返事をした。
本っ当に疲れた。
聖魔法は他の魔法よりも、より精神を集中させる必要があるため滅多に使えない。けれど儀式の時には長時間に渡って使い続ける必要があるのだ。
今日、事前練習で明日に支障ない程度に聖魔法を使っただけで疲労困憊状態だった。
「私、持ちますかね……」
第一王子からのプレッシャーも酷い。
魔導師団の研究室に突然訪れ、「失敗は許されないぞ」と半ば脅すような形で言われてしまった。
王子は聖女召喚の総指揮を任じられていて、必要な資料に関しては即座に対応して下さった。そこは感謝している。
けれど、定期的に訪れては「失敗するな」「成功させるんだ」という脅迫めいた激励は、正直言って神経を抉ってくる物言いだった。
(それもあと少し……聖女様を召喚さえできれば……)
過去、数百年に一度召喚される異国の聖女。
召喚された聖女は魔法こそ使えないが、聖魔法を使える素質を強く持っている。召喚された聖女を歓迎し、聖魔法を習得させ、そうしてようやく瘴気を消滅させるのだ。
聖女の魔法習得期間に多少時間が掛かるものの、上手くいけば半年ぐらいで瘴気の問題は解決する。
そのためにも、私は召喚を成功させなければいけない。
「アーリアなら大丈夫。絶対に上手くいくよ」
ここぞという時に、優しく褒めてくれる師匠が頭を撫でてくれた。小さい頃からの習慣。苦しい時や褒めてくれる時、いつもこうして頭を撫でてくれるのが、私は大好きだった。
「この召喚が終わったら、ちゃんとお休みをくださいね」
この三ヶ月、私はほとんど休みを取っていない。
「勿論。思う存分お休み取っていいよ。聖女の指導は他の者に任せるから」
「はい。お願いしますね」
この時の私は知る由もない。
この休みが、一年に渡ることを。
そうして当日がやってきた。
王城に用意された召喚の間には召喚士が数名と護衛騎士、そして第一王子がいた。他にも顔は分からないけれど、関係者らしい人が数名。
師匠も側でサポートしてくれている。
「では召喚を始めてくれ」
第一王子の言葉を合図に、私は魔法陣の正面に立ち、魔法を唱え始めた。
古から伝わる精霊の言葉を唱えるだけで、体がズシリと重くなってきた。何という重圧。
術を途切れさせちゃいけない……
唇を開くことさえ辛い中、私は必死で召喚術を詠唱した。
魔法陣が輝きだす。周囲が眩しさで何も見えない。
私は目を閉じながら、尚も唱え続けた。
あと少し……あと少し……!
手応えを感じた。
何かが、私の召喚に応えてくれる反応があった。
あと一歩というところで、心の中で手を伸ばした。
掴んだ!
その瞬間、部屋中に突風と稲妻のような輝きが放たれた。
私はその勢いに押され突風に飛ばされた。壁にぶつかり衝撃で体が倒れる。
「う……っ……」
身体中が痛い。頭もこれ以上ないほどに頭痛がする。息を吸うことすら困難だった。
こんなに聖魔法を使ったことがない私は、身体中の全ての魔力を放出して、立ち上がることすら出来なかった。
それでも、召喚が成功したかだけでも確認したい……!
上半身だけ起こそうとしていた私に、誰かが背中から支えて起こしてくれた。
師匠だろうか。
確認したくても後ろを振り向く力も残されていない。
魔法陣の周囲で歓声が聞こえる。
背後の人に手伝ってもらいながら体を起こした先には、見たこともない衣服を着た少女が倒れていた。
「成功……したんだ……」
視界が霞んできた。
霞む世界では、聖女が来たと喜ぶ声、第一王子の高らかな声が響いてくるけれど、耳すら聞こえづらくなってきた私には、ただの喧騒にしか聞こえなかった。
もう、力が入らない……
今すぐ眠ってしまいたい私を誰かが抱き留めてくれた。
「良く頑張ったな」
聞こえづらくなっていた耳元で、その言葉だけがしっかりと聞こえてきた。
ああ、師匠が褒めてくれたんだ……
私は、両親を亡くしてから愛情に飢えていて、そんな風に褒めてくれることが嬉しくて。
「うん……私、頑張ったよ……」
小さい頃のように、笑った。
そうして私は、ぷつりと意識を失った。