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魔導師はサバイバルに長けていたようです

 途方に暮れる森の中に足を踏み入れることにしてからはや一時間ほど経った頃。

 私は痛感した。

 魔導師で良かった、と。


 薄暗い森の中には手元に宿る光の魔法を。

 飲めるか分からない川の水は清浄する魔法を。

 ついでに川魚を捕縛魔法で捕まえて、炎の魔法で焼き魚にして食べた。


「まさかこんなに役に立つなんて……」


 思わず泣いてしまうぐらい、自分の力に感謝した。


 夜になった今は、寝ている間に獣が襲ってこないよう防御の魔法を周辺に掛け、着ていたローブを地面に敷いて横たわる。

 細かな魔法を使ったことで、少しばかり疲れも見えたため、さっさと休むことにした。


 薄暗くなり、木々の間から星空が見え始めた。普段よりもよく見える星空を眺めながら、私は位置を確認する。


「星の位置からここは王都よりずっと南……国境を越えた深淵の森といったところかしら。確かにここなら、戻ろうと思っても戻れないし、人も来ないわね」


 場所が分かると少し余裕が生まれたらしく、私は苦笑した。例え場所が判明しても、帰る術がないことまで理解してしまった。


 深淵の森と呼ばれるこの場所は、聖女が瘴気を消滅させた後、自身の体を清めるための泉が用意された地だった。つまり、聖女以外が訪れることなどない場所。


「聖女様がようやく使う理由が追放だなんて……」


 私は横たわりながら体を縮こませた。

 確かに私が召喚したことに、罪悪感は持っていた。だからこそ元の世界に返すために頑張ってきたのに。


 こんな仕打ち、あんまりだと思った。


 虫の鳴き声が響く中、悔しくて涙が滲んできた。それでも泣くもんかと目を擦った。

 今は眠ろう。

 明日もこの生活が続くのなら、とにかく体力勝負である。

 

 考えるよりも体は素直に、疲れを覚えていたらしくすぐに睡魔はやってきた。

 眠る瞬間に思い浮かんだものは、ゲオルグ様のお顔だった。




 翌日。

 近くに茂っていた果実を取って朝食にした。

 顔や体が汚れているのが気になって、浄化魔法をかける。本当、沢山の魔法を覚えていて良かった。


 帰る方法が思い当たらない私はとりあえず、この森の本拠とする場所を探すことにした。

 ここが深淵の森だとすれば、何処かに必ず聖女のために作られた神殿があるはずだから。


「聖女の文献を読んでおいて良かったわ」


 聖女又は瘴気を浄化する者は、心身に大きな負担を掛けることとなる。そのため、自然による浄化できる魔力をその体に吸収することにより、浄化する力を強めることが出来るとされている。

 国から離れた地にいくつか点在していると聞く。その地には浄化の魔力が集中する場所であるため、中心地に神殿が建っているという。

 私自身、直接見たことはないし、国が管理しているという話も聞いていない。

 何故なら何百年も前に出現した聖女が利用していた場所であり、他の者は入ってはならないとされていた。

 私も師匠も文献から初めてその存在を知り、聖女を呼び出したら一度そこを調査しに行ってみたいと話していたぐらいだった。


「もし帰れたら、お土産話にしたいしね」


 何百年と放置されていたのだから期待は何もしていなかった。ただ、もし長期に渡りこの場所に居なければならないのなら、せめて屋根のある場所や人が作った物の中で過ごしたかった。

 森の草木を避けながら、それでもどうにか人が通れるような道を探した。とっくに道は無くなっていたから、あとは魔力の感じるままに歩き出す。

 不思議とここには瘴気の気配もなく、私にとっては穏やかな気が周囲にあるような感覚もしていた。

 だからだろうか。ここに置いていかれてもそこまで不安に押しつぶされなかった。


「あった……」


 二日目の夜が訪れる前に、神殿は見つかった。

 神殿と言って良いのか、外観は蔦で覆われて見る影も無い。扉も中途半端に壊れており、扉としての役目を持っていなかった。

 それでも、中から溢れるように感じる心地よい魔力には惹かれるものがあった。


 石造りの床からは雑草が茂っていたけれど、土以外の場所に立つだけで今の私には感動してしまう。

 壊さないよう、極力触れないように扉の先に入る。

 辺りは暗闇のため、手元に光の魔法を灯す。

 薄暗い中には女神のような像が並んでいた。古い石造りの彫刻。時代としては一致していると思った。


 コツン、コツンと歩く度に靴音が響く。

 時々ネズミのような小さな生き物が前を走る。その度に驚いて跳ね上がってしまう。

 恐る恐る向かう先から、段々と明るい光を感じ取れるようになった。

 

「……すごい…………」


 感動で言葉を失うとは正に今のこと。

 神殿の中心地に立った私は、そこに漂う膨大な聖魔力の量に感動して動けなかった。

 自然が作り出した魔力が、神殿の周辺だけを浄化していたため、その周りだけが綺麗に形が残されている。

 ただ一体だけ祈りを捧げる女神の像。その周りを淡い光が踊るように舞っている。

 これほど清らかな魔力が目に見えている状態が、私にとって奇跡だった。

 瘴気に溢れる世界では考えられない力。


「これさえあれば、確かに聖女様の力も戻るだろうなぁ……」


 この力を手に入れるべき相手を思い出し、私は落ち込んだ。

 例え手に余るほどの力がここにあっても、使う人がいないのだ。

 聖女であるナナヨ様に言われた言葉を思い出して、私は落ち込んだ。

 すると、私を慰めるように一筋の光が頬を掠めた。

 まるで生きているように、私を包み込む。


「優しいのね…………」


 光の優しさに心が癒されて、そっと光に手を合わせた。

 触れた光が体の中に溶け込んだ。

 

「……あれ……?」


 自身の体の変化を感じた。

 聖女召喚のために使い果たしたと思った聖魔力が、今の光によって回復したことを感じたからだ。

 思わず顔をあげる。光はまだ神殿の中に沢山浮かんでいる。


 まさか、と思いつつ手を伸ばした。

 

 すると引き寄せられるように光が私の腕に集まり出す。

 光が溶け込み、体に光を放ち。

 聖なる魔力がまた、回復するのを感じた。


 先ほどよりも沢山得た魔力を不思議に眺めながら、まさかと思いつつ聖魔法を唱えてみる。

 聖女召喚する前によく使っていた瘴気を消滅させる魔法。辛うじて使える魔法を、苦労しながら唱えていたあの頃を反芻する。

 周囲から大きな光が放たれた。私を中心に光が円を描き、周りをこれ以上なく清浄な空間に変えた。


「これって……もしかして」


 聖女の力じゃないかしら?


 未だ現実を受け止めきれない私の姿を見守るように、一体の女神像が微笑んでいた。



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