聖女だった少女の一年間
本日2回目の更新です
奈々夜は、目の前の世界が一瞬にして変わった瞬間、何が起きたのかよく分からなかった。
まるでジェットコースターのように世界が一変して、気が付いたら見知らぬ場所に座っていた。
周囲から歓声が上がっていた。
見たこともないような服を着た人達が奈々夜の前で騒ぐ姿に恐怖を覚えた。
何が起きたのか。
自分はどうなってしまうのだろうか。
怖くて動けない彼女の前に、一人の男性が手を差し伸べてくれた。
『そなたを待っていた、聖女よ』
奈々夜よりも十は年上の男性だとは思ったが、彼女にとっては救世主のように感じた。
差し伸ばされた手を繋ぐ。
男性の名前はガイル・アスフォルダという。
この国の第一王子らしい。
落ち着いたところで二人席を向かい合わせて話をした。
いきなり呼び出された世界に蔓延る瘴気というものを消滅させることが出来る強い力の持ち主。それが聖女なのだと。
そんな、まるでゲームの世界のようなことを言われても奈々夜は理解ができなかった。
突然今まで過ごしていた場所から引き離され、心細さと不安から毎日泣いて過ごしていた。
奈々夜の元に毎日訪れ、慰め、励まし、労わってくれたのはガイルだった。
その頃には既に第一王子から国王へと変わったらしいガイルだったけれど、忙しい合間にも奈々夜に会いに来てくれた。
ガイルに心から必要とされていることに、奈々夜も少しずつ絆されていった。
両親が不仲で、そんな両親の元から離れたくて高校入学と同時に一人暮らしを始めていた奈々夜にとっては、親身になってくれるガイルの存在が嬉しかった。
ガイルもまた、ただ一人寂しそうにしていた奈々夜が自分にだけ縋り付く様子に保護欲と独占欲が生まれだした。
日々を過ごすうち、奈々夜とガイルは想い合うようになった。年が離れた二人ではあったものの、もはや二人はかけがえのない存在となった。
それで物語が終われば良かった。
或いは二人で乗り越え、瘴気を消滅させれば美しい話として後世に残されていたかもしれない。
しかし二人はアスフォルダにとって残酷な道を進みだす。
『愛しいナナヨ。お前には何一つ傷つけさせない。聖女の力がなくとも瘴気を消滅させる術はある。誰一人としてお前に触れさせてなるものか』
『ガイル様……』
睦みあいながら、愛おしげに触れてくるガイルの腕に縋り付く。
日々聖女に務めをと煩く言う家臣達は遠ざけた。
聖女を丁重に扱うべきだと、特使団を設けた。
周囲には、奈々夜は元の世界に戻りたくて日々泣いているという噂を立たせれば、皆が同情して無理を言うことはない。
しかし月日が経っても瘴気は解消されることもなく、むしろ日々増していった。
被害が甚大になればなるほど、奈々夜を求める声は高まり、ガイルを非難する声も増え始めた。
更には本当に聖女なのかと疑う声すら現れ始めた。
悪評を聞いて奈々夜は焦った。
聖女として力を使うべきなのかもしれない。
そう思って、一度ガイルの信頼する魔導師を呼んで恐る恐る魔法を覚えてみようと思ったこともあった。
けれど結果は残酷だった。
聖女の力は、汚れを知らない―男性との経験のない者にしか使えないのだという。
召喚された時こそ、奈々夜は無垢な存在だった。男を知らず、恋もしたことがない聖女たる少女だった。
けれど今は違う。
ガイルという愛しい男性を得た彼女は、既にガイルに愛される喜びを知っていた。
聖女の資格を失ったことを知られたら。
奈々夜は恐怖に震えた。
その恐怖は、瘴気に立ち向かえと言われた時以上の恐ろしさとなって奈々夜に襲い掛かった。
そんな頃だった。
奈々夜を召喚した魔導師が一年の眠りから目覚めたと知ったのは。
新たな聖女を召喚されるかもしれない。
更には吹聴していた帰りたいという奈々夜の願いを叶えるために帰還の魔術を探しているという。
恐ろしい。
愛しい人から引き離されるかもしれない恐怖。
偽物の聖女と罵られ、新たな聖女を呼び出されるかもしれない恐怖。
どうにか、しなくては。
その思いから。
奈々夜はガイルが不在である間に、自身を脅かす存在を遠ざけることにした。
幸いなことに、召喚したアーリア自身が奈々夜に会う機会を望んでいた。
チャンスは今しかない。
だからこそ奈々夜は謁見の間に立ったのだった。




