懐かしい香と共に
ゲオルグ様の母親にして、このアスフォルダという国の母でもあるエスリン様と国王は政略的に決められた結婚だったと聞いている。
それでも、十分に国母として国を支え子供を支える良き母と言われている。
側室を持たない国王との間に多くの子を産み、国家を安定させたと思った。
そう、思われた。
「やっぱり子供ってうまく育たないものね。長男は頑固だし、次男は自由奔放でしょう? 三男は陰湿。末っ子はまだ甘えん坊だから可愛げがあるけど、いつまで続くかしら」
「母様ったら。出来の良い娘がいるのだからそれだけでも有り難く思ってくださいな」
「何をいけしゃあしゃあと。結婚相手も決めずに遊んでる子に言われたくないわね」
「あら、ウフフフフ」
優雅な会話に見えて恐ろしい会話を聞いているように思えるのはきっと気のせいではないはず。
毒のあるような母娘だけれども、着ている服は優美で仕草も淑やかだから傍目から見れば優雅なお茶会にしか見えない。
エスリン様が着ている服はシルク素材のゆったりとしたドレスで、手や肌につけている装飾品はアスフォルダでは採れない玉が使われている。
中には私でも感じ取れる魔力が込められていることから、護身用の物も紛れ込んでいるらしい。
同じくリース様も同様で、若々しいフリルのついたドレス。それでいて幼く見えず、年相応な彼女をより愛らしく見せている。同じく装飾品を身に付けている。彼女の好みの色が碧らしく、翡翠色や青に近い碧色の宝石がよく似合っている。
ゲオルグ様と揃いの黒髪は父親譲りらしい。エスリン様の髪は金色に近かった。そういえば彼らの弟でいらっしゃるセイラン様の髪色は亜麻色だった
更に言えば、ガイル様は母親似の髪色だった。
瞳の色はエスリン様とリース様はお揃いの琥珀色をしていた。透き通るように綺麗な瞳だった。
深い闇を思わせるようなゲオルグ様の黒い瞳は、そういえば両親どちらにも似ていなかった。ただ、アスフォルダの一族は黒を特徴とした髪や瞳の色を見せるという。きっとその流れなのだろう。
「今日お呼びしたのはね」
召使いにお茶を運ばせ、私の手元には良い香りの立つ茶が置かれた。
手に取ることも恐れ多くて、私はエスリン様からの言葉にはい、とだけ答えた。
「ゲオルグのこともあるけれど、本題は聖女の事なのよ」
「聖女様……」
未だに私には会うこともできない方。
書状でお会いしたい旨はお伝えした。特使団により書状は受け取られ、聖女から直々にお言葉として興味があるとの回答はあったらしい。
けれどまだ会うことは出来ない。
それは、会う手順に時間が掛かるということもあるけれど、聖女が求めている答えを私達魔導師団が出せていないことにもつながっている。
それは、聖女の帰還方法。
過去の書物を読んでみても、聖女を戻らせたという話は出てこない。
大体が王家の者と婚姻を結んだり、聖女として大聖堂を建て、そこに眠るなどの史実はあった。
召喚する術が遺されているのに、帰還させる方法が無いというのは、理論上間違っているというのが魔導師団の見解だった。
だから私達は必死で還す方法を探している。
けれど、それを阻む存在がいることも確かだった。
「夫も歳だったから、聖女を良い機会にとガイルに王位を譲ったはいいものの、中々思うように進んでいない。そのことで被害を被っているのは我々王家だけではなく貴方にも及んでいることでしょう」
「それは……」
否定できなかった。
日々過ごしていくにつれ、何故あのような聖女を召喚したのだと誹謗する声も現れている。瘴気が増し、魔物が増えれば増えるほど比例するように声も増えていった。
「恥ずかしい話、一度王位を譲ったために夫が口を挟むことは王政を揺るがすため公に伝えることは出来ない。内々で諫めてはいるものの、あの子は人が変わったように聖女を擁護しているわ。大切に接し外部にも出さないぐらいに扱っている。まるで籠の中に愛鳥を囲うようにね」
「…………」
「だからね、私達は貴方達魔導師団をこっそり応援することにしたの」
「こっそり……ですか」
内緒話をする少女のように、エスリン様とリース様が微笑んだ。
「今、貴方達はガイルにも目の敵にされているでしょう? 思うように物事が進められていないことは知っているわ。だから、それをこちらで応援しようと思うの」
「よろしいのですか? そのような事をなされば……」
国王であるガイル様が黙ってはいないはず。
「ええ。だから、こっそりなのよ」
なるほど。
公に物事を進められない分、外部から助力を頂けることになるのは魔導師団にとってもこの上なく有難い。
特に魔道に関する古い書物は禁書とされ、国家に禁じられている。読むには国王の許可が必要な物もあった。聖女召喚が行われるまでは好きに読めたのに、今では固く禁じられていることも、私達が帰還の魔法を見つけるための懸念事項でもあった。
「ありがとうございます。師匠も喜びます」
「どういたしまして。未来の娘になるかもしれない貴方をお手伝いできることは嬉しいわ」
はい?
「そうです! 私もアーリアさんのようなお姉様ができたら嬉しいわ!」
キラキラした瞳でリース様にも言われ、私は言葉を返せずにいる。
「母上! リースまで!」
ゲオルグ様が思わずといった様子で立ち上がった。
「そんな風にアーリアを困らせないでくれ。余計に敬遠されたら恨むぞ」
「何よ、いいじゃない。全く結婚する見通しもなかった貴方に咲いた唯一の花よ? 今応援しなくていつ応援するというの」
「そうですよ、兄様。一時期は女性の話が無さすぎて、兄様には別のご趣味があるのではと噂されていらしたのですから!」
「頼むから……これ以上喋らないでくれ……」
顔を手で抑えるゲオルグ様の弱々しそうな様子を私は初めて見た。それにしても別の趣味って何だろう。
「冗談はこれぐらいにして。アーリア」
真っ直ぐなエスリン様の瞳に見つめられ、私は息を飲む。穏やかに微笑まれるその姿は、国母でありながらも一人の母としての顔だった。
「息子の立場を悩む一つとされるのであれば、どうかそれは忘れてくださいな。例え王家の子とはいえ、私にとっては一人の息子。どのような苦難であろうとも、この子であれば押しのけてくれますでしょう。そして私や娘も、その道を応援しています。貴方を見るゲオルグの目は、ガイルと同じであるというのに、進む道に間違いはない。だからこそ、私達は見守りたいわ」
「はい。私も母と同じです。そして貴方の召喚するための努力を聞いております。一年という貴重な時間を費やしてしまったことも。私達王家は、貴方に多大な謝罪と感謝を述べる立場にあります。だからどうか、アーリアさんはアーリアさんの望まれる道を歩まれてください」
お二人の言葉に、私は胸が熱くなった。
思わず目頭が熱くなり、俯きながら頷いた。
「母上、リース。失礼するぞ」
突然立ち上がったゲオルグ様が、俯いた私を引っ張り上げるように抱き上げた。
「ゲオルグ様っ」
「生憎、好きな相手を良い意味で泣かそうとも、その顔は俺だけが見たいので失礼します」
「まあ、狭量だこと」
「女性を困らせるようなことだけはなさらないでください、兄様」
「心得ている」
スタスタと、挨拶もろくにせずにゲオルグ様は私を連れ去っていく。
「ゲオルグ様……?」
「すまない、アーリア」
横抱きにされながら歩く庭園の良い香り。
「本当に狭量だな、俺は。お前のそんな愛らしい顔すらも独り占めしたいだなんて」
庭園から香ると思っていた良い香りが、ゲオルグ様からすることに気付いた。
ずっと懐かしいとさえ思える安心できる香りに。
私は思わず、そっと胸元に寄りかかり。
ゲオルグ様と共に庭園を後にした。




