その声は確かに懐かしく
ゲオルグ様の言葉は、あまりにも直向きに私への想いを告げて下さるから。
今、私はまだ眠っていて、都合の良い夢を見ているのではないかと勘違いしてしまいそうだった。
「アーリア? どうした?」
「えっ……は、はい!?」
上擦った声が出てしまう。
目の前に居るゲオルグ様の声。私を心配そうに見つめるその瞳が。
現実なのだと私を引き戻す。
「いきなりの事で驚かせてすまない。ただ、一年も待っていたからか、どうも気持ちが急いでしまった」
苦笑しつつゲオルグ様は、少しだけ私から距離を引いてくださった。
それでも、手は触れて離さない。
「返事はいくらでも待つつもりだ。一年も待ったのだからな。ゆっくり考えて欲しい」
「考える……」
何を、だろう。
「ああ。俺の想いを受け止めてもらえるのなら頷いてくれるだけで構わない。もし、他に想う相手がいるのならすぐさま俺を拒絶してくれ。まあ、それでも俺が勝手に恋慕してしまう想いだけは許してもらいたいが」
「い、いません! そんな人……」
今まで仕事尽くしだったので、そういった色恋沙汰は全く縁が無かった。最悪お見合いかな、なんて言っていたぐらいなのだから。
「そうか。良かった」
私の答えを聞くやゲオルグ様は嬉しそうに笑った。
太陽みたいに眩しい笑顔だった。
私は、何て崇高な方に想われているのだろうか……
「本当だよ? 一年間、ずっと殿下が君を看病していたよ」
師匠の言葉に、私はゲオルグ様の言葉が現実なのだと改めて実感した。
久しぶりに戻った仕事部屋で、一年ぶりに会う同僚との再会の喜びを分かち合った後、改めて師匠と話をする時間を頂いた。
内容はそう、ゲオルグ様のこと。
「瘴気による魔物の討伐や町の復興などで外に出る以外、時間があれば君に会いに行き、殿下自らの御手で食事を頂いていたじゃないか」
「じゃないかって言われても覚えていません!」
「そう? 夢の中にいたとしてもあれだけ一緒にいたのだから少しは覚えているんじゃないかと思ったのに」
話を聞けば聞くほど、私は顔が赤くなったり青くなったり忙しかった。
食事を与えてくださったという話は勿論のこと。
ベッドメイキング時に私を抱き上げてくれていたり。
汗をかけばタオルで拭ってくださったとか。
眠る私に贈り物を届けてくださったとか。
冷える頃になれば、カサついてきた手に手荒れ用クリームを塗ってくださったという話まで。
「…………私、ゲオルグ様にそこまでして頂くような人間ではありません……」
それほどまでに想われて嬉しくない者なんていない。
けれどそれが、あのゲオルグ様かと思うと、途端に萎縮してしまう。
まず立場が違う。
ゲオルグ様は英雄とも言われるほどの方。次男でありながら次期王位にと望まれるような方。それでも、長男のガイル様を慮り、自身は王位には一切関心がないのだと公言している。
武力に長けているという話が多いけれど、勿論知力も多分にあられるため、国勢や外交でも名前が知られている。
とにかく、完璧な方。
そんな方に思われる私はといえば。
親なし、身分なし、あるのは人より多い聖魔法のみ。
「君は自分を卑下しすぎだ。十分に魅力のある女性だよ。そして殿下は見る目があったってことだ」
「…………」
「まあ、君の気持ちも分からなくもない。いきなりハイスペックなあの方に想われて萎縮してしまうのも当たり前だ」
師匠は私の頭を優しく撫でた。
「でもね、そうして立場とか外聞で相手を見て萎縮しては殿下が不憫であることも忘れないように」
言われて私はハッとした。
私は外の噂や言葉ばかりを鵜呑みにして、ゲオルグ様の言葉を素直に信じきれていなかった。
「あの方がお前に向ける想いは本物だ。そこだけをまずは受け止めてあげなさい」
「…………はい」
「嫌な気はしないだろう?」
「…………」
その質問には答えなかった。
ただ、耳まで赤くなっている私を見て、師匠はクツクツと笑う。
一時はうやむやになっていた聖女様との謁見について、ゲオルグ様は既に行動をされていた。
ゲオルグ様自身も、今の状況を良く思っていないことは間違いなく、せっかく聖女を得たことで戻っていたガイル陛下の信頼も、徐々にだけど下降していることが、よりゲオルグ様を焦らせる要因になっているらしい。
「俺は、一度たりとも王の座を望んだことはない」
王城に用事がある度に私の仕事場へ顔を覗かせてくださるゲオルグ様と、日課になりつつある休憩時間。彼がボソッと呟いた。
「アーリアは聞いているか? 昨今聖女の我が儘に拍車がかかっている話は」
「……ええ……」
どうにか会う手段を整えている間にも、聖女の話題は尽きない。勿論、悪い方向で。
帰りたい、瘴気を浄化したくない、魔法を覚えたくない、という想いだけならまだ良かったのに、最近は思い通りにならない侍女や忠言してくる臣下を辞めさせていると聞く。
更に王に言って好きな服や好みの物を買って欲しいとねだるという。どこまでが真実か分からないけれど、悪評が次第に増していることは確かだった。
「兄も悪いのだ。兄は人が変わったように聖女を匿い甘やかす」
「…………」
ガイル陛下が聖女に対して溺愛ともいえる状態であることは知れ渡っている。目覚めたばかりの私にも耳に届くほどなのだから、相当の入れ込み具合なのだろう。
「まあ、俺も人のことは言えないな」
机を挟んで向かい合わせに座っていたゲオルグ様が、私の髪に触れる。そして近づき毛先に口付ける。
「一人の女性に狂わされる気持ちは分からなくもない」
口付けながら上目遣いに囁かれる睦言。
私は、既に日常茶飯事となったゲオルグ様からの求愛に、未だ慣れることなく必死で毎日耐えている。
そう、毎日。
ゲオルグ様から告白を受けて以来、私は毎日のように彼からの告白を受けている。
直接会える日は言葉で、態度で。
会えない日は手紙で、贈り物で。
派手な物は贈らず、ささやかな花だったり本だったり。
それがまた、私の好みを熟知した物だから不思議でしかならない。
それを一度聞いた時、朗らかに微笑みながら
「一年もあったからな。お前のことは大体知っていると思ってくれて構わないぞ?」
とんでもないことを仰っていた。
一年。
私が眠りについていた間の一年間。
ゲオルグ様は私を好きだと仰った。一目惚れだと。
眠っていたとはいえ、ずっと見守られていたという事に、私は信じられないとも思う。
けれど。
「今日も変わらず伝えさせてくれ。好きだよ」
その甘やかすような声色に。
不思議と覚えがあるのは、どうしてだろう。
思わず頷きたくなるような気持ちを抑える。
その時不意に、師匠から言われた言葉を思い出す。
『夢の中にいたとしてもあれだけ一緒にいたのだから少しは覚えているんじゃないかと思ったのに』
私には分からなかった。
けれど覚えのある声色も、ゲオルグ様の温もりも。
全てが自分にとって馴染みある存在になっている感覚しかなくて。
目覚めた私には、その感情をどうすることもできなかった。




