四話
渚ちゃんサイドのお話です。
……依存ってこんな感じだよね……きっと
私にとって新海陽翔と言う幼馴染の男の子は世界そのものだった。
生まれてからこれまでの16年間、私を『天才』という括りで見なかったのは両親と新海家の家族。
そして、陽翔だけだった。
小さい頃から私のためになるとお母さんが始めさせたピアノとヴァイオリンの習い事。
先生は私のことを『天才』だと褒めちぎって周囲の子達のと間にどんどん壁を作って行った。
それは幼稚園でも同じだった。
文字をきっちりと扱い、思考だって言っては悪いが他の子たちよりは少し大人びていた。
だからこそ、そこでも私は孤立することになるはずだった。
そう、はずだったんだ。
「なぎちゃんが1人にならないように僕が一緒にいてあげるね」
小さい頃から一緒だった陽翔。
私が自分で考えることができるようになった頃にはもう私の隣にいた彼が、灰色だった私の世界に色をくれた。
彼は小学生に上がっても私との距離は変わらなかった。
習い事の発表会……コンクールがあると必ず観に来てくれて無邪気な笑顔で『なぎちゃん凄かった!』と私を褒めてくれた。
それは今まで私の顔色を伺っていた先生や上部だけ褒めてくれる他の子たちの言葉と違って私は本当に嬉しくなった。
だから、私は陽翔に褒めて欲しくて褒めて欲しくて沢山頑張った。
コンクールに出れば必ず優勝をするぐらいピアノ鍵盤を叩き、ヴァイオリンの弓を引いた。
だって、そうすればまた陽翔が私を褒めてくれる。
“わたし”を見て屈託のない笑顔で褒めてくれる。
だから、私はその為だけに習い事を頑張った。
中学校に上がれば今度は高校へ向けて勉強を始めた。
陽翔がどんな高校に行っても同じところに行けるように成績だって常に一番を取り続けた。
「すげえ、学年一位とかまじか」
「ふふっ、頑張りました」
「いや、ほんと凄いよ渚。全教科満点なんて俺じゃあ絶対できないもんな」
褒め方は少しだけ変わったけど、勉強だって1位を取れば陽翔は褒めてくれる。
だから、一生懸命頑張った。
変わらずに習い事もきっちりとこなしてそっちが疎かにならないように必死になった。
そうして迎えた高校受験の時期。
私は陽翔はそのままこの町の私立高校を志望するんだと思って軽い気持ちで陽翔に進路を聞いてみた。
「陽翔は高校受験どうするの?」
「俺?今のところ、親元を離れて隣町の高校に通おうと思ってるけど?渚はこのまま私立の高校に行くんだろ?」
さらっと彼が口にしたその言葉は私を失意のどん底まで叩き落とした。
陽翔がこの町からいなくなる。
それは、この先私がどれだけ頑張っても私のことを見て心から褒めてくれる人がいなくなる。
私にとってのお日様がどこか遠くに行ってしまうのが怖くて怖くて仕方なかった。
「私は……もう少し考えてみようかな」
「そっか、渚の行きたい学校に行くのが一番いいぞ。渚は選択の幅が広いんだからさ」
「……うん」
その日の夜に私はお父さんとお母さんに自分の進路を決めたことを話した。
私の志望校は陽翔と同じ隣街の公立高校だ。
私がそのまま私立の高校に入学すると思っていた2人は驚かせてしまったが、私がその理由を話せば2人はわかってくれた。
高校にいるのを機に習い事を全て辞めたいと言ったわがままも笑顔でわかったよと頷いてくれたのは嬉しかった。
だが、それを許してくれないのは学校の教師だった。
なんでも私の学力でそのような学校に行くのは選択の幅を狭くするだそうだ。
それでも私が意思を変えないからと両親まで呼ばれて話し合うほどのことまで持って行ったのは流石は学校の教師だったと思う。
まあそれでも、親を一番最初に説得してたのもあって先生はあえなく撃沈、私は私の望み通り陽翔と同じ学校を第一志望校として入試を行えることになった。
正直な話入試さえ出来るようになればこっちのものだ。
私の鍛え抜かれた猫かぶりとこれまで培ってきた学力があれば必ず合格できる自信はあった。
そうして私は無事合格して、陽翔が新学期から通う学校に入学することが決まった。
そして、私も陽翔と同時に実家を出て一人暮らしをすることにした。
もちろん、今まで通り陽翔の住むアパートの隣に私の部屋を借りて引っ越しも滞りなく終わりを迎えた。
新学期を迎えてから、私は今まで感じたことのない開放感に包まれていた。
ここは私のことを知る人のいない新しい場所だ。
これで私は私を抑えないで陽翔と一緒にいることが出来る。
そう、思っていた。
引っ越してきてから陽翔は私の好きなようにしていいんだと何度も何度も口にしてくれた。
だから、私は私の好きなように陽翔の隣にいた。
きっと、陽翔はそれが嫌だったのかもしれない。
「明日から少しだけ距離を置いてみないか?そしたら、渚の世界はもっと広がるんだ。広がっていくはずなんだ」
そんな言葉、陽翔から聞きたくなかった。
私は陽翔が近くにいてくれないと何もできない。
何もする気力が起きない、だからここまで追いかけてきた。
私は首を振って、まるで子供の駄々をこねるようにそれを否定した。
きっと陽翔は優しいから許してくれると、そう思った私は愚かだったのかもしれない。
真っ青な顔をして今にも泣きそうな顔をして陽翔は私を見ていた。
まるで自分が犯した罪を言い当てられた犯罪者のような、そんなこの世の終わりのような顔を私は見てしまった。
「ごめん、渚……俺が、間違えてたんだ。俺が、渚の可能性を殺したんだな」
誰に聞こえるがわからないような小さな声で……でも、私にははっきりと聞こえてしまったその言葉に私はすぐに反応することが出来なかった。
何を言われたのか一瞬理解できなかったからだ。
財布とスマホだけを持って家を後にしてしまった陽翔を追いかけようとして玄関を開けてもすでに陽翔の姿は見当たらなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい!お願いだから帰ってきてよぉ……陽翔ぉ……」
こんな気持ちになるなら、ずっと隠しておいたほうがよかったのかもしれない。
私、風祭渚は新海陽翔に依存している。
大好きで大好きで仕方ない、陽翔がいてくれないと不安で怖くて震えてしまう。
そんな私なんて、隠しておくべきだったと今になって後悔した。