十六話
お久しぶりです。
一年以上空いた最後の更新から久しぶりに投稿しました。
何事もなく残りの2限も終えて俺と渚は自宅へと帰り一緒に勉強を始めた。
お互いにわからないところがあれば回答の些細なきっかけを教え合い問題を解いていくことで次々と問題集のページをめくっていく。
2人とも集中している時は基本的に無言だが、ここまで口を開かないのは久しぶりな気がした。
カリカリカリとシャープペンシルがノートを走る音だけが部屋の中に響き渡る。
「……」
「……」
何も話すことはなくてもただ渚が隣にいるだけで随分と勉強が捗るものだと心の中で苦笑する。
チラリと彼女の方を見れば夕焼けに渚が美しく照らされて神秘的な雰囲気すら醸し出している。
昔から夕陽をバックにするのが似合う子だったが、成長して綺麗になってからは一つの芸術のようにも思える。
もちろん、幼馴染と恋人というフィルターを通してはいるが今この瞬間をカメラに閉じ込めてSNSで投稿でもしようものなら大反響しそうなものだと思う。
「はーくん、集中できてないでしょ」
「……バレてたか」
「ずっと私のこと見てたもんね」
どうやら、彼女をガン見していたのはノートに集中していてもバレていたらしい。
誤魔化すように苦笑いすれば、渚は解いていた問題を終わらせるとそのままノートと問題集を閉じてしまった。
「もういいのか?」
「集中力切れちゃった。もう19時だし、勉強はおしまい」
ここ夏に近づいているからか陽が落ちるのが遅いから時間の感覚が少し狂っているのだろう。
体感的にはまだ18時ちょっとだと思っていたが、思いの外時間の経過は早かったみたいだ。
「ココアでも淹れてこようか。アイスとホットどっちがいい?」
「ミルク入れてくれる?」
「もちろん」
「じゃあアイスがいいな」
キッチンへ向かってお揃いのマグカップを取り出してココアパウダーを一杯分、それぞれ入れてほんの少しだけお湯を淹れてダマが残らないようにかき混ぜる。
冷蔵庫から冷たい牛乳を取ってマグカップに入れて、氷と一緒にかき混ぜてよく冷やす。
「はい、お待たせ」
「ありがとぉ」
ぼんやりしている渚を見てクスリと笑う。
「最近暑くなってきたから少しバテ気味?」
「そうかも、知ってると思うけど季節の変わり目はちょっと弱くて」
「風邪ひかないようにしないとな」
軽くそんなことを言いながらマグカップの中身を口に含む。
熱く火照った身体に冷たく甘いココアが身体の中へ染み渡る。
夏にはこうして冷たいココアを飲んで冬になれば暖かいココアを飲むのが俺と渚にとっては当たり前だ。
勿論、ココア以外にも紅茶や抹茶なんかもその時の気分で代わる代わる飲んではいるが、やはりココア率が圧倒的に高い。
「夕飯どうする?」
「今から準備してもいいんだけど、どうせならどこかに食べに行こっか?」
渚の提案に頷いて今日クラスの女子が新しくできたファミレスの話をしていたのを思い出す。
「そういや駅前に新しくファミレス出来たって聞いたからそこいくか?」
「都心の方で有名なファミレスだっけ?」
「桜雲にチェーン店の一号店が出来るなんて意外だけどね」
学校から帰ってきてそのまま勉強してたのもあって2人とも制服のままだったのを今更になって気がつく。
「……せっかくだしこのまま行くか」
「制服のまま?私は別にいいけどどうかしたの?」
「ほら、制服のままファミレスでご飯とか学生カップルっぽくないか」
俺のその少し頭の悪い発言に渚も一瞬思考したようだったが、すぐに頷いて……
「わかる。なんかラブコメとかそういうの多いかも」
「まぁ、俺たちの場合は学校帰りにどきどきしながら行くような感じじゃないけど」
「そこはほら、私たちと普通のカップルじゃあ少しレベルが違うってことで納得しよ?」
意気揚々とココアを飲んでいたマグカップを水に漬けて、そのまま財布を持って玄関へ向かう。
先に靴を履いて家を出た渚を追うように俺も急いで家を出る。
鍵を閉めて渚の隣に並べは自然と2人の手が重なる。
隣を見ればニッと笑った渚が俺を見ていた。
「私たちが普通の恋人と違うのは出る家も帰る家もおんなじで初めから最後まで手を繋いでいれることだよ」
「……そうだな」
ただご飯を食べに行くだけなのに、渚と一緒に行くだけでこうも楽しくなるなんて高校に進学するまでは思いもしなかった。
****
駅前の大通りはやはりというか平日であっても賑わっていた。
仕事帰りのサラリーマンやこれから飲みに出る大学生、すでに酔っ払ってオブジェクトの下で寝こけてお巡りさんに声をかけられる人が散見している。
「桜雲も昔とだいぶ変わったよね」
「だな、昔はもっとこじんまりした感じの街だったと思う」
駅前通りだけでも都会の街並みと変わらないような街にまで成長したのだ。
10年前はもっと田舎を感じさせるようなところだったし、何だったら今目の前にある大きな駅だって小さな町の駅だったのだから。
確か都心から帰ってきた人が市長になってから桜雲の町の改革を始めたんだとか、俺たちの実家は隣町の月鳴市だがそこは俺たちが生まれてすぐくらいの年に改革が始まり大きな街へと変貌を遂げたという。
まぁ、もっとも桜雲と月鳴の市長同士が同級生だとか幼馴染だとか月鳴で得たノウハウを教えてもらったからこその急成長だろうと市民は口を揃えて言うのだが、それは置いておこう。
目的地のファミレスは時間の割には空いているように見えた。
シンプルに規模がでかいと言うのもあるが満席というほどでもないのが意外なところだった。
席に案内され、メニューに目を通す。
「陽翔は何にするの?」
対面に座った渚が俺と同じようにメニュー眺めながら問いかける。
「何にしようかなって思ってるんだけど、どうせなら別のものがいいじゃん?」
「そうなんだよね……私チーズハンバーグにしようかな」
メニューの一番上にドドンと『当店イチオシ!』と書かれた無駄に凝っていて美味しそうな写真を指差して渚は笑う。
「ここまで強調されるとむしろ気になるって言うか」
「まぁ、わかる」
「再現できそうならやってやんよって感じさえするんだよね……」
「簡単にできたら店がかわいそうだろ」
それが出来てしまうから俺たちは普段外食をしないのだ。
お店の料理を食べただけでなんとなく同じものを作れてしまうほどの料理のセンスを持った渚。
ただ、そのかわりそれが完成するまではその試作品を食べ続ける毎日が待っているのだが、それは完全に余談だ。
「じゃあ、俺はオムライスにしようかな」
「……陽翔ってオムライス好きだよね」
「何だよ突然」
「何か理由があるのかなって思って」
突然振られたその言葉に少し答えるのを戸惑った。
オムライスが好きな理由は至極単純。
シンプルに好きなのもあるが、渚が俺のために初めて作ってくれたのがオムライスだった。
あの頃は確か小学生の3年生くらいだっただろうか、彼女の家に遊びに行って渚のお母さんと一緒に渚がお昼に作ってくれたのだ。
初めてだったから形は歪で卵も所々破けていて中のチキンライスがはみ出ているようなものだったが、それがとても美味しかったのを覚えている。
だけど、それを彼女に直接言うのはなんというか照れる。
「普通に好きだからなんだけど」
「えー?ほんとにぃ?」
若干の疑いの目を向けながら店員さんを呼んで注文を済ませる渚から視線をそらす。
「本当ですー」
「ふーん?」
ジロジロと見つめられるがこれだけは言わないと心に決めた。
絶対ニヤニヤしながら『ふーん、へぇー、そっかぁー』とツンツンしてくるのが目に見えてるから。
暫く待てば、注文していた料理が届く。
シンプルながら綺麗なオムライスと鉄板の上で今もなお油を跳ねさせているチーズハンバーグがテーブルの上に並べられる。
「す、凄いね……これ」
「すこし鉄板の温度下がるの待った方がいいかもな」
「いやでも熱いうちに食べないと勿体無いし」
「いやだから、こんな状態で食べたら火傷するって」
俺の静止も虚しく、渚はナイフとフォークでハンバーグを切り分けて少し息で覚ましてから口の中へとハンバーグを運ぶ。
「あっつぅい!」
「ほら言わんこっちゃない」
「でも、おいひぃ……」
ハフハフ言いながらなんとか最初の一口目を飲み込んだ渚はもう一度一口台に切り分けて今度はそのフォークを俺の方へと向ける。
「はい、陽翔」
「……まって、今あっついって自分で言ってたよな?」
「うん」
「嫌がらせか何か?」
確かに俺たちの間では一口食べて二口目はそれぞれ食べさせ合いをするのがお決まりになってはいるが……それとこれとは話が違うのではないだろうか。
ハンバーグがたった今切られた鉄板はハンバーグから出た肉汁が信じられないほどに跳ねている。
それにただのハンバーグならまだしもドロドロに溶けるまで熱されたチーズが載っているんだぞ、そんなの火傷するに決まってる。
「はーると♪」
若干悪戯っぽく笑う渚と湯気を立ててフォークで刺されたハンバーグへと視線を左右させるが……
諦めるのは俺の方が早かった。
湯気を立てるハンバーグに齧り付けばそのままフォークが引かれる。
そして同時に口の中を熱々のハンバーグとこれまた馬鹿みたいに熱いチーズが暴れ回る。
「あっふい!」
「でも美味しいでしょ?」
コクコクと渚の言葉に頷く。
馬鹿みたいに熱いことを抜かせば確かに美味しかった。
チーズとハンバーグの相性はもちろん、ハンバーグ自体も柔らかく肉汁も脂っこすぎず、しかしその存在感はしっかりと感じられた。
しかし、熱いもんは熱い。
ハンバーグを飲み飲んでみずで口の中を冷やす。
口の中が火傷したとき特有の不快感に襲われるが、自分が頼んだオムライスを一口食べて、おかえしにと渚へスプーンを差し出す。
差し出されたスプーンを躊躇うことなく口に入れると渚はドヤ顔でオムライスを食べたのだった。
そりゃ、オムライスはその訳のわからん超高温の鉄板のように熱い皿に乗って出ては来ないからな。
いまいち納得できずに二口目のオムライスを口に含むのだった。




