十三話
「おはよう!陽翔!」
「おはよう……渚」
渚の元気のいい声で俺は目を覚ました。
結局あの後ネックレスは渡しそびれてしまったが、それはまた近いうちにでも渡そうと思う。
まぁ、渚の目の届かないうちに部屋に移動させておく必要があるけれど、まあいいだろう。
今日からまた学校だが、この休日の二日間は本当に濃密なものだったなとぼやけた頭で考える。
というよりも、高校入ってから一月が経ったがこの一月が慌ただしくて休日のたびに何かあった気がする。
「早く着替えてきてね、ご飯作ってるから」
「わかった……すぐ行く……」
「待ってるね♪」
そう言うなり、俺の頬に口づけを落としてそのまま部屋を後にする。
「このキス魔め……」
働かない頭でそんなことをポツリと零したのだった。
朝食を食べて俺たちが家を出るのは7:30だ。
朝食を食べ終えて身だしなみを整えれば20分くらいの余分な時間ができる。
「はるとー」
「んー」
朝のテレビや天気予報を見ながら俺と渚はいつも通りぴったりとくっついていた。
「学校行く前にぎゅーってしよ?」
「制服に皺できるぞ」
「じゃあ、ちゅーは?」
「そっちが本音か」
「ぶー、どっちも本音でした!」
「…………」
なんだか、渚にマウント取られっぱなしなのが少し気に入らなくなってきた。
こうなったら俺は渚を一撃で沈めてみせようと思う。
本来なら少し後にする予定だったものを今渡すことに決めた。
無言で机の引き出しから2つの細長い小箱を取り出す。
その片方を渚に手渡せば渚は首を傾げてそれを見る。
「なに?これ?」
「まあ、開けてみろって」
「んー、なんだろ」
俺をジト目で見ながら渚はその箱を開ける。
そして中から出てきたのは昨日見ていたネックレスの水色の方のアクセサリだ。
「……えっ!?これ、買ったの!?」
「そうだな」
「わざわざ私のために!?」
「俺のためでもある」
まあ、俺のためでもあるのは本音だし嘘はついてない。
「えっ……どうしよ……すごく嬉しい」
「なんでそのネックレス見てたかってすぐわかった。渚と俺の名前と苗字、どっちにも関連のある海をモチーフにしたやつだったからだろ?」
「うん」
さらに言えば、渚という名前はどちらかと言えば明るい水色の方がイメージがしやすいし、俺の方の新海という苗字はどちらかといえば深い海のイメージが俺は強い。
お互いの名前に関わりのあるアクセサリをつけるというのはある意味、恋人同士としては定番と言わざるを得ないシチュエーションではあるが
「ね、陽翔……これ、付けて?」
小箱から取り出したネックレスを渚に渡すと、俺の方の小箱から俺のネックレスを取り出した。
「一緒に付けよ?」
「……わかった」
お互いの首の後ろに手を回してネックレスのチェーンにフックをかければ、お互いの首に新たな重みが加わる。
「「似合ってる」」
お互いの胸元に新たに加わった涙型のネックレスをみて微笑んでいると、スマホのアラームが部屋に鳴り響いた。
「時間だね、それじゃ学校いこ?」
「だな、遅刻でもしたら大変だ」
用意していた鞄をそれぞれ手に持って玄関に向かう。
うちの高校はネックレスやバングルは禁止されてないからつけてる生徒も多いし、俺たちがお揃いのものをつけていてもなんの問題もない。
玄関の扉を閉じて家の鍵をかけて、俺と渚は手を繋いで学校へと向かっていった。
「それじゃあ、また後でね」
「ああ」
教室に入っていつも通りにお互いの席の方へと向かっていく。
湊や進藤も俺たちよりも少し遅くだが、教室へと入ってくる。
「おはよ」
「はよー」
「おやほ」
いつも通りに挨拶すれば、普通に返事返してくる湊と訳の分からん返しをした進藤がそれぞれの席へと着席する。
「俺に突っ込みはなし?」
「いや、気がついてたけどめんどかったから」
「俺もそうだな。あえて無視してた」
「お前らに人の心はないのかよ……」
朝一からガックリとうなだれる進藤に俺と湊は苦笑した。
そして、俺と進藤を交互に見た湊が俺のことをまさかの二度見して少し驚いたような顔をする。
「どうした?」
「陽翔、お前ネックレスなんてしてたか?」
驚いたのは俺の方だった。
まさか、朝一であって数分もしないうちに見破られるとは思ってなかった。
「まあ、今日からな」
「ってことは渚さんも同じのつけてるぞ。連夜」
「ペアルックかよ……羨ましい」
俺をジト目で見る進藤と苦笑いする湊をみてため息を吐く。
「そういえば、進藤」
「ん?どした?」
「お前、2年の先輩に告白されたんだって?」
「ぶふっ!」
登校中に耳にした噂話ではあったが、気になることだったからつい聞いてしまった。
まさか驚きすぎて吹き出すとは思ってなかったけど。
「おまえ、それ……何処で聞いたんだよ?」
「いや、学校の玄関でさ。先輩達が話してるの聞いて」
「先週の金曜だったはずだな。確か」
「あー、まあ……いいか。2人なら話しても」
困ったように頭を少しだけ掻いて、俺と港を目をまっすぐに見た。
「まあ、大した話じゃないんだ。俺とその2年の先輩……佐倉天音って実は幼馴染でさ……新海と風祭さんみたいな感じなんだけどな。なんていうか、俺と天音ってそもそも釣り合わないっていうか、天音って基本何でもできるようなやつだしさ。俺よりももっといいやついるって思って断ったんだ」
佐倉天音……名前は一年の俺でも聞いたことはある。
現生徒会の書記で次期生徒会長の最有力候補だという2年の高嶺の花とでもいうべき女生徒だったはずだ。
「どっかで聞いたことあるセリフに見たことある境遇だよな。陽翔?」
「だな。何処の誰とはあまりいいたくはないけど」
俺と湊は既視感の覚えるそのセリフと境遇に深くため息を吐いた。
実際、そういう幼馴染がいると一度はそう思うものなのだ。
こればかりは仕方ないし、きちんと言葉を交わして見ないと分からないことでもある。
渚の場合は少し特殊なケースではあるけど、進藤には俺や渚みたいな大きな亀裂を一度産む必要はないと心から思う。
「お前はどうなんだ?その佐倉先輩のことは」
「……好きだよ。ずっと小さい頃から」
「なら、きっちりと話した方がいいぞ。お前、口ではそんなこと言ってても実際、別の男が佐倉先輩といるところ見たら発狂するぞ」
「陽翔の場合は少し特殊だけどな。話した方がいいのは俺も同意だぞ、連夜」
「んーでもなあ。昨日フッた男に話をしようなんて言っても拒否られるだけだろー」
頭を抱えて机に突っ伏した進藤に俺と湊は言葉をかけられなかった。
こればかりはどうしようもない、相談は受けられるけど根本的な解決方法なんて結局は自分たち次第なんだから。
「前からずっと言おうと思ってたことなんだけどさ、連夜と陽翔は自己評価が低すぎるんだよ」
「「は?」」
思わず進藤と声が重なるレベルでいきなりすぎるその言葉に素っ頓狂な声を上げた。
そんな俺と進藤を無視して湊は怒ってますと言わんばかりの態度で俺と進藤を見ながら口を動かし始めた。
「まずは連夜、お前何処からどう見たってただの美形男子だろ、容姿の面で見ればお前と佐倉先輩はお似合いだ。それに気配りができて、ムードメーカー的な役割もできる。そもそもお前も入試の成績だって24位だろ、それの何処をどうとればその自己評価の低さにつながる」
いつのまにか、教室中が静かになってて気がつけばクラス全員がこっちの話を聞いて黙って頷いていた。
「え、いや……だって天音ってなんでもできるし成績だって常に一位だぞ」
「そ・れ・が・ど・う・し・た!」
「あ、そのなんかすんません」
完全に縮こまってしまった進藤を憐れみの目で見ていれば今度は湊の目が俺を捉えた。
身体を一瞬強張らせれば、湊はお前もだという目で俺を見る。
「陽翔、お前に関しては連夜の三倍はタチが悪い」
「アッ、ハイ」
「そもそもお前の何処をとれば平均的な凡人になるのか俺は教えて欲しいんだが?」
もう半ばキレ気味の湊にもうどうにでもなれと俺は自分の自己評価の全てを伝えることにした。
「容姿とか学力とか、スポーツとかその他諸々?」
「まず容姿だなお前も顔立ちは整ってるしスタイルだって悪くないだろ。身長は174超えて無駄な肉だってついてないんだから何が不満なんだ」
うんうん、と周りのクラスメイトが無言で頷く。
「いや、だって渚ってもっと完璧じゃん」
「黙れ」
「はい」
圧力強すぎな湊に俺は気圧されて即座に返事をして黙り込む。
「次に学力だ、入試二位のやつが平凡ってなに、お前以下の俺たちをバカにしてるわけ?」
「ちなみに新海くんと3位の七海くんの間の点数は20点オーバーだよ。一位の風祭さんと新海くんは5点差だね」
「ありがとうございます篠崎先生」
いつのまにか現れていた先生がそんなことを補足していくがあんたもそこに立ってこんなことに時間使ってないてホームルーム始めてくださいよ。
「そもそも、お前才能だけで見れば渚さんと同格レベルなのにそれを生かそうとしてないのはお前自身だろ。それでその自己評価の低さは流石の俺でも腹立つわ」
「うん、私もそれは思う」
激しく同意、と首を縦に振る渚を見て俺はため息をつく。
たしかに、やろうと思えばなんだって出来る。
本当はピアノだって、真剣にやれば渚と一緒にセッションするくらいのレベルにはなれるはずだ。
だけど、俺はそれを選ばなかった。
天才の渚の隣にもう1人天才要らない。
俺はその道を捨てて平凡であり続けようとした。
新海陽翔は平凡でなければならない
そんな呪いをかけていたのは自分自身だった。
これ以上余計なことを言われると俺は自分の心を保てるかわからないからと必死に口を開いた。
「なあ、湊……すこし俺の心に触りすぎじゃないか」
だが、絞り出した声はそんな枯れるような声だった。
だけど、湊はそれを聞いても言葉の続きをやめなかった。
「だから、お前は……いやお前たち2人はもっと自分に自信を持て、連夜はもっと自分のことを認めろ。お前、自分でわかってないだけでかなりいい男なんだ。そして陽翔、お前は自分の可能性を殺すのをもうやめろ。そんなもの、ただの足枷にしかならないんだから」
自分に自信を持つ。
それがどんなに難しいことか湊は理解しているんだろう。
俺は湊に出会うまでは渚以外との交流なんて一切なかった。
中学に入ってすぐに、声をかけてくれて、適当にあしらっても邪険に扱っても決して折れないで俺に声をかけ続けてくれた。
気がつけば俺は湊に心を許していたし、相談にも乗ってもらって遊びにいくことも多くなっていた。
俺が親友と呼べるのは本当に湊だけだった。
だからこそ、こんな状況だけどその言葉は他の誰よりも俺の心に届いた。
俺が本当に自分のことを隠さないで済むのなら。
それが許されるのがこのクラスなら。
俺は自分にかけていた足枷を外してしまってもいいのだろう。
「「……わかった」」
同じタイミングで言葉を発した進藤と顔を合わせて苦笑いする。
「今日、天音と2人で話しするよ」
「おう、結果は聞かせてくれ」
前を見始めて悲痛な表情を込めていた目をはいつもの明るいまっすぐな瞳へと戻っていた。
「湊、中間テスト楽しみにしてろ」
「それを言うのは俺じゃなくて渚さんだろ。ひっくり返してみろよ万年二位の新海陽翔くん?」
「うん、楽しみにしてるね?」
ニヤリと口角を上げた湊といつになく挑戦的な渚を見て俺はこの2人を文字通り一泡吹かせてやろうと意気込んだのだった。
ちなみに、この後超短絡的にホームルームが行われすぐに1限目の授業に突入した。




