十一話
翌朝眼が覚めると、当然のように俺の視界いっぱいに渚の寝顔が写り込んでいた。
寝起きでよく回らない頭だが、昨晩のことを思い出して今までにないくらいの速度で思考がクリアになっていく。
昨晩、俺は彼女とキスをした。
それも軽い口づけではなく、お互いを求め合うような官能的なキスを1時間以上にもわたって繰り返したのだ。
それを認識して仕舞えば、もう後戻りは出来ないと覚悟を決める。
今までは小遣い稼ぎ程度に趣味でやっていたものを本格的に仕事にするに俺は決めたのだった。
それはそれとして、なんとも幸せそうな顔で眠っているものだと心の底から思う。
今まで積み上げてきたもの全てを投げ出して渚は俺と一緒に自分のことを知らない隣町へと進学した。
そして、今までは周りが壁を作るせいでできなかった友人もこの高校に入ってから一気に出来たと言っても過言ではない。
元から交流があった湊を除いた進藤、朔月、香坂。
きっといつか、渚が自分のことを話しても彼らなら……なんの偏見もなくただの友達として接してくれると、俺は信じてる。
もし、そうでなかったとしても……その時は、俺が渚だけの味方でいればいいだけの話。
中学までと何も変わらない、それだけの話だ。
だけど……もしも、俺の願いが叶うなら。
あいつらには、渚の良き友人であってほしいと心から願った。
それから数十分後、渚がゆっくりと目を覚ました。
あまり褒められたものではないが、渚の寝顔を十分に堪能したので、俺としてはすごく満足だったのだが……
「あ、おはよう、はーくん」
「ああ、おはよう渚」
寝ぼけた頭で渚は未だ夢心地のままなのかそのまま俺の首筋に腕を絡ませる。
「ふふ、ぎゅーってしよ?」
「はいはい、ぎゅー」
「ふへへ、わたし今すごいしあわせぇ」
にへらと頬を緩ませて抱きついてくる渚を見て俺も幸せな気分になってくる。
「ねえ、はーくん」
「どした?」
「おはようのちゅーは?」
「ぶふっ!」
そんな爆弾発言に俺はつい、吹き出してしまう。
だけど、渚はそれも想定済みなのかニコニコとしたまま俺の顔をじっと見つめている。
昨日の夜で、完全にキスの味を占めてしまったらしい。
「陽翔は……わたしとちゅーするの嫌?」
そんなことを言われて嫌ですなんて心にもないことを俺がいえるわけなんてなかった。
そして、俺と渚は数時間ぶりのキスを再び交わしたのだった。
そして数時間後……
「やることないねぇ」
「だなー、なんかこうして何もしてない休日って久しぶりかも」
ここ数週間は引っ越しやら引越しやら引越しやらで忙しかった分、こうして何もしないでダラダラしていること自体が久しぶりだったりする。
「うーん、落ち着かないね」
「その体勢で言われてもな」
いつもと同じように全身を俺に預けて脱力しきって一緒にテレビ見てる渚に俺は苦笑しながら言葉を返した。
「本当の渚のこと知らない人が見たら卒倒もんだよな、この状態」
「外にいる時の私は作り物だからね。陽翔と一緒にいる時の私が本物の私なんだよ?」
「知ってる。才色兼備容姿端麗品行方正文武両道etc……こうも四字熟語が尾ひれに着く女の子がただの甘えん坊なんて思わないだろうさ」
渚について回る四字熟語の群れ。
それを口にすれば渚はその小さな頬をぷくーっと極限まで大きく膨らませていた。
「陽翔にそう言われるのやだ」
「ごめんごめん、でも事実だろ?」
「それでもやだもん、その言葉のどこに“わたし”を見てくれた評価があるの?」
「……そう言われるとなんとも言えないな」
「でしょ?だから、私はわたしを見てくれる人じゃないと仲良くなりたくない……だって、また私を特別な目で見てくるから……」
頬を膨らませていたさっきまでの渚は居なくなって、今度はちょっとネガティブ思考な渚が現れる。
「俺が見てるよ。ちゃんと、風祭渚って女の子をきっちり見てる」
「陽翔が私を見てくれてることなんて疑ってないもん」
「だったら、今はそれでいいよ。渚が心から信用できる人がいてくれること、ずっと見守ってるから」
「もし、いてくれなかったら?」
「その時は俺がいる。俺が死ぬまで渚と一緒にいるって……絶対一人になんてさせないから」
わかってる、こういう発言が渚が依存し始めた原因なのは。
だけど、俺はこういう言い回しをしてしまうことをやめられない。
「えへへ、そっか……それなら安心かも」
だって、渚が幸せそうに笑ってくれるんだから。
渚が幸せそうに笑ってくれるなら俺は何を犠牲にしてもいい。
そして、時計が昼にさしかかろうとして昼食を作ろうと動き出した時に、それは起こった。
「ないね……」
「ないな……」
冷蔵庫の中身がだいぶ空に近づいていたことに気がついたのはちょうど空腹を感じ始めた11:30を過ぎた頃だった。
一瞬、昨日のようにデリバリーを頼むかとも考えたがそれでは芸がないし、何より根本的な解決には全くなっていない。
ここは買い物に行くしかないだろうと立ち上がる
「渚、ちょっと味気ないもしれないけど買い物デートにでも行こうか」
「……っ!?行く!」
ビシッと勢いよく立ち上がって渚は満面の笑みを浮かべた。
「ちょっと待ってて!着替えてくるから!」
そう口にするなり部屋へとダッシュで戻っていった渚を見送り、俺も部屋へと戻って着替え始める。
黒字のシャツの上に白いパーカーを着て、ズボンは少し暗めの紺色のデニムスキニーパンツを穿いてベルトで締める。
パーカーの上に黒色のコーチジャケットを羽織ってとりあえず完成だ。
「買い物デートといっても、渚にとっては立派なデートになるようにしないと……」
そうなれば滅多にしない髪のセットでもするか。
幸い、母さんに持たされたジェムとヘアアイロン、ドライヤーなんかはきっちり化粧台のところに設置済みだ。
「カリスマ美容師の息子の実力……見せてやろうじゃないか」
何度も見てきた髪のセットの工程。
何をどうすればいいかなんて腐るほど見てきたし、耳にタコができるくらい聞かされ続けてきた。
だから絶対に出来る
渚が部屋から出てくる音が聞こえるのと同時に、俺の方も髪のセットが終わった。
これなら少しは渚も恥ずかしがることなく外を歩けるだろうというくらいにはバッチリ決まったと思う。
「陽翔ー?準備できたー?」
「ちょうどできたとこ」
使った道具を元の場所に戻して化粧台のある洗面所から出れば……二人同時に口元を押さえてうずくまった
「可愛過ぎか……」
「かっこよすぎるよ……」
部屋から出てきた渚はやはり少し大人びた様でもあり年齢相応、とも言えるようなファッションだった。
長い髪はローポニーテールで纏められ、黒のネックレス付きのプルオーバーに純白のチュールスカート、足元はシースルーソックスを履いてるため健康的な脹脛がまた彼女の外見的な清楚さに磨きをかけている。まだ風が冷たいこともあるからとこれまた白のカーディガンを羽織っていた。
つまるところ、超絶可愛い。
幼馴染とか彼女とかそういうの抜きにしても骨抜きになってしまうような可愛さの化身が目の前にいた。
だが、いつまでもそうしてるわけにもいかない。
何とか二人とも持ち直して、一緒に玄関を出て鍵をかけたところで気がついた。
今日の俺は暗めの色の中に白を一色入れている。
対する渚は白の中に黒を一色入れていた。
「……なあ、俺と渚の服って今、同じような色の服着てるのに綺麗に色が逆なの気がついた?」
「……ほんとだね。何だかそう言われるとドキドキしてきた」
意識するとどんどん鼓動が早くなってきて落ち着かなくなるが……それでも、今はどのような形であれ恋人になってから初めての二人だけでの外出……いや、デートなんだから
「手、繋いで行こうか」
「う、うん」
普段ならもっと近い距離でもっと大胆な距離感のオレと渚はこの時だけは世の中にいる普通のカップルと同じようにただ手を繋ぐということだけでドキドキしてしまっていた。
やっぱり恋愛ものって言ったらお買い物デートだと思うんですよね、作者は。
やはり十話を超えたのでそろそろやっておかないといけないなという思いもありつつ、でもやっぱり作者がこの二人がどんな形であれイチャついて欲しいだけということに帰結するわけですが……
因みに補足として今回は新海家の両親について紹介をしようと思います。
新海翔真
年齢 39歳
職業 会社経営者
陽翔の父親、全国展開しているアパレルメーカーの経営者でもある。
普段はあまり自宅にはいることは少ないが陽翔や渚のことを溺愛していて何が求められるとすぐに買ってしまう悪癖がある。
妻の陽菜とは幼馴染で20歳で経営が軌道に乗り始めた頃にプロポーズして結婚した。
渚の家の父親である悠人とは高校時代からの親友でもある。
新海陽菜
年齢39歳
職業 美容師
陽翔の母親、陽翔たちの住んでいた街である月鳴市の中では有名なカリスマ美容師。
女性や男性問わず彼女の店には毎日多くの客が押し寄せる。
幼い頃より陽翔は陽菜の職場に連れていかれており、そこで髪に関わる殆どの知識を陽菜から叩き込まれている。
渚の家の母親である沙月とは幼馴染であり、お互いの出産の時も支え合ったママ友でもある。




