一話
俺はきっとどこの誰からみてもなんとも思われないほど普通の人間だと思う。
容姿にしても声にしても成績や運動神経にしてもそうだが、総じて平均というのが俺の個人評価だ。
それは俺の家族や妹、友人達に聞いても変わらないだろう。
きっとこの先も俺の評価は変わらないまま始まったばかりの高校生活を送っていくはずだと、そう思っていた。
「陽翔、おはよう!」
「ああ、おはよう。渚」
たった1人の幼馴染である風祭渚が同じ高校に入学してくるとは思っていなかったからだ。
俺の隣を歩く幼馴染の渚は一言で言えば『美少女』だ。
だが、それ以外のものをつけると才色兼備容姿端麗品行方正文武両道etc…………彼女が高校に上がるまでに得た評価はまだまだあるがそんな完璧美少女が何故俺と同じような公立の高校に入学したのか、今だに理解できない。
「……?なにかあった?」
「いや、なんでもない。それよりもいいのか?俺なんかと一緒にいて」
登校中の他の生徒からの視線が突き刺さってあまりいい心地はしない。
だから、渚に問いかけてみたが当の本人は小さく首を傾げて意味がわからないといった風な顔をする。
「なんで?私が陽翔と一緒にいたらダメな理由なんてなくない?」
「そう、だな。うん、なんでもない」
「今日の陽翔は少し変だね?」
「いや、いつも通りだろ」
「そうかなあ?」
再び首を傾げた渚の髪がふわっと宙に舞う。
腰ほどまである艶のある美しい髪が一瞬宙に舞ってはあたりの生徒達を釘付けにしていた。
「まあ、いっか。陽翔がいつも通りっていうならいつも通りだよね」
「そうそう、今日も俺はいつも通りだよ」
1つ大きめの欠伸を噛み殺して学校の校門を潜り、教室へと向かう。
俺と渚は同じクラスではあるが席はそれなりに離れているからなかなか学校で話す機会はない。
渚と少し離れた席に座れば俺の前の席に座っている友人がいつも通り声をかけてきた。
「うっす、今日も渚さんと登校か?」
「はよ。あの視線にももう慣れたもんだよ」
「贅沢な悩みだろ?あんな完璧美少女の幼馴染と一緒に登校なんて人生のご褒美じゃねえか」
「だったら、湊が1日やってみるか?」
渚の方をチラ見して目の前の友人、湊へと視線を戻して問いかける。
「あー、無理無理。俺じゃ土俵にも上がれねぇわ」
「そんなことないだろ、渚は人見知りとかとは縁のないタイプだから」
「そーいうことじゃねえんだよなあ」
「んだよ。わかりやすく教えてくれって」
湊に少し詰め寄ろうとしたことろで朝のSHRの本鈴が校内に響いて担任の先生が教室へと入ってくる。
湊は俺に向けていた椅子を正面へと戻したのを見て、心の中で舌打ちをしつつSHRでの1日の連絡事項を頭の片隅に残しておくのだった。
淡々と過ぎていく授業を適当にやり過ごして放課後になれば入学したばかりの俺たち新一年は部活動の見学やバイト探しなんかに時間を使うんだろうが、俺はその例に習うことなくそのまま下校して我が家まで向かっていく。
「今日もそのまま帰るの?」
「別に一緒に帰らなくてもいいんだぞ?部活とかやりたいものないわけ?」
「特にないかな。それに、陽翔いないならやっても意味ないし」
「俺なんかがいなくたってなんとかなるだろ。渚のやりたいことをやりたいようにやればいい」
いつもと同じように渚の歩幅に合わせながらゆっくりと家に向かいながらそんな話をする。
昔からずっと一緒だったわけではない。
渚が習い事をするときはもちろん1人で向かっていたし、実際に小学校と中学の九年間はずっとそれで何も問題なかった。
高校に入るのを境にやっていた習い事を全てやめて隣町の公立高校に通うために俺と一緒になって一人暮らしを始めたのは流石に首を傾げざるを得なかった。
この時ばかりは本気で幼馴染の少女の思考が読めなかった。
「私のやりたいように?」
「ああ、そうすればいい」
少し立ち止まった渚に合わせるように俺は一歩先で立ち止まる。
「それなら、何もやらなくていいや」
「なんでそうなったんだ……」
「私は陽翔と一緒に居られればなんでもいいもん」
とても可愛らしい笑顔を俺に向けた渚を見てこの時、俺は少しだけ過去に後悔した。
もう少し、渚と居られる時間を増やせばこんな依存じみたことにならなかったんじゃないかと