表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

7 ぐるりと見回して


 同じ時刻の電車に乗り合わせたにも拘らず、隣駅に到着し、ホームに到着しても透の姿は見かけなかった。人が大勢いたので、見つけられなかったと言う方が正解かもしれない。


 人の波に押されながらエスカレーターに乗り、改札口へと向かう。 


 約束よりも15分早く到着してみたけれど、やっぱり先に来ていたようだ。いつもの様に先輩が改札出口で待っていた。人混みでもすぐ分かる大きな体に向け手を振ろうとして、止まる。

 周囲をチラリと見廻してみた。透らしき人の姿はない。

 一息つき、手をあげる。


 悠真先輩と合流した私は、駅を抜け、目的地へと向かう事にした。

 今日の思惑はさておき、初めての場所ではあるので、私も興味津々で足を運ぶ。


「うわ、広い…!」


 隣駅に新しく出来たこの施設は、複合アミューズメント施設となっていて、映画館やカラオケ、ボウリングやゲームセンター等、沢山の遊び場が1つの敷地内に広がっている。

 ショッピングモールとも繋がっていて、一日たっぷり遊べそうなところだ。規模は小さいが、ちょっとした水族館なんてのも、中に入っていたりする。

 オープンしたばかりのせいか、人で溢れ返っていた。


「どこ行きます?」


 少しワクワクしながら聞いてみたら、おずおずと先輩が提案してきた。


「映画見に行こうか」


 映画?


 映画って最後まで起きていられる自信、ない!

 なぜだろう、2時間座って画面を見ていると、つい、睡魔に襲われちゃうのよね。

 微妙だな~、なんて思う気持ちが顔に出ていたらしく、先輩の表情がかげる。

 慌てて手を振り、肯定した。


「いいですね、見に行きましょ」


 先輩なりに考えてくれたプランだと思うと、否定するのも気が引けた。

 少しでも起きていられるように、コメディーだとありがたいな、なんて思っていたら、先輩の手が伸びて来た。


 手のひらに違和感が走る。


 付き合いだした初日に繋いで以来、私から手を伸ばすことはなかった。

 先輩からも来ることはなかったので、この感覚は久し振りだ。


「人、多いから…」


 照れながら笑いかける先輩に何も言わず、にこりと作り笑いをしてみせた。





 映画が始まって30分。

 私の記憶はここで途切れた。先輩の選んだ映画は恋愛ものだった。せめて1時間は頑張ろう、と思っていたのに半分程しかもたなかったようだ。

 目が覚めると、膝の上に黒の大きなコートが掛けられている。

 先輩のコートだ。


「あ、起きた?」


 私を見て優しげに微笑んでいる。

 途中で寝てしまった私を、起こさずそのまま寝かせてくれたようだ。



『くるみ、起きろよ!』


 あれはいつの頃か。

 透と、初めて一緒に映画を見に行った時も、私はこうしてすぐに眠りに就いてしまった。

 10分くらい経った後、私の異変に気づいた透にペチペチ頬をはたかれる。


『痛いじゃない、透。何するのよ』

『外でよう』

『え、まだ半分も見てないよ?』

『くるみ、退屈なんだろ。他の所行こうよ』


 そう言って、私の腕を掴む透と2人、こそっと抜け出し外に出たっけ。

 あとは何したかな。カラオケ? ボウリング?

 そこはもう覚えていない。けれど、楽しかった時間を過ごした事だけは覚えている…。



「あっ」


 またもや私は、先輩の隣で透の事を思い出していた。

 はっとし、思わず声を漏らす私に、先輩が穏やかに声を掛ける。


「疲れてたのかな、気持ちよさそうに寝ていたよ」

「ごめんなさい、寝ちゃって」

「こっちこそごめん。あまり面白い映画じゃなかった?」

「いえいえ! …それより悠真先輩、私を起こそうと思わなかったんですか?」

「起こしちゃ悪いかなと思って」


 そう言ってにこやかに笑う先輩は、私の事を気遣う優しい人だという事は分かるのだけど、やっぱり何かが違う気がした。

 透といる時のようにしっくり来ない。

 

 もう言っちゃおう。


 本当は、今日一日が終わった後、落ち着いた雰囲気の中改めて別れを切り出そうかと思っていたけれど、これ以上一緒にいても違和感が募るばかりだ。

 

 人が多くて押されそうになりながら、2人で映画館を出る。エスカレーターに乗り、飲食店のあるフロアへ向かう。


 先輩が、フロア案内図のボードを目指している。

 あそこだ、あそこで言おう。

 あの前でいったん立ち止まる。その時に言ってしまおう。


 …先輩は悲しむかな。


 ううん、もう考えるのはやめよう。

 透だって、悲しげな顔をしていた―――



 透……。



 先輩と別れたら、透とまた一緒にいられる。

 一緒に学校行けるし、部屋で一緒に過ごせるし、休日だって遊びに行ける。

 好きだとは、言えるかどうか分からないけれど、取りあえずはまた、元に戻れるはずだ――


『くるみ。明日から一緒に学校行こうか』


 私に透は、ああ言ってくれた。透もきっと、私と一緒にいた頃に戻りたいと思ってくれている、よね…



 案内図の所まで辿り着いた。

 どこで食べる? と言った先輩の声をぼんやり聞きながら、今だよと心の声が私に囁く。

 胸の鼓動が大きくなり、耳に響いてこだまする。


 口を少し開けた。


 言葉にしようとして、その前に少し落ち着こうとして、私は。





 ……私はどうしてこの時、辺りをぐるりと見回したのか。

 


 ふと目に入る喫茶店の窓際には、向かい合わせで座る、透と栞さんの姿が見えた。





 楽しそうに笑い合っている。

 開きかけた私の口が閉じる。



『明日みんなで行くとこ、下見しようかと思って』



 嘘だったんだ。

 栞さんと会うために、透はここまでやってきたんだ。



 栞さんと別れたんじゃなかったの?

 もう一度やり直す事にしたの?


 また……


 透は栞さんの隣に行くの―――?





「くるみちゃん、何食べたい?」


 先輩の声に、はっとなり振り返る。

 優しげな瞳は何も疑わず私を見つめ、(ほころ)んだ口元は呼応しようと私の言葉を待っている。



「ここじゃなくて…ショッピングモールの方で…」





 

 

 その日は結局、私は先輩に何も言えなかった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ