5 見つめあう2人
雲ひとつない青空。気持ちのいい朝。
いつも通り一本早い電車に乗ろうと家を出ると、透がいた。
なんでこの時間にいるの!!
気付かなかった振りをして、スタスタと通り過ぎる。
「くるみ、おはよう!」
渋い顔をする私の隣に、透が笑顔で駆け寄ってきた。
「透。なんで今日はこの時間なのよ」
「くるみと一緒に学校行こうと思ってさ」
「それ、昨日ダメって言ったばかりでしょ?」
「うん、聞いた。でもなんだか、久し振りに一緒に行きたくなったんだよ。少しくらいいいだろ」
「駄目だよー。悠真先輩が見たら、嫌な気持ちにさせちゃうよ」
「嫌がらないかもしれないじゃん。聞いてみよっか、俺」
「や、め、て~~~!!」
そんなの、先輩は絶対嫌なんて言わない。
嫌と思っていたとしても、言わない。恐らくそういう人だ。
透は一体、何を考えてるのだろうか。
栞さんを失った寂しさを、私の隣に戻る事で紛らわそうとしているの?
まあ、半分くらいは何も考えていなさそうだ。
透に喋りかけられながら、電車に乗り込む。
半分無視、半分生返事をしながら窓の外の景色を眺める。
駅に降りる前に、透に言ってやった。
「この先は、先輩もいるから、寄ってきちゃだめだからね! 絶対だよ!」
「はいはい」
いつかのように、不満げな様子で、漸く透が私の側から離れて行った。
…何やってるんだろう、私。
本当は透が好きなのに。
透の側に居たいのに。
どうして振り切らなくちゃいけないんだろう。
栞さんが居たから、諦めようと思っただけなのに。
別れたなんて、じゃあ私、先輩と付き合わなくても良かったんだ。
透の隣に戻れたのに。
また、一緒に過ごせそうだったのに。
悠真先輩の姿が見えた。
改札口の真正面でじっと立っている。もしかしてずっと、待っててくれていたのだろうか。
そういえば、朝一緒に行こうと言ったものの、時間は伝えてなかったな…。
手を振り、先輩の隣へ行った。
先輩はやっぱり、今日も優しい。
でも、好きではない。
嫌いではない、ただそれだけ。
憂鬱な気分で、でも悟られないよう笑顔で学校まで辿り着く。
下駄箱で別れる時、元気ないねと呟かれ、どきりとした。
「おはよう、りーちゃん」
「おはよ、くるみ」
「………」
私、彼氏が出来たの。
報告しようと思っていたはずなのに、言葉が出てこない。
言葉に詰まる私を、りーちゃんは首を傾げ眺めている。
がらりと教室の扉が開いた。
「あ、おはよ、透君。今日はちょっと早いのね」
「おはよ、莉々依。あんまりいい天気だったから目が覚めたんだよ」
拗ねたように透が返事をする。
なんだか機嫌が悪そうだ。
ちらりと透の顔を見た。透も一瞬こちらを見、目が合った瞬間、ぷいと逸らされた。
……あれ?
朝、冷たい事言ったせいかな。
思い返すと私は、透に彼女が出来てからずっと、冷たい言葉ばかり投げかけている。
栞さんに遠慮して。次は悠真先輩に遠慮して。
そうして他人に遠慮して、一番大事な透は甘えて蔑ろにしてばかりだ。
怒ってるのかな。
駅に着くまでの間くらい、仲良くお喋りしていれば良かった。
4人で居る時のように、仲の良いお友達としてなら、一緒にいて良かったのかもしれない。
授業中、透の様子を見るとまた、窓の外を物憂げに眺めている。
栞さんに振られ、私に冷たくされたせいか、透が可哀想な子犬のように萎れている。
元気の無い透の姿を見ていると、ふっと。
透のその、柔らかそうな茶色の髪に触れ、頭を撫でたい、と思ってしまった。
屋上はもう寒い。お昼は先輩と一緒には食べず、暖かい教室の中で食べる事にした。
「あれ、透君、今日はお昼行かないんだ?」
りーちゃんが、意外そうな顔をして透を見た。
栞さんと付き合いだしてからでも、雨の日は私たちと一緒に食べていたのだが、こんなに天気のいい日でここに居たままなのは珍しい。
栞さんとは、本当に終えたようだ。
蒼汰が頬杖をつき、リーちゃんを横目で見る。
「そりゃ12月だし、外寒いだろ」
「今日は天気がいいから、日のあたる場所は暖かいわよ」
透が拗ねたように口を捻らせ、2人をちらりと見た。
「俺、栞さんとは別れたんだよ。だから今日からずっとここだよ」
「マジ? 短い夢だったな。落ち込むなよ透」
「そうなんだ…」
リーちゃんがちらりと私を見た。どきりとして目を逸らす。
「じゃあ、日曜、私たちとお出かけ、行けるようになったの?」
「あ、うん。一度約束破ったんだし、みんなが許してくれるなら…」
「私は別にかまわないわよ、蒼汰もいいわよね」
「ああ、振られて落ち込む透を慰める会しようぜ」
「いつの間にか蒼汰の中では俺が振られた事になってんだな。まあ合ってるけど…」
「当初の予定通り、4人で行きましょ。10時に駅前で待ち合わせね!」
4人でお出掛け!
消えて無くなったと思っていた、透と一緒のお出掛け。
行けるんだ…。
どくん。
心臓がリズムを刻む。
…いいよね?
みんなで行くんだし、私もいいよね?
2人きりじゃないし、いいよね…。
言い訳のように何度も心の中で呟きながら、私は頬を暖めるのだった。
放課後、またもや私はこっそりと校舎の2階に上がり、悠真先輩のいる教室へ向かった。
りーちゃんから先輩を隠すように。
結局私は先輩の事が言えないでいた。何も言わない私を、透は不審に思っているかもしれない。
教室を覗き、私を見つけた先輩に手を振る。
「ちょっと待ってて、すぐ行くから――」
荷物がまだ片付いていなかったようで、机の上のノートをまとめだした。慌てなくてもいいのに、と思いつつ教室の中を眺めていると、見知った顔の人と目が合ってしまった。
栞さん。
相変わらず艶やかで美しい彼女が、なぜか私をじっと見つめている。
どきりとした。
透の彼女だった、栞さん。
どうして私をこんなに見るの?
何故だか目を逸らせず、暫く見つめ合っていると、悠真先輩の声が聞こえ、そこでようやく私達は目を離した。
「ごめん待たせて。おれ、いつも遅くて…」
「大丈夫です、あんまり待っていませんから」
栞さんが私を見つめていた。
2年の教室に来た私が珍しくて、眺めていたのだろうか。
ううん、それとも――
『透の幼なじみの私』を、見ていたのだろうか。
栞さんは透をずっと見ていたと言っていた。
それなら、私の事に気付いていてもおかしくない。
だって、栞さんが現れるまでは、いつもずっと、私は透の側に居たんだ。
透の事を見ていたのなら、私の存在を知らない方がおかしいのだ。
栞さん、どうして私を…。
もしかして、透の事、まだ……。
「……その、よければどうかな?」
「あ、はい!」
はっ。
反射的に返事をしてしまった。
うわ~、考え事してて、まるで聞いてなかったよ…!
「ありがとう、じゃあ土曜の10時に駅前で待ってるよ」
「え……?」
土曜? 10時? それってまさか、デート?
見上げると悠真先輩が照れた様子で私を見つめている。
間違いない、これ、デートの誘い!
「あ、やっぱり駄目だった?」
焦り出す私を見て、先輩が悲しそうに顔を曇らせる。
なんだか可哀想に見えて、慌てて首を振った。
改めて詳細を聞くと、行き先は、透達と行く予定の場所と同じ所だった。