20 おまけ(栞その後)
本日二度目の投稿です。
観覧車の中で。
私は結局、自分の想いを伝え切る事が出来なかった。
ああほんと。自分で自分が嫌になる。
悠真の腕を引き、ゴンドラに乗り込んでやるまでは計画通り。自分で自分を褒めてやりたいくらい鮮やかな手並みで、さすが私と内心ほくそ笑んでいた。
でも、その後がいけなかった。
順を追って話をしようと、まず、こういう形で逢坂さんと別々のゴンドラに乗り込んだ事を謝った。次に、透君の気持ちとこれから彼がやろうとしている事を語る。私達が――私が密かに目論んだものは、悠真と彼女を別れさせるような行為だ。
悠真が押し黙る。
ああきっと怒っているのだ。悠真は、腹を立ててもそれを相手にぶつけない。いつだって、最終的には自分が悪いという事にして、すべてを許してしまうのだ。
「ごめん栞。おれが悪かった」
ほら、やっぱりこうして謝り出す。
「こうなるのも仕方ないと思っているよ。おれがくるみちゃんと付き合えたのも、あの2人を無理矢理別れさせたからなんだしね。やっぱり、この関係は歪だったんだよ。栞にも迷惑掛けちゃったね」
なんで悠真が謝るのよ。意味が分からない。
私が一番いけないのよ?
悠真は渋っていたのに、透君に近づいたのはこの私なんだもの。
「謝らないでよ。私が勝手にあの2人を引き離して、その癖、もう一度あの2人を元に戻そうとしているだけよ。悠真は、私の勝手に振り回されてるだけなのに、謝らなくても良いんだから」
ほんと馬鹿な悠真。首横に振る事ないんだから。
私も私だ。悠真が私を責めないなんて、私は知ってたはずなのに、余計な事を言ってしまった。
ごめんね、なんてただの私の自己満足。いきなり好きとか言い出せない弱い私の、ただの時間稼ぎの言葉に過ぎないのに。
「大好きな彼女を、私のせいで透君に奪われそうなのよ? 私を責めればいいじゃない。どうしていつもいつも悠真は、こんな私を怒ったりしないのよ!」
言いながら、悠真の体をポカポカと叩いてしまっていた。
どうして、私の方が腹立ててるのよ。こんなの逆じゃない。理不尽だわ私。こんな事がしたいんじゃないのに。
あんなにも。悠真の前で見せまいと誓っていた涙が、無情にもぼろぼろと溢れ出す。
気がつくと、叩いていた手を止め悠真の胸にしがみついていた。
もう、自分でもわけが分からない。
「栞………」
悠真が、ぎこちない様子で私の肩に手をかける。
相当困惑させている。それもさっきの比ではないくらい。
だっていつでも、頼るのは悠真で。頼られるのは私で。私の方が強くて。悠真に弱みを見せることなんてなくて。私はいつだって、少し高い所から見下ろすように、軽やかに微笑みながら悠真を見てきたのだ。
こんな風に泣き崩れるどころか、涙なんて、欠片すら見せたりはしなかった。
どうしてこんな事になってんだろ。
告白してやろうと意気込んでいたはずなのに。
もう、泣き声しか出てこない。
「栞のせいじゃないよ」
相変わらず優しい事しか言わないんだから。
「くるみちゃんとは、もう別れているんだよ。栞がこんな事をしなくても、もうとっくに、彼女の心は間宮君に戻っていたんだよ」
最初から、私が透君を彼氏にしなければ良かったんだ。
それなら誰も悲しむ事はなかった。悠真が傷つく事だってなかった。
私の頭を撫でる大きな手は、温かくて。ほっとしてしまったのか、地面に降り立つ前には、私の涙は乾いていた。
悠真には悪いけれど、もう、こうなったら最後まで計画通りに私は動く。
当初の思惑通り、邪魔者は退散させてやる。透君と逢坂さんの2人を残し、私は、戸惑う悠真の手を強引に引き駅へとやって来た。
お互い無言で電車に乗る。
がたんごとん、と揺られている内に、頭の中身が現実に戻って来たようで、ぼそぼそとどうでもいい言葉が口から出始めた。
どこかで食べてから電車乗ればよかったわ、とか。
そういえばお昼まだだったね、とか。
なんだか気が抜けて、ようやくお腹が空いていた事に気がついた。
最寄り駅に着き、馴染んだ光景が私の目の前に広がる。
ここを、悠真と一緒に歩くのは久し振りだな、なんて感慨に浸っていると、悠真が、ゆっくりと口を開いた。
「今日は……ありがとう」
私の耳を疑うような言葉が聞こえてきた。
心の底から怪訝な表情をし、ちらりと悠真の顔を覗き見る。
「………何言ってんの?」
「おれ、今日はもっと、感傷的な気分でこの道を歩いて帰る予定だったんだ」
「………だから何いってんの?」
悠真の言ってる言葉は私の理解の範疇を超える。
私に無理矢理、彼女から引き剥がされるような形で帰されたというのに。どうしてそんなに穏やかな顔をしているのか、本当に解らない。
「なんかさ、だいぶ気持ちの整理をしたとはいえ、失恋のショック、今朝まではそれなりにあったはずなんだけどさ。一気に吹き飛んだよ。さっきの栞が衝撃的過ぎて……」
「………っ!」
悠真の言葉に衝撃を受けた私は、思わずこけそうになった。
ああ危ない。飲み物飲んでいなくて良かった。今口の中に何かあれば確実に吹いていた所だ。
「栞がおれの前で泣くの初めてだよね」
「なあにその、悠真の前以外で泣いてる所見た事あるようなセリフは」
「言うと怒ると思ったから黙っていたけど……1人でこっそり隠れて泣いている所は、何度か見かけたことがあったんだ」
ひいっ。なによそれ。
私いつも、誰も人がいないの確認していたハズなのに。
顔、真っ赤になるじゃない。悠真の癖に。
「おれの前で泣いたりしないのは、やっぱり、おれが頼りないからなんだろうなあ…って思ってたんだよね」
そんなの。私のちっぽけなプライドなんだから。
弱い私なんて、イメージ崩れるじゃない。いつも悠真に頼られる強い私らしくないじゃない。
そんな風に言っちゃって。いつも、悠真は自分が悪い事にしてしまうんだから。
「だから、初めて弱いところ見せてくれたなーって、衝撃が強すぎて、うん。失恋の痛みが薄れたよ。ありがとう栞、なんだか慰めて貰ったみたいだね」
馬鹿な事を口にしながらにこやかに笑い出す。
本当に、頭の中身も馬鹿なんだから。お人よしも度が過ぎるわよ。
「ふん。もっと衝撃的な事言ってあげましょうか?」
私、あなたが好きなんですけど?
きっと涙よりもびびるわよ。固まって動けなくなっちゃうかもね。
半目になり、じとりと見つめると、なぜだか悠真は少し照れている。
「おれの方も、栞がびっくりするような事、言っちゃおうかな」
ふん。私に敵うもんですか。
「おれ実はさ、中学の頃栞が好きだったんだよね」
「―――はあ?」
ちょっと悠真がなに言ってるのかわからない。
私はすっかり固まり動けないでいる。
「絶対無理だと思って、諦めて何も言わす終わったんだけどさ。くるみちゃん見てたら、中学の頃のおれって本当、情けなかったなあと思ってね」
「な…なにもう終わった話してんのよ!」
なによマジなの? 私全く気づかなかったわよ。
なんなの私。悠真に好きな人が出来たらすぐ分かる、なんて、節穴もいいとこじゃない。
思い上がっていた自分が恥ずかしくなってきちゃう。
「ごめんごめん。おれがすっきりしたかったんだよ。こんな事言って栞を困らせてごめんね」
ごめんと言うわりに顔、緩んでるわよ。笑いたいんでしょ。
だって今の私、絶対マヌケな顔してるもの。
悔しい。困らせるのは私の方だったのに。
「謝らなくていいわよ。私だって悠真を困らせるんだから」
私の言葉を信じていないのか、悠真の表情は優しいままだ。
なんだかまともに悠真の顔が見れなくて、そっと目を伏せた。
「私………悠真が好きなんだから……」
か細い声で、私が、ちいさくちいさく呟いた。
よっぽど注意深くないと聞き取れないような音量なのに、悠真の耳にはしっかり届いていたらしい。さっきの私に負けない位、間抜けな顔を見せている。
「―――――へっ?」
それから、私の期待通り悠真は固まってくれた。それも、ものの5分はゆうに。
微動だにしない悠真を見て、妙に満足してしまった私に余裕が戻る。このままじゃ寒い中、道路の真ん中でいつまでも立っている事になりそうなので、悠真の腕を取り、半ば引きずるように家まで連れて帰った。
あんな小さい声、聞かなければ良かったのにね。
「はいはい、いつまでもじっとしてないで歩いてよ。さっさと帰ってお昼食べましょ。お腹空いちゃったわ私」
家に帰り、手っ取り早く、インスタントのラーメンを二人分作る。卵を落とした程度の、超簡単なやつ。
悠真は、相変わらず間の抜けた顔のまま、ぼんやり私を眺めている。
「食べないの? 早くしないとのびるわよ」
無言のまま、やっとラーメンをすすりだした。
お腹が満たされるうちに、ようやく意識がはっきりしてきたのか、悠真が赤面し、うつむき出す。
なにか言いたげに、でも適当な言葉が見つからず、出しては引っ込めを繰り返す。
真面目に悩む必要なんてないのに、馬鹿みたい。私別に、付き合ってくれなんて言ってる訳じゃあないんだから、無理して返事することないのに。
分かってるもの。振られたばかりですぐ次にいける程、悠真が器用じゃない事くらい。
ただね。ただ。
理不尽なのは分かっているけれど、なんだかとっても悔しいので。
しっかりたっぷり。困るといいんだわ。
fin