19 ホワイトクリスマス
「っとに……くるみはやっぱりくるみだな」
「だからごめんてば!」
さっきからずっと、透の機嫌が悪い。
それもこれもみんな、どうやら私が悪いようだ。
ぶちぶちと透が文句を言っている。
すっかり不貞腐れた様子は、まるで子供のようだ。
「あら、喧嘩しているの?」
不機嫌な透と、謝罪する私の姿を交互に眺め、私達の一つ後ろのゴンドラから降りて来た栞さんが綺麗な眉を軽く顰めた。
私の顔が真っ赤に染まる。
観覧車の中で幸せの只中にいた私は、ふと周囲に広がる海に気づき、透と2人、感嘆の声を漏らしていた。
透の頭越しに見える青をうっとりと眺めていると、私の視界に海よりもずっと、すごいものが飛び込んできた。目を見開いてそれをまじまじ見ようとするも、透の顔がやけに寄って来て邪魔をする。
「どいて!!」
思わず手で振り払い、観覧車の端ににじり寄り一つ上のゴンドラをガン見した。
悠真先輩が、栞さんと抱き合っている???
目を凝らしてじっくり観察していると、抱き合うというよりは慰めているようにも見えた。先輩の左手は栞さんの肩に軽く添えられ、もう片方の手で頭を優しく撫でている。
「透? あれ見てよ、あれ。なにあれ。どうなってんの?」
興奮する私と対照的に、透の反応は非常に薄い。私に突き飛ばされて体を打ったのか、憎々しげに睨み付けてくるだけだ。
手荒い事したのは、そりゃ、悪かったけどさ。あんな場面目にしたら、気になっちゃうよ!
目の前の栞さんは、観覧車に乗る前と少しも変わらず、艶やかに含むように私達を眺めている。
2人にいったい、何があったんだろう…。気になるけれど、聞けない。
「いえ、何でもないです……。では…」
曖昧に笑い悠真先輩の隣に行こうとすると、突然、栞さんが私の腕を掴み自分に引き寄せた。
ふわりと、惑わすようないい匂いが漂ってくる。
「嘘。見てたんでしょ」
「え……」
どきりとした私の瞳をじっと見つめた後、手を離し、くすくすと栞さんは笑い出した。
「私はもう帰るわ。透君はあなたに返してあげる。悠真、私を家まで送って頂戴」
「送るって栞……まだ昼間だよ?」
「うるさいわね。昼間が安全だなんて誰が決めたの?」
栞さんが、困惑する先輩の腕を取った。
「じゃあね。仲直りするのよ」
そう言って軽く微笑み、先輩を引き連れながら、栞さんは駅の方へと消えて行った。
「……どうする?」
取り残されて怒りが収まったのか、透がおずおずと言葉を発した。
「そういえば私、透へのクリスマスプレゼントまだ用意していない…」
「俺もだ」
「透もか。それじゃ、これから一緒に見にいく?」
「そうしよっか。今年は……一緒に選ぼうか」
くすぐったい気持ちを抱え、手を取り2人、クリスマスソングの流れる方へと足を向ける。
透の隣を歩くのは、最高に居心地が良かった。
駅を降り通りを抜け、自宅へと向かう。19時前にも拘らず辺りはもうすっかり暗い。
あの後、色々探し回った結果、2人でペアマグカップを買って帰る事にした。アクセサリーショップで見かけたネックレスがちらりと脳裏をよぎったけれど、5桁の出費は流石に高校生には無茶過ぎる。そっと、心の奥にしまっておくことにした。
マグカップの片方を私が買い、片方を透が買う。交換する事にまるで意味はないのだけれど、儀式のようにお互い、渡し合いをして、それでも頬が緩む。
街灯の途切れる中、家までの道のりを2人、手を繋ぎながら歩く。
寒い冬に透の手は温かい。手袋をしていなくて良かった――と、昼間の温かさに少し感謝した。
「今年も雪降らなかったね」
乾燥した空気が頬に当たる。
夜になりようやく冷えだしたものの、今日は一日ずっと晴天で、何かが降り出すような気配はまるでない。
残念そうに呟く私の横で、透が何かに気づいたように立ち止まった。
「ホワイトクリスマスだよ、くるみ」
突然の言葉に、驚いて横を歩く透を見た。透は、いたずらっ子のように、にんまりと笑っている。
「雪どころか雨さえ降ってないけど?」
「そんな事言わずにさ。ちょっと見上げてみなよ」
「え――、え? これって……」
言われるがまま首を傾け上を向くと、空には、一面の星空が広がっていた。
暗い空に映えるように星が瞬いている。
「たくさん星が見える……。すごく綺麗だね」
「今日は、天気が良くて雲がないから、普段よりずっと多くの星が見えるよね」
でさ、と、透が軽く息をついた。
「まるで、空に雪が降っているみたいだろ?」
まるで雪が舞い降りるように。
透が見せたふわりと優しい微笑みに、どきりとした。
「透ってロマンチストだったの?」
「なっ…。くるみが雪降って欲しそうにしてたからだな…」
ドキリとさせられた仕返しのように混ぜっ返して答えてみたら、透が照れながらむくれだす。その様子がなんだか可愛くて、くすりと笑い再び空を眺めてみた。
言われて見上げれば、私の目に写る白い輝きが、なんだか雪のようにも見えてくる。
「ううん、素敵。雪に見えるよ」
こうやっていつも。
私の気持ちを、透は掬い取ってくれるんだ。
雪というには正直、まばらなのだけれど。
足りないものを埋めるように想像してみると、うん。すっかり、素敵なホワイトクリスマスの出来上がり。
そのまま、しばらく首が痛くなるほどじっと見つめていたら、焦れたような透の声が聞こえてきた。
「……まだ見てるの?」
「うーん。流れ星見えないかなって…。本当に雪が降ってるみたいじゃない?」
「ふうん……」
くるみこそロマンチストだな、なんて笑われるかと思っていたら、透の指が私の上げられた顎にしっかりと当てられだした。
「透?」
見上げた私の視界には、いつの間にか星ではなく透の顔が映っている。
色素の薄い瞳がまるで星の代わりみたい、なんてどうでもいい事をぼんやり考えていたら、そのまま私の唇に、透の唇が降って来た。
「流れ星っぽかった?」
「……白くないし」
「赤い星だってあるだろ」
「それ、雪の色じゃないし……」
真っ赤になって照れる私を、今度は透がクスクスと笑う。
平然としている透に、なんだか悔しくなってきた。
「てか、それ、癖なの?」
「なにが?」
「その指……」
「ん、あー…支えがあった方が、ちゃんと狙い通りに当たるかなって…。仕方ないだろ、よく分からないんだよ。俺だって初めてなんだからさ」
そう言って、やっと頬を染めた透を見て、なんだか可笑しくなってしまった。
「透って意外と慎重なんだ。ズレないでしょそんなのー」
「笑うなよ。そんなに言うならくるみもやってみなよ」
「よおし…」
意気込んで背伸びし、透の形のよい口元を狙ってみる。
「えいっ!」
さっ、と透が避けた。
「ほら、当たんない」
「ずるっ。避けちゃ駄目じゃない」
「じゃあ、じっとしていようか?」
「ちょっ!」
精一杯の背伸びをした私を嘲笑うかのように、透までもが背伸びをしだす。
こうなるともう、どうなっても私の背丈じゃ届かない。
女の子からキスをするのに丁度いい身長差は12センチと言われているんだぞ。背伸びして丁度届く差がそのくらいなんだから、つまり。
「私と透、20センチ以上離れているんだから、物理的に無理だよ――!」
諦めた私は背伸びを止め、透を睨み付けた。
透は、私を見下ろし不敵に笑っている。なんて言い返してやろうかと思い巡らせていたら、不意に口づけられた。
「っっっ!!」
「くるみの言うとおり、フリーでも当たるもんだね」
そう言って、少し照れながら無邪気に笑う透を見て。
また私は。くすり、と笑い出してしまうのだった。