14 海の見える場所で
クリスマスの朝がやってきた。
窓を開けると空気はやはり穏やかで、雲一つない青空が広がっている。
これは、今年も雪なしクリスマス確定のようだ。
支度をして家を出る。今日は、いつものくるみスタイル。
ベージュのショートダッフルを着て、チョコレート色のミニスカートを履く。足元は、編上げのショートブーツ。隙間をタイツが埋めている。
……うん、透にいつも馬鹿にされる、お子様スタイルだ!
さすがクリスマス。普段なら混み合わない時間帯にも拘らず、人で溢れ返っている。
今日は電車の中で待ち合わせ。先頭車両に乗り込むと、すぐに先輩の頭を発見した。こういう時、背が高いと便利だ。
反対側の出入口付近に立っている。人の隙間をすり抜け近づくと、朗らかに挨拶してくれた。
「おはよう! くるみちゃん、可愛いね」
「おはようございます! 高校生に見えないってよく言われます!」
「おれもよく言われるよ」
お互い笑い合ったけど、先輩の高校生に見えないっていうのは100%、私と真逆の意味だ。
背が高いせいか、ロングコートの威圧感が凄く、ぱっと見、社会人のように見えちゃう。
傍目には、まるで大人と子どもってかんじ!?
「くるみちゃん、今日は来てくれてありがとう…。ごめんね、つきあわせちゃって」
「いえいえ、約束は守りますよ。それに私も、ついでにちょっと、先輩を頼ろうかと」
「ん? なに?」
「クリスマスプレゼント選びです!」
ニヤリと笑う私を見、先輩が苦笑した。
「ははあ……くるみちゃん、それって……」
「男の人へのプレゼントって、何渡していいのか良く分からないんですよね」
「中々、残酷な事言うねえ」
「いいんです。だって先輩とは友達ですから」
苦笑いをしながらも先輩の様子は明るい。
屋上でさよならを告げた時のような湿り気を今は感じない。
「でも、おれの意見は参考にならないかも……」
「そうなの?」
「センスないんだ。昔、栞にプレゼント渡したら、こんな趣味の悪いものいらない、ってばっさり言われちゃってさ」
「ん。んー…それは…栞さんが言い過ぎなだけじゃあ…」
「突き返されたプレゼントを友達に見せたら、納得されたんだよ」
「一体、何渡したんですか…」
不思議。
付き合っていた時よりも今の方が、先輩と楽しく会話が出来る。
後ろめたさがないせいかな?
透の事をはっきり伝えた今、私は遠慮せず伸び伸び先輩と話す事が出来る。
気のせいか、今日は先輩も、私に対するぎこちなさが薄い。今までで一番、今日の先輩が柔らかい。
電車が到着し、人が雪崩のように一斉にホームへ降り立ち、私と先輩の間に沢山の人が割り込んできた。
うわ、はぐれちゃう?
一瞬不安になったものの、すぐに杞憂だったと悟る。
背の高い人は、隠れないのです!
逆に向こうはこちらが見えないらしい。動揺した様子で辺りを見回している。
くすりと笑い、先輩に近寄り、コートの袖口を引っ張った。
「背が高いといい目印になりますね~」
「あ、よかったくるみちゃん。焦ったよ…ごめんね、ちゃんと見てあげられなくて」
「いえいえ。私はよーく解りました。先輩は迷子になれません」
たたん、と階段を駆け下りる。
改札を抜けると、コンコースが広がっている。中央の大時計の横に、大きなクリスマスツリー。
両サイドの建物にはモールが飾られていて、辺りにはクリスマスソングが流れている。
心躍っちゃうよこれ!
ムズムズしながらコンコースの先を目指し、くるくると駆けていく。建物が途切れた先には公園が広がり、背景に一面の海が見えた。横手に、海を見渡せるように作られたのだろう、大きな観覧車がゆるりと回っている。
「うっわー、海だよ、海っ」
透と…来たかったなあ…。
潮風に当たりしんみりとしている内に、悠真先輩と一緒に来ていた事をようやく思い出し、振り返った。
焦った様子でこちらに駆けつける先輩の姿が見える。
「ごめんなさい…。つい、浮かれて走り出しちゃって…」
「焦ったよ、いきなりいなくなるから…。でも、良い眺めだね、ここ」
「ですよね、海が綺麗」
「間宮君と来たかった?」
「ええ! どーして分かったの?」
「顔に書いてるよ」
思わず顔をペタペタ触り、それから、私を見てくすりと笑う先輩に気づく。
「嘘。…好きな人と来たいよね、こういうとこは」
少し切なそうな表情をされ、どきりとした。
「………ごめんなさい。私ちょっと浮かれてました」
先輩はまだ私を想い続けているのだろうか。
朝から、好き勝手言い散らしていた事を思い出し、急に申し訳ない気持ちになった。
しょげていた私の頭に、先輩が、ポンポンと軽く手を当てる。
「気にしないで。今日の元気いっぱいのくるみちゃんの方が、おれも楽しいから」
私も。
自分を誤魔化していない私の方が、先輩と一緒に居るのが楽しい。
今思えば私はとても窮屈だったのだ。
先輩の方を無理矢理向こうとして、とても狭苦しい気分になっていたのだ。
再びコンコースをお店の立ち並ぶ方面へ戻り、華やかな店の雰囲気につられ、あちこち見て回る。沢山のお店が並んでいるにも拘らず、男性向けの品物が置いてある店は意外に少なくて、苦笑する。
透に渡す物を選んでいる筈が、つい、女の子向けの店ばかり立ち入ってしまう。
目的地以外も見ちゃうよね。
目の保養、したいよね。
クリスマスらしく、アクセサリーショップにはいくつかのカップルが仲良くショーケースを眺めていた。素敵だけど、高校生の財布には厳しいお値段だ。
買えないアクセサリーをひたすら眺めて心を潤す。こういうものは、愛でるだけでも楽しめるのだ。
先輩は、文句も言わず私の後をついて来る。
眺めているうちに、トルソに掛けられたペアネックレスが目にとまった。羽をアレンジした可愛いハート型。
こういうの、いいなあ……。
「プレゼント、これにするの?」
うっとりしながら眺めていたら、先輩がひょっこり顔を出した。
「いえいえ。こういうのはカップルで持つものなんで…。彼女でもないのに、こんなの渡したら困らせちゃう…」
「くるみちゃん……」
先輩が、何かを言いかけて止まる。
ネックレスをしばらくじっと見つめ、それから軽く息を吐き、少し笑って私の方を向いた。
「くるみちゃん。おれ、栞に聞いてみたんだ」
――え?
「ごめんね。おれ、一緒にクリスマス過ごしてくれだなんて、未練がましい事言っちゃったなあ、ってあの後少し後悔したんだ。くるみちゃんはおれにちゃんと思いを伝えてくれたのに、あの日はまだ、割り切れなくてあんな事言って…」
「いえっ、私もあの別れよう発言は、突然だったなあとは思ってるんで……」
焦る私を優しく見つめ、先輩が言葉を紡ぐ。
「大丈夫、だいぶ心の整理も出来たから。ちゃんと、今日楽しんで最後にしようと思ってるよ」
先輩の表情はにこやかで、それを見て安堵する自分は狡いとつくづく感じる。私は透を諦めきれず先輩を振り切ったのに、先輩には諦めて貰えてほっとしているのだ。
「でさ。くるみちゃんの事、すっぱり諦める為にも、はっきりさせようと思って、栞に聞いてみたんだ」
それって。中庭で見かけた、あの時の―――?
「栞と――間宮君の事を」
ドクン、と、心臓が跳ねた。
不意に、栞さんの艶やかな姿を思い出し。私の心臓はざわざわ、騒ぎ出すのだった。