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第43章 未来を夢見て (最後の時系列)


 メガテック本社ビルの事件から数日後の事。


 アラン達はオーディンに連れられチトセと出会った。そのきっかけはオーディンがロバートから与えられたエルダの記憶から。与えられたと言っても上書きのように植え付けられたのではなく、アルバムと日記を置かれたような感覚で。


 ロバートに書き換えられたことでオーディンとしての至上目標は消え、またオーディンがシステム内に捨て置いていたデータから、かつてエルダが「チトセに友達が出来れば」と考えた事が思い起こされて、オーディンは居ても立ってもいられなくなって彼らをチトセに逢わせたのだ。


 チトセは二体目のエルダに目を丸くしていたものだが、エルダ(オーディン)とエルダは別の個体としてみんなに認識された。オーディンの方には今は別の名前が与えられていて、その由来を知ったチトセやエルダは素敵だと思ったようだ。


 それからチトセの病状は数日で快方へ向かっていく。サイバネティクス情報から解析された対象の状態、行動、食べたものに寝た時間、動きから出る体の反応に痛覚の表れ方、遺伝子情報。


 それらのが組み合わされた後に分析されたデータには悪いところがどう悪いのかという情報を始め、それに有効に作用する薬の成分やどこをどう改善することで症状が良くなるかなどの情報がかなりの正確さで全て表記されていた。


 世界から病気という言葉を抹消する……これこそが元々ルーデンが作っていたオモイカネシステムのひとつの在り方だったのだ。


 チトセには良い時期だっただろう、消えたエルダが二人も戻ってきて、病気も良くなる兆しが見え、友達も出来て。ただ一つ、父親が帰ってこない事を除けば。


 退院したチトセは晩御飯を毎日「喫茶M1-Ka.d-0」でとっていた。絶品カレーに飽きることはなかったが、何よりも嬉しいのは。


「バイトさん、今日のご飯はなんですかー?」


 ミカドに勤めている”バイト”がチトセのために工夫した特別料理を振る舞ってくれることにある。


「もうチトセ。なんであなたまでバイトさんって呼ぶの?」


 呼ばれた方はやや不服そうに言い返している。


「だってここではみんなそう呼んでるでしょ?」


「むー。じゃあ少々お待ちを、お客様っ」


 ”バイト”は少し前から入り始めた新人だったが、マスターから自由な料理をすることを許されていた。信用されていたこともあるし、彼女らの親と深い馴染みがあった事から小さな親心を芽生えさせている事もあるだろう。


「はいチトセ、出来たよ、じゃじゃん、ビーフストロガノフ~」


 と、不服そうだった様子もチトセが料理を心待ちにしている様子を見て忘れてしまったようだ。バイトことエルダは自信満々に作った料理を差し出して、そのたまらない香りにはしゃぐチトセがお礼を言う。


「うわぁ美味しそう! ありがとうエルダ! いただきます!」


 この店でバイトをしているエルダのまかない料理をチトセが半分ほど食べた頃。ドアベルをカランと鳴らして一人の客が入ってきた。


「相変わらずここはいい匂いだな……」―――

 


―――「やってくれ、ジョン」


 それはあの日、システム・オーディンにエルダを仕掛けたことでジョンにルーデンの拿捕、殺害命令が下され、ジョンがルーデンを捕らえた日の事。


 ルーデンは自身の死によってメガテックカンザキに打撃を与えるべく首を差し出していた。だがジョンは首を横に振る。


「……いや、お前は生かしておく」


 何故だと尋ねるルーデンだったが、ジョンは何も言わずに一人でどこかへ行き、ガラスを割ったような音を響かせた後数分で戻ってくると、いくつか抱えていた荷物を広げてなにかの準備を始めた。


「俺のサイバネティクスは知識だけで完璧に動作することが出来る。ルーデン、腕と足、片方無くすならどっちが良い?」


「だめだジョン。工作しようときっとバレる……」


「バレるものか。俺の仕事の完遂率は百パーセントだぞ。お前との接点も今の今まで無かったんだ。通常であれば生かす理由がない。土産も持っていく。どっちだ?腕か足なら?」


「……うで……いやだめだ、娘を危険に晒すような事になったら私は……」


「娘か……いいかルーデン、俺はいつかきっと何かの形でメガテックに決着をつける。それまでこの街へは戻るな。目覚めたら賢く行動しろ。いいな」


 そう言ってジョンは一方的にルーデンに毒を注射した。かつて毒殺に使った注射だが、適量を流し込めば強い麻酔となる。ルーデンは直ちに気を失った。


 そしてジョンは自身に保存された医療マニュアルに従って最も被害なくルーデンの片足を切断した。ルーデン側はキレイに切断し、即座に消毒と縫合で治療した。麻酔の効果もあってルーデンにはそこらの外科手術よりも精度の高い治療が施され、出血も極力抑えることが出来た。


 殺人サイボーグだったはずのジョンが、そのスペックを最大限に活かし、この日初めて人を助けるための行動を取ったのだ。


 切断した方の足は切り口を雑に損傷させた。”殺した脚”だ、あまり整っているべきではない。


 それからルーデンをAIタクシーに乗せ、機械化開拓の少ない田舎地区のサシオウギへ送らせた。料金は自身の使っていなかった報酬分の電子マネーから払い、更にルーデンのポケットに持たせた電子端末にいくらかを移して当面の生活が出来る程度には支援した。


 ルーデンはあの時、もしも落とすなら腕だと考えていた。腕がなくなればきっと研究をしなくなるし、自分の開発したものが恐ろしいことをすることもないだろうと。


 だがジョンはルーデンのある一言を聞いた時から腕を奪わないことに決めていた。―――



―――「パパ……? パパだー!」


「ルーデン! 今までどこにいたんですか!」


 飛び込む二人の娘たち。ルーデンは「すまなかったね」と二人の頭を撫でている。マスターも嬉しそうに「おい久しぶりだな!」と出迎えるが、杖をついている姿を見て表情を変える。


「お前、どうしたんだその足……」


 ルーデンを前にした三人がその変わりすぎた体の様子に表情を強張らせていたが、ルーデンは暗い表情を作らず、むしろほとんど気にしていないようだった。足は無くとも前へは進んでいる。


「いろいろあってな。何、いずれサイバネティクスを適応するさ。それよりも……」


 ルーデンは改めて二人の娘を見据える。


「本当に苦労をかけたね。ただいま二人共……」


 ジョンに残された優しい両腕は何よりも大事な二人を力いっぱい抱きしめるのだった。

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