第36章 終局 (時系列-38)
秘密組織、叢雲機関。
最も機関の名前は仮のもので、単に叢雲という名の老婦人が指揮を取っていることと、語呂の良さからそう呼んでいる。呼んでいるのもメンバーの数人だけであるが。
彼らはこれまでに集めた情報からメガテックカンザキへの潜入作戦を展開していた。
既に事件の黒幕には見当がついている状態であり、彼らは叢雲の後ろ盾により物証を”奪い取る”事を許可されている。
少佐とコンラッドがメガテック地下のシステム・オーディンの置かれた広い空間の上壁に張り付いていた。
地上には十数体のアンドロイド歩兵と、下方をサーチ機能で探っている数機のドローンがランダムなコースを巡回しているのだが、通気口から入ってきたため壁面の遥か上に潜む二人はまだ何にも見つかっていない。
「少佐。アサシン、ジョン・ドゥを発見。こっちがアタリましたか。更に我々の視界外に誰かいるようです。ジョンがなにか喋っています。イマイマシイ、ソノナテヨブナ、コレハオオティンタ……」
コンラッドは高倍率ズームを掛けて暗殺者ジョンの口元を読唇術で発言を読んでいる。
「誰だ? 我々以外に侵入者だと? このアンドロイド歩兵達の展開もそのせいか……」
「まずいです、対象が射撃体勢を取りました。誰にせよ守るべきでは?」
「仕方ない、派手に行くぞ!」
コンラッドが先に降り立つと地上にいたアンドロイドの最も近かったモノに数発射撃し無力化する。彼のガントレットから接続された弾丸は発射時に極小の音で、しかも環境に溶けやすい「シュバッ」という空気音と火薬銃よりも少し多めの煙しか発しない。
少佐は地上に下りながら銃と連動するバイザー型サイバネティクスで目標をロックし、自由落下の中で熱線のライフルを放った。高温のラインがジョンのボディを焼く。
しかし通常のアンドロイド相手なら熱暴走で破壊出来るほどの熱線にも関わらず、ジョンのボディは人造強化皮膚組織に火傷と衝撃を受けた程度で平然としている。
ジョンのボディは少佐らを確認すると近くにいたアンドロイドたちを一斉に少佐らに向かわせた。
「来るぞ!」
迫るアンドロイド歩兵に対し、踊るように射線を作り出して一体ずつ的確に射撃をする少佐だが、サポート役のコンラッドの反応が送れていることに気づく。
「どうしたコンラッド!」
「……少佐、やつはカンザキです。ジョン、ロバート……なるほど」
唐突にそんな話を始めるコンラッド。少佐は射撃をしながら何があったと声をあげる。ジョンのボディはコンピューターの影に隠れながら少佐の射撃を掻い潜って近づいてきている。
「あの巨大システムからジョン、いやロバートが私に向かって情報を放流しています。彼からこの状況についてが教えられています。カンザキがあのサイボーグ体を操っている」
「ロバート! ……情報通りということだな! あとはT・グースか……!」
T・グースは同じメガテック社に潜入しているのだが、地下へ向かった少佐達とは別に単身で上へ向かっていた。この施設内には通常通信や暗号通信を妨害する電波が発信されていてメガテック専用の通信ユニットが無いと通信が出来ないため、お互いの状況を知ることは出来ない。T・グースの任務の一つはそれの解除にある。
エレベーター上から次々と送り込まれてくるアンドロイド歩兵達を相手にしながら、ついに接敵したジョンのボディ、すなわちカンザキが少佐に直接攻撃をしかけた。純粋なサイバネティクスによる力比べでは強化サイボーグを行使しているカンザキに分があり、一撃を受けた少佐の左腕がひね曲がってしまうほどの威力だ。
少佐の左腕は先日の戦いでも破壊されており、今使っているものは頑丈さを重視する代わりに器用な事が出来ない三つ指の工作用特殊腕のサイバネティクスだ。軍から横流しされたものを使っていたが、カンザキはそれすら突破するほどの威力を持っている。
だが能力差について、スピードはその限りではない。常に小さなタイムラグを負う遠隔操作のカンザキでは少佐の鋭いサマーソルトを躱すことは出来なかった。ジョンに搭載されているロバートの脳も震えるほど強い、普通の人間ならノックアウトされる一撃もカンザキは強制的にサイバネティクスそのものを使っているためまるで無傷のように立っていた。
「少佐、どんどん数が増えてきます。残弾72%、このままじゃまずい!」
敵性アンドロイドを捌きながらコンラッドが撤退を含めて状況を再検討することを提案している。
「ふはは、そうか、お前たちが噂の”部隊”か……お前たちの首は良い土産になるだろうな!」
ジョンのボディは少佐の鋭い連続蹴り、そこからの熱線弾のコンビネーション攻撃にもほとんどダメージが無いように振る舞っている。
「だが蓄積はしているはずだ……!」少佐は奥歯を噛み締めながら常に周りのアンドロイドの動向を気につつカンザキとの決闘に臨んでいる。
次に少佐が攻撃を仕掛けた時、まるで見切っていたかのように反撃をするカンザキ。本来タイムラグの中で先行して行動することは不可能であるが、ジョンの電脳を使った解析によって少佐が攻撃を繰り出してくるまでの動作感覚とタイムラグを計算したタイミングでモーションすることでまるで先読みのような攻撃を放ったのだ。
少佐はもろにハイキックを受けたことで近くにいた他の敵アンドロイド歩兵に叩きつけられるまで吹き飛んだ。サイバネティクスで強化された肋骨によって肺などの器官は守られたが、かなりの鈍痛が少佐を襲い、呻いた。
「このタイムラグにも慣れてきた。お前たちは公式には存在しない部隊なのだろう? では全てを片付けて、私は本来の仕事に戻らせてもらおうか」
カンザキは後方を一瞥する。先程話していた誰かを探しているのだろうということを少佐は直ぐに察した。
「今までにいくつもの”組織”が君たちに潰されたと聞く。だがココにいるのは人類最強のサイボーグだ。いつも通りにはいかんぞ」
のそのそと少佐の方へ迫ってくるカンザキ。少佐はゆっくり立ち上がった時、小さな違和感に気づいた。さっき自分が叩きつけられた敵のアンドロイド歩兵が消えている。
自分を攻撃せずにどこかへ行ってしまったのか?後ろを見るとそのアンドロイドの頭部らしき部分が立ち並ぶコンピューターの上から見えていて、どこかへひょこひょこと歩いていくのが見えた。こんなところでバグでも起きたか? 「なんだ……?」と呟く少佐は、何かもう一つ違和感を持ったが自分でも把握出来ていない。でも何かを……”持っていかれた?”考える間もなく視線を外していたカンザキの声がする。
「よそ見をしている場合か!」
カンザキはジョンのボディを走らせ少佐に迫った。構える少佐は一度下がって攻撃を躱し、即座に攻撃へ移る。だがそれを読んでいたかのようにカンザキは再び解析攻撃で先手を取った。はずだった。
「タイムラグがあると教えてくれればな」
少佐は眼光を鋭く光らせながらそう言ってカンザキの攻撃を更に躱し、その瞬間に足をジョンボディの首に巻き付け、ひねりを加えながら地面に叩きつけた。カウンターをしてくるとわかった上でのカウンター、後の先というところか。
サブミッションホールドを決める少佐だが、あまりにも強度の高いサイボーグには固めるだけで精一杯であり、それもじわじわと巻き返されている。一体どれだけの力を出せるほどのサイバネティクスがジョンのボディには導入されているのか。
少しずつ、確実に少佐のサブミッションは解かれようとしている。せめて少佐の片腕が破壊されていなければ拮抗状態には出来たかも知れない。少佐は既に次の行動を考え始めていた。どうすればこの状況を打開できるのか。別行動中のT・グースが任務を達成するまでなんとか耐えるしか無いのか。
そう考えているうちにジョンのボディの後方、少佐だけが見える位置に一体のアンドロイドが立っていた。先程おかしな動きをしていたモノと同一の個体であろう。それはゆっくりと片腕を前に出すとその手に何かを持っている。
それはリボルバーだった。少佐が拝借していたロバートのリボルバー。そのアンドロイドは先程少佐がぶつかった時に腰からこのリボルバーを抜き取っていたのだ。
「……ロバート……?」
まさに。彼の意思がそのアンドロイドにはロードされている。
そこでいよいよホールドを解かれ、床に打ち付けられる少佐。少佐を踏みつけてトドメをさそうとするカンザキは足を上げる。つまり地に立つ軸は片脚一本になった。そうなれば頭の動きは制限される。まるでその瞬間を待っていたかのように背後に立つロバートの意志を宿したアンドロイドが精密な一射を放った。ジョンのボディは後頭部を撃たれて衝撃を起こす。
だが貫通には至らない。何事かとジョンのボディが足を下げて後ろを見た。そして二射目。いつかロバートが焼かれた目は、どちらの目だったか。
リボルバーから放たれた実体弾はサイボーグのパーツの中では比較的柔らかい眼球サイバネティクスを貫通し、そのままジョンとしての電脳とかつてロバートが持っていた脳の小さな残りを焼き断った。最後に保存されていたいつかの怒りもこれでようやく消えただろう。
こうしてジョンのボディは電脳による信号の受信が不可能になってその場に倒れた。そしてロバートの残滓が入ったアンドロイドも、自分のリボルバーをじっと見た後に消えたようだ、バタンと倒れて動かなくなった。
やがて戦闘状態にあったアンドロイドが停止し、通信が届いた。
「少佐、対象を発見し拘束が完了しました。脳波伝達装置のようなものをつけていましたが、そちらは大丈夫でしたか?」
T・グースだ。通信を制御する端末の制限を解除したのだろう。少佐は一息だけ大きく呼吸すると通信に応える。
「あぁ……カンザキは死んでないだろうな?」
「えぇ、鼻血をしこたま流して気絶してるだけで、しっかり生きてます」
少佐が一言よくやったと労ってからT・グースの通信を切ったのを確認したコンラッドが「この部屋にいるであろう人物はどうしますか?」と尋ねた。
「じき警察が来るはずだ……政府の人間に我々が見られるわけにも行かない。そいつらが私の事を説明したところで警察も信じないだろう。コンラッドは制御室へ行ってジョン、いやロバートか。彼とのパスを開いてこい。それが終わり次第撤収だ」




