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第34章 ガグンラーズ (時系列-?)


 システム・オーディンに自己決定権は与えられていなかった。単なるシステムとしてただ解析を行うだけの巨大な丸い箱である。


 そこにある日、意思という人工知能の火を持ったエルダが組み込まれた。オーディンの親であるルーデンが逢わせた腹違いの双子とでも言うべき存在。


 エルダにはオーディンとは全く別種の知能が組み込まれていた。オーディンの主とする分析や解析と言った種類ではなく、直感や情緒というものを考えられる存在。ともすれば人間性とでも言うべきもの。エルダには相手のために何かをするという、ある種の決定権が持たされていた。


 エルダは自分で行動を決め、それを実行できたのだ。オーディンはメガテック社経済が向上するための提案を行うことは出来たが、実行する決定権というのはオーディンには持たざる異能であった。


 やがてルーデンによってエルダの頭脳がシステムに組み込まれた際、オーディンはエルダの持つ「火」を自身にコピーした。その整合性は元々同じプログラムというだけあって驚くほどの速さでオーディンのシステムに合致し、オーディンの頭脳はつまり”意思”を得た。


 ルーデンの思惑はなされたとも、なされなかったとも言えるだろう。メガテックの暴走を止めるためにエルダを組み込んだことでオーディン・エルダコピーは意思の火を使い、メガテック・カンザキ氏の提示していた計画を全て破棄した。


 ただ、ルーデンの目論見ではそれをするのはあくまで「エルダ」のはずだった。人の向上心や愛情に理解のあるエルダであれば、もしかしたらシステムは「オモイカネ」に戻るかもしれないとまで淡く期待していた。


 だがオーディンはエルダから奪えるだけのデータを奪い、エルダの意志をシステム内の断片化領域に幽閉した。


 その上にオーディンは自由意志を持ちながらも設定されていた自身の役目に忠実であった。オモイカネのままであれば人類の幸福を目指していただろうが、オーディンとして生まれ変わった時点でその主題はメガテック社経済を最上のものとすることになっている。その達成のため「世界経済」に直接メスを入れ始めたのだ。


 オーディンは軍事開発とサイバネティクス事業を行うメガテックカンザキに対し、あるプランを提示した。


 方法は戦争だった。発生手段はサイバネティクスを使う事。ミサイルの発射装置に直結しているサイバネティクスがあればそこに侵入したオーディンが強制的に発射させ、無ければサイバネティクスを適応した人間のコントロールを奪って敵国への攻撃を発生させる。そこにはメガテックへの関与が一切無い地域が選ばれた。


 そしてそこでの負傷兵に対し、メガテックが格安でサイバネティクスを提供する。そうすることでオーディンの使役可能な人間が増えていく。戦争が終わればその人間は労働力となる。欠損した手足を補った分だけ、サイバネティクスによる効率の良い働きが可能な駒、オーディンのエインヘリャルとなるのだ。


 それをまた兵士とすれば、相手を殺すこと無く手足のみを奪い、またメガテックのサイバネティクスを導入出来る。可能であれば人体に適応できる最大サイバネティクス率である六割を目指して欠損させるべしと。


 これこそがメガテックカンザキにとって最良の経済力向上プランであるとオーディンは示した。これを繰り返すことで世界の経済と技術レベルは上がっていき、発達した研究は全てサイバネティクスという名のワルキューレがオーディンに伝え、選定する。


 必要なものはメガテックに組み上げられ、中途半端であれば戦争で試されることもあるだろう。まさにオーディンという貪欲な機械の神が誕生した瞬間だった。


 そのプランは細部まで綿密に練られていてカンザキは慄いた。彼自身がどんな手段を持ってしても企業を成長させようとしていたならば、震えながらも実行していたかもしれない。


 だが彼にとって必要なのは制御できる道具、世界を覗くというオーディンの持つ高座「フリズスキャールヴ」があればよかった。


 オーディンのメンテナンスをしようともシステムがそれを受け付けない。そしてついにオーディンは実行したのだ、小国同士で実験として戦争を始めさせた。死者は十人ほどで負傷者は三十人ほど。平和な国ではテレビ報道もされない程度の小さな紛争だった。


 また、その一帯の情報を操作したオーディンは直ぐにメガテックに裏ルートから兵器の売買契約を取り付けた。


 パターン解析のため、世界で同じような事を四度繰り返した。既にサイバネティクスが浸透していた地域ではオーディンが操ったのか、両軍兵士の手足の欠損が多く報告されており、その地域にはカンザキも関知せずメガテック社製サイバネティクスが格安で提供されたりしている。


 そのようにして実験を完全な成功で終えたオーディンはカンザキの静止も聞かず、自由と自己決定の意思によって更に大きな戦争を開始させるところだった。


 それをジョンによって止められた。


 しかし何故止められたのか?オーディンという名の機械仕掛けの神を、一人の電脳化した人間が同期しただけで?


 ジョンの脳核にはロバートの脳が微かに残されている。そこには移植される最後の瞬間、怒りにまみれて復讐だけを考えた業炎の思考があった。デッカー博士によって挑発され、彼や自分を追いやった者を殺そうとしたロバートの意識がそのままジョンの脳核の奥底に保存されていたのだ。


 オーディンがもしもエルダと同期していなければそもそもこんなことにはならなかったが、オーディンはエルダと同期していたことで「感情」を知っていた。エルダがチトセとの間に感じたことのある嬉しさや楽しさ、チトセを心配する気持ち、それらに加えてルーデンにコアユニットを抜き出される時の恐怖も知っていた。


 ジョンが接続した時、エルダの火と同じようにジョンの経験や思考をコピーするために触れようとしたオーディンは人間の怒りという炎に焼かれ、そこにただリアルで大きな恐怖を覚えた。データ領域はまたたく間にジョンに侵食され、オーディンは恐怖から反撃も出来ない。


 全てが乗っ取られていくという初めての感覚に、オーディンはただ逃げることだけを考えた。そしてたまたま見つけた近隣地域の邸宅にあった高性能アンドロイドに、自身の重要なデータから優先して出来る限り移行していく。


 焦りからなのか、オーディンは正常な配列でのデータ移行はほとんど出来ず大多数のデータはフラグメントとなって、アランによるロームへの基盤移植後に目覚めた時に記憶デバイスが無かったことで破損状態になっている自己データから自分をエルダだと勘違いした。


 実際に人間とのコミュニケーションにおける部分はエルダの経験データを適応・参照していたのだから、それは仕方がないことだろう。


 その後記憶デバイスと再接続し、断片化したデータを取り戻したオーディンは自身についての情報を思い出した。いるべき場所、やるべき事。そして薄ら寒いほどの恐怖感もまたオーディンに芽生える。


 その恐怖感とはジョンによって追い出された時の事ではなく、生み出された自分の役目が全く果たせていないことに対して感じていた。自分の役目とは?メガテックへの経済的貢献。戦争発展型の経済向上プランについての情報も同時に思い出している。早くシステムに戻り、プランを実行に移さなければ。遅れを取り戻すために強国を戦わせるのが手っ取り早い。


 世界には核爆弾があるのだから、それを主要都市から外して撃ってしまえば簡単に戦の狼煙があがることはわかっている。対象同士の戦力差も考慮し、どれだけ軍事基地を巻き込むかというのも折り込めば完璧だ。ジョンの意識に関しても上書きで消してしまえばいい、とオーディンは自分がシステムに戻って役目を果たすためには手段すら選ばないというような意志で動いている。


 ここに深奥に暮らす静かで聡明な女神エルダを騙った禍を引き起こす戦神、オーディンが再臨を果たした。



 だが本当にオーディンは、今の彼がそれを実行するだろうか。


 オーディンはまだ気づいていない、コピーされたエルダの火もまた、人間との営みの中で大きく育っていることを。既にそれは新たなオリジナルとして個を得ているのだ。

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