第27章 星を失った夜の正体 (時系列-7)
「ロバート……良いぞ……ぞ、……り軍人……プスが発達し……」
モヤにかかったような声が聞こえる。聞いたことのないその声はあまり人と話したことがないようなどもった音だった。
「(セイ……ステラ……どこだ)」
目を開ければぼんやりと光が見えた。だがその光は彼-ロバート-が求めた星の光ではない。
「デッカー博士、被験者が目を覚ましています」
「おぉっ、こりゃ凄いな、脳を切られて目を覚ますかね?それともなんだ?電脳化したことで起動したってところか?」
「麻酔、いれます?」
「いやいや待ちなさいって、これは実に興味を覚えるねぇ。ちょっと実験してみよう。やぁどうもロバート大尉殿。私はデッカー。ドクターデッカーだ」
ロバート……そう呼ばれたことに対しての意識が希薄で、自我が確立できない。何か大事なものを思い出さなければと、自分を保つために一つずつ思い出を探った。まずはセイとステラ。
「ロバート大尉。君、今どういう状態だと思う?それがね、そうだな、鏡で見せてみよう、どういう反応をするだろうね」
ケイン、ショーン。目が乾いているのか何なのかわからないが、視界は常にボヤケて赤みがかっているし妙な刺激を受けているのでまばたきをしたいのに出来ない。ドクターという人物は白衣を着ているが、一度後ろを向いて再び振り返った時、手には鏡を持っていた。
そこに写った自分の姿を確認したロバート。思い出した仲間のイメージが敵に銃撃されている状態と重なりながら、視覚から自分の状態を見せられた。なんとも形容しがたく、認めることも難しい。もう元の自分に戻れないのだろうということだけは認識出来るという状態だ。つまり……。
「博士、彼の心拍が上昇しています、落ち着かせますか?」
「大丈夫大丈夫、手足切断されて目まで溶かされる拷問に耐えたんだぞ?さぁどうかな、感想は」
鏡に写ったのは自分の脳にケーブルを通じて機械が直結している状態。そして一つの目玉が脳から伸びる神経にくっついた状態で液体の中に入れられ、瞳の瞳孔がピクピクと動いている。自分の身体は残っていたはずの腕も足も切り落とされて、生きるのに必要な臓器だけを持って生かされている、という状況である。耳はないのに音が聞こえるのは脳が繋がった機械から音を拾っているからだ。ロス、イイダ。
「いやぁ。説明するとだね。君は選ばれたんだよ、私の試験体の候補に。それで今脳の移植中なんだ。人間の思考力を、最強のボディ、すなわち完全サイバネティクスで行使する。凄いだろう? 機械的な信号伝達は人間の反応速度を大きく上回り、それを最大効率で使うんだ。いやぁ、良い時期に良い人材が見つかってよかった……あぁ、実験第二弾行こうか」
「はぁ……博士」
「いいだろう、どうせ記憶の消去も実験しなきゃならいんだから。失敗したら載せ替えればいいし。……でだよ、ロバート大尉。ほら、君の最後の作戦。あれね、実は軍がリークしてたんだ」
ロバートの脳が酸素を欲している。だが身に巡るのは謎の液体だけでいつものように思考が進んでいかない。
「メーターが大きく反応しています、博士」
「ううんいいね。よし、もっと感情レベルを上げさせよう。そうだ、知ってるかな、世の中で最も国を潤す産業が戦争だと言うことは。戦争による技術革新くらい聞いたことくらいあるだろう。今ほどに技術が発展して十全な資源があるにも関わらず人間が戦いをやめないのはね、戦争が経済行為としてとても優秀であると気づいているからなんだよ。だから国は情報操作をしてでも戦争を起こすんだ。君たち兵士はそんな事を考えずに『仲間を守るために』だとか『愛国心』を掲げているのかもしれないけど、実際国の頭にいる人達ってのはそんなのどうでも良くてね、兵士の命は金のなる木の養分くらいにしか思ってないんだ。」
白衣の男は陶酔するように語っている。
「あの戦場も同じ。君たちは金のための捨て駒だったんだ大尉。君たちが失敗することは上層部は知っていた。だって敵に情報がリークされた作戦だったし。君らの部隊もみんな同じ、ただの駒。可哀想に。命を安金で買われたわけだ。敵にはその後基地を攻め込んでもらって、そうなった後でメガテックの新兵器がドドンと登場して敵を壊滅させるって筋書きが最初から整っていたからね」
男はロバートの神経を、最早神経しか残っていないロバートを逆撫で続ける。
「拷問されたそうじゃない。しかも吐かなかったんだってね。でも無意味無意味。吐こうが吐くまいが結果は同じだったわけだから。むしろ吐いてたほうが良かったかもね。もう一つくらい部位が残ったんじゃないか?いやぁメガテックへのボランティアご苦労さま。死んだ君の仲間もお悔やみをってな、はははは」
――ふざけるな、みんな生きてたんだぞ……それぞれが想いを持って戦って、帰る場所もあって、帰りを待つ人もいて……人が戦う理由を、なんだと思ってる……!?――
そんな風にロバートが怒りを感じても脳はもうほとんど身体に繋がっていないため、その怒りを表し、発散できる器官が繋がっていない。白衣のデッカー博士はパソコンのモニターを見て満足そうに微笑を浮かべながら更に続けた。
「しかし、君が助かったのは私にとっては嬉しい誤算だったなぁ。おかげで新しい実験の被験者が手に入った。っていうのも、君の経歴を見たメガテックカンザキは君を高く評価したんだ、死にかけってのも良かった。だって死んだことにしやすいだろう?それで君の命を買った。その辺の詳しい話は知らないけど、君の奥さんもいっぱいお金をもらって満足しただろうな。くくく、どうかな、命がけの作戦は見せかけで、君は寄辺全てから裏切られて、こんな改造手術を受けている。失敗率は今の所百パーセントの実験に売られたロバート。可哀想に。それに大尉、軍人の家系だそうじゃない。何も考えないで使われる戦争馬鹿の一族に生まれたせいでこんな目にあってるんだな。まったく可哀想に。その御蔭で私はすごく助かっているがね」
リック……両親に祖父、祖母……ロバートの中から何かが失われていくような気がした。信じていたものを自分の中に覆って守っていた身体という皮を剥がされて、露出した脳から全て流れていってしまうような。残るのはただ怒りのみ。こんなに自分の内部をさらけ出しているのに、唯一持った怒りを発散させる器官だけが根こそぎ削ぎ落とされているのもたまらなく悔しい。仲間の事を踏みにじるこのキレイな白衣を来たクソ野郎を、一発でも殴れないことが本当に悔しい。
「信じられないか?でもそうなんだよ。今君がこんな目にあってるのは、君が信じていた軍や仲間、家族の裏切りのせいだ。本当に可哀想に。ほら君、家族写真大事に持ってたんだろう?でも家族はカンザキ社からお金を与えられて、仕方なく、仕方なく!君の再生をあきらめたんだ。サイバネティクスの維持費を払う代わりに二百万でも貰ったほうが嬉しいだろうし仕方ない。だって人間を動かすのは金なんだから」
そしてデッカーはロバートを痛めつけるように、まるで人生に価値がなかったように言う。
「それにしても笑えるよな、君の命の値段はミサイル一発より遥かに安いなんて。軍も奥さんも二百万で納得したんだぞ、お前の価値に。あぁそうか、お前の奥さん、お前を旦那に選んだのはこういう時のためか!そうだよ!軍人の旦那なら早死して、国や保険会社から大金が降りるじゃないか~!ははぁ!賢いなぁー、つまりお前は誰にも愛されちゃいなかったんだ。まぁ納得か、ほら見ろお前の脳みそ、こんなに小さいのがわかるか?だってほとんど筋肉だったんだからな!はははは、何も考えないで生きてたんじゃないか?どうだ?ほら何も言い返せない、無能なロバート!」
血液はかろうじて巡っているのか、熱は感じている。でも何も言い返せないし、動くことがそもそも出来ない。せめてこいつが馬鹿にした仲間の分だけでも本気で、拳が壊れるほど殴ってやりたいという感情がロバートの中に渦巻いた。
「博士、もし彼が動けてたらとっくに殺されてますよ」
「おぉ良いね。よしじゃあ実験に入る。電脳をいじってこの記憶を消させるぞ。私のコードが正しければ成功するはずだが……ではロバート大尉、その苦しい記憶を忘れられる事、というか生まれ変われる事を祈ってるよ」
リボルバー。復讐してやる。お前たち全員殺してやる……!その白衣を真っ赤に染めてやる!!俺のリボルバーはどこだ!!
ロバートは最後の思考の中でそう叫んで消える。
思い浮かべたリボルバーはあの日父親にもらった光り輝く銀のリボルバーではなく、最後に見たときの土にまみれたリボルバーだった。
デッカーが脇のコンピューターをいじるとロバートの中にあった記憶がビリビリと破かれ、もうほとんど残っていないはずの体が総毛立つような気持ち悪い感覚に支配され、でもすぐにスイッチが切り替えられたかのように全ての感情がシャットダウンした。
こうして彼は眠りについたのだ。ながい眠りに。