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第3章 日常的殺人(時系列-9)

「おい、起きろ」


 地味な外見の車の中。心地よく揺れるふかふかのシートに全体重を預けていた男は、前からそう声をかけられた。前の男は同じような状況を何度か繰り返しているのだろう、ハンドルを握ったまま声だけを後ろに送って、後ろにいる男の状態を既に知っているかのようだった。そして同じようにもう一つ問いかける。


「ついたぞ、任務内容の確認はするか?」


 後部座席で目を開けた男は手のひらを開けたり閉じたりを繰り返しつつ、前方に見えてきた豪華なホテルを確認しながら言う。


「結構だ。タイマー同期完了。行ってくる」


 ホテル前で止まった車は、後部座席から体躯の良いスーツの男を送り出した。運転手の方はホテルへ向かっていく男の背中を数秒だけ見る。ハリウッドのアクションスターのようにバランスの取れた体つきで、寄ってきたホテルマンに丁寧な言葉をかけながら中へ入っていった。運転手は間もなく発車させてどこかへ消えていく。


 ホテルの中に入った男はフロントから脇へ入り、ホテル一階にある大きなホールを目指す。彼の目には立体的なARガイドが表示されており、道に迷う事なく、スタスタと一般の招待客に紛れ、とある集会の会場前に来た。そこでは厳重な身体チェックが行われている。


 高性能の金属探知機はあらゆる金属を克明に映し出し、警備アンドロイドがスキャニングを徹底的に施している。数人が腕時計や体内に組み込んだマイクロマシンやサイバネティクスで止められている中、その男は難なく探知機を通過した。


 会場では集まった人々がガヤガヤとスピーチの開始を待ちながら食事に歓談を楽しんでいる。


「(耳障りだな……)」


 会場に入り込んだ男は隅の方へ移動しながらも人々の笑い声に小さく苛立ちを覚え、聴覚から受け取る信号を絞りに絞って自身で選曲したプレイリストを流し始める。するとまるで周りの人々が次元の壁を一枚隔てたところにいる幽霊のような存在に感じられて、ほんの少しだけ苛立ちを抑えられた。と言ってもそのような感情はこの男には錯覚のはずである。こと暗殺に特化したサイボーグである彼に感情の起伏要素は組み込まれていないのだから。


 それから広げられた豪華な料理を適当に貪りつつ、運ばれてくるワインを手にする。味はよくわからないし、ワインで酔うことも出来ない。周囲に溶け込むようにして時間を潰しているうちに始まった年配で恰幅の良い男性のスピーチ。サイボーグ男はこちらもほとんど耳に入れる事をせず、ただ音楽を聞きながら時が過ぎるのを待つ。スピーチが終わってひな壇から降りてきた年配の男は、感動に頬を濡らした女性やあらんばかりの拍手を送って手をヒリヒリとさせている男性達の手を取って歩いた。


 そこにそれまでつまらそうにしていたサイボーグ男も混ざり、彼と握手を交わす。表情は他の者達と同様、上気した雰囲気を出しながら。


「先生、スピーチ感動しました」


 一言も聞いていないにも関わらず、サイボーグ男は念願叶って聞くことが出来たスピーチに興奮冷めやらぬという様子で言った。当然プログラムで出力する感情をコントロールしている。


「ありがとう、ありがとう」


 サイボーグ男が年配の男の手を取ったとき、握った手の親指先端から小さな針を突き刺した。だが痛覚の間隔より細い針は一瞬の痛みすら与えること無く、内部の液体を注入する。


 握手するという最大の仕事を終えた男は視界のARに頼ってホテルの外へ向かい始めた。視界内にはタイマーが表示され、いくつかの通過ポイントに対してラップタイムのように目標が書かれている。その一つ目の時間が経過したとき、ホテル内に警報が響き渡った。集会ホールの扉が彼の背後で閉まる。その次は窓にシャッターが下り、次にエントランスのメインドアが順番に閉められていく。


 その中でも男は慌てること無くホテルの廊下を歩いていく。最初からエントランスを目指してはおらず、スタッフのみしか利用の出来ない調理室に堂々と入り込み、慌てふためくコックたち職員を躱しながら歩いていく。唯一厳重なシャッターがつけられていないのが食料運搬口の荷受け口なのだ。彼は難なくそこへ辿り着くと、あっさりと扉を開けて出ていった。ARは更に道を示しており、道路につながった先に一台の車が止まっている。


「ジョン」


 車内の運転席にいる人物がホテルから出てきたサイボーグ男に声をかけた。どうやらそれがサイボーグ男の名前なのだろう、ジョンと呼ばれた男は特に反応せず車に乗り込む。そこで自身の設定していたプレイリストの音楽がピタリと再生を終えると今度は車内のラジオに耳を傾ける。


 ジョンが仕事を終えたばかりのホテルからの中継が行われていた。運転手がラジオを流している機械のボタンを一つ押すと、それはホロ映像になって車内に小さく浮かび上がった。どうやらこのホテルでどこかの大企業の重役が死んだようだ。


「……行こう」


 運転手は映像を一瞥するなり「鮮やかだな」とジョンに一言くれると、繊細なアクセルワークで車を発進させる。


 ジョンは窓に載せ寄りかけた腕に顎を乗せ、流れる景色を見ていた。そこに先程したことへの嫌悪感や達成感、その他全ての情動を一つも感じること無く流れる景色を目から脳に送り、しかし一瞬で記憶が溶け消えていくような気分を味わう。


 彼が感じるのは日頃から言い知れぬ細やかなトゲのような感情のみである。色で例えれば赤かオレンジか、イメージはチリチリと燃える火。だがそれも知覚するところではなかった。


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