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第26章 Complex (時系列-25)


「少佐! 反応来ました!」


 戦闘適応アンドロイドのコンラッドが顔面のインターフェイスを起動しながら隣にいた少佐にそう伝えた。少佐はヘッドマウントディスプレイを装着しながら「回せ」と一言。少佐の視界は今衛星からのマップとあるデータ反応、状況の理解に必要なあらゆる情報が表示されている。


「T・グース、発進しろ。メグロのポイントKa.I……So.V……」


「出ます! メグロのSから先につけましょう!」


 T・グースは架空の電気会社のカモフラージュバンを走らせ、トナイを疾走する。内部には数々の機器を載せていながらも見た目以上の馬力を詰んでおり加速力はスポーツカー並だ。


 今彼らはとある”事故”を独自に調べている。アンドロイドによる事故の形での暴走殺人だ。


「おかしいですね少佐。これまでに狙われたのは軍人や研究者ばかり……でもメグロのそっちってただの住宅地でしょ? お偉いが住んでる場所でも無し。一体何があるってんです?」


「狙いはわからんが……最初に殺されたウェイン・デッカーと助手以外は全員ナンク作戦の関係者だ。そしてこっちに住んでる関係者を洗えば……次の標的は……」



「ママ~」


「ん?どうしたの? ステラ」


 その家では優しい時間が流れていた。夕飯の準備をしている母親のセイの膝に、好きなアニメを見終わったステラが抱きついて言う。


「お腹へった~」


「はいはい、ちょっと待っててね。もうすぐ出来るからね」


 陽はまだ落ちない。最近昼が長くなってきた。セイにとっては確かに時間が流れていることの実感になる。


「ねぇママ」


「なぁに?」


 ステラが興味津々に今日のご飯の献立が何かとキッチンを確認しながら尋ねた。


「今日もパパ返ってこない?」


 この日の夕飯はオムライスだ。ステラの好物だしこれを食べる父親の姿を覚えている。だからまた一緒に食べたいなと、子供なりにどこか考えて言ったのだろう。


「……うん。お仕事忙しいからね」


「そっかぁ」


 セイの瞳は夕日の光をブラックホールのように吸収するような闇に満ちた色を浮かべるが、ステラを視界に入れると一度長めのまばたきをして黄昏にまぎれる星くらい小さな光を取り戻して微笑んだ。


「ステラ、オムライスに何書くか考えておくんだよ?」


「わー! ポポ書いて~!」


「ふふ、はいはい、ポポ好きね」


 そうして頭を優しく撫でた直後のことだった。玄関口から物凄い音がしたのだ。まるで蹴破られたかのような音だった。ステラは形相を変えて「ひっ」と驚いて、セイもとっさにステラを自分の近くに寄せた。


「な、何の音? ママ……」


「わからない……ステラ、ここにいて。ちょっと見てくるからね」


「やだっ、怖い……」


「大丈夫、いい子で待ってて」


「やだっ、”ママも帰ってこなくなっちゃう”!」


 セイはその言葉に大きく動揺する。この子は心の奥で理解っていたのだ……父がもう帰ってこないことを。なんと返せばいい? セイはただ抱き寄せて、そのまま耳元で伝える。


「大丈夫、ステラを一人にしないよ」


 セイは立ち上がり、ステラに微笑みかけるように人差し指を口に当て「しっ」とジェスチャーする。そのままキッチンの引き戸の一つにステラを隠すと移動を始める。玄関から入ったところにあるリビングで重い足音が聞こえてくるので、キッチンから回り込んだ扉から音を立てないようにリビングを覗き込むと、そこには極めて機械的な(まるで工場で作られている途中のような)一体のアンドロイドが室内をキョロキョロ見回していた。


 人間とのコミュニケーションをほとんど考えられていない、”ガワ”の無い作業ロボットのような出で立ちをしているそれは明らかに様子がおかしく、物陰を念入りに調べていた。一刻も早く警察に連絡を取りたいがリビングにある電話は取れない。


 セイは二階へ上がり、自分の寝室で充電中だった携帯電話を目指した。階段を上がってすぐの部屋。まだ建てられてから数年の新しい一軒家は床が軋むような事もなく、セイを隠密に二階へ上げ寝室の戸を閉めることが出来た。そこで電話をかけるセイ。だがつながらない。普段は繋がるはずの場所で電波マークが圏外を表示させている。


 この情報社会にあるトナイという地区では地下ですら電波が入り乱れているはずにも関わらず、こんな住宅地のど真ん中で実際にどこにも連絡が取れないようになっているのだ。その上試しにコールボタンを押した瞬間、リビングにいたアンドロイドがダンダンと大きな足音を立てて二階へ登ってきたのだ。


 怯えて物陰に入るセイ。寝室には鍵がかかっているのだが、一撃でその扉を殴り開けてアンドロイドが部屋に侵入してきた。


「きゃああっ!」


 携帯を握りしめて叫び声を挙げるセイにゆっくりと迫るアンドロイド。セイはそのアンドロイドの殺意を直感し、背後の窓を空けてベランダに出た。隣にあるステラの部屋と直接つながったベランダから隣の部屋に逃げ、すばやく一階へ降りて再びキッチンへ。先程の叫び声に怯えたステラが両耳を抑えて隠れ続けていた。


「ステラ!逃げるよ!」


「ママ!」


 ステラはセイの手を取り、キッチンから玄関に繋がる廊下に出た。奥の階段から降りてきたアンドロイドが既に立ちふさがっている。脱出ルートを変えようとリビングに入るが、これまで歩いていたアンドロイドが走ってまで二人の行く手を阻む。


 ステラがセイにしがみつく。キッチンの窓から脱出するために一度下がるべきか考えたが不可能だろう。状況は既に詰んでいる。アンドロイドは俊敏で、キッチンへ逃げ込んでも二秒か三秒で追いつかれるだろう。セイは終わりを悟り、震える手と潤ませた瞳で一つだけ願った。


「ロバート……この子を守って……!」


 その時だった。玄関から入ってきていた影がそのアンドロイドに対し小銃を向け、弾丸を発射する。打ち込まれたのは五発。弾は全てアンドロイドにヒットするも駆動系に致命的なダメージは与えられなかったようだ。


 その上それを放った人物は「何?!」と自分の持っている銃のレバーを引きながら戸惑っている。液体を弾丸に変換して放たれる銃なのだが、動作が何故かオフになってそれ以上の弾丸が生成されず弾が発射されない。


 そんな異常事態も予め想定していたのか、それとも咄嗟の状況にも冷静に対応できる胆力があるのか、その人物は銃を捨てて手首に装着している装置に手をかけながら背後の何かと連携を取る。


「コンラッド!」


「了解ッ!」


 今度は別のアンドロイドが現れ、敵に突撃した。もつれ合う二体のアンドロイド。だがコンラッドと呼ばれたアンドロイドは動きを停止し、敵のアンドロイドがコンラッドを投げ捨てるようにしながら立ち上がった。銃弾もほとんど効いていなかったらしく敵アンドロイドの動きに乱れはない。


「さ、お二人はこちらへ」


 信じられないような光景を見ているセイとステラの視界外から男が現れ、優しく手を引いた。その様子を確認した敵アンドロイドは走ってセイとステラに迫るのだが小柄な人物によって食い止められている。


 男により一階客室のベランダから外に出されたセイとステラ。客室にはロバートの遺影が飾られている。ステラはまだそれを遺影だと認識していなかったが、セイもステラも見守られているような気分になりながら家を脱出した。男は彼女らを送り出すなり敵アンドロイドと戦う人物の元へと加勢に向かう。セイとステラは動けず、家の中から聞こえてくる轟音に身を寄せた。


「少佐! コンラッドはどうしたんです?!」


「多分ハックされた! 私の銃も使えん! しかし有線でもないのにこんな一瞬で侵入してくるとはな!」


 少佐と呼ばれた小柄な人物は拳に電磁兵器を身に着け、敵の攻撃を弾くことで応戦しているのだが防戦一方だ。


「これ以上は厳しいです!破壊しちまいましょう!」


 セイとステラを屋外に退避させた男、T・グースは手元にあるパイルバンカーのような破砕武器をオンにして待機している。


「だめだ! やっと得たつながりだ、T・グース、コンラッドをスタンドアローンで再起動しろ!なんとしても接続する!」


 少佐は最初から意図的な攻撃を避けていたらしい。最初の射撃だってアンドロイドの心臓部ではなく、関節の駆動系を狙っていた。


「了解!」


 敵アンドロイドの猛攻は人体の構造を無視した角度から繰り出されているが、少佐はその全てに腕から発するバリアのような光で対応している。T・グースは腕の端末を倒れているコンラッドに接続すると、直ぐに再起動プログラムをブートさせた。ブート率五割、六割、順調かと思えた再起動だが、少佐に異変が起こる。


「侵された?! 私にまで入ってくるか!」


 少佐の片腕が動きを止めたのだ。少佐のサイバネティクスは特注のユニークモデル。作りも構造も他と全く違うそれだったが、肩に力がほとんど入らず、手首はだらんとしていてスプーン一つ持てそうに無い。


 次の瞬間にも敵アンドロイドによる鋭い蹴りが少佐の顔面を抉るように繰り出される。それを動きの悪くなった左腕をなんとか持ち上げて盾のようにして防ごうとするが、挙動を変えた敵の脚部が肘関節の逆側から一撃。少佐の左腕は切断され、そのまま連続蹴りで吹き飛ばされた。


 セイとステラへの道を開かれ、敵アンドロイドはゆっくりと進んで行く。まるで標的の居場所がわかっているかのようだがそれもそのはず。敵は全てのサイバネティクスに通じる機器を掌握していた。セイの携帯電話など情報は全て敵アンドロイドに流れているのだ。


「少佐!」


「ぐっ……くそ」


 ボロボロになりながら立ち上がる少佐が後を追う。アンドロイドは客室を通り、その先で怯えているセイとステラを目指して歩いていた。彼女たちは逃げていなかったが、それは彼女たちの落ち度ではない。


 少佐らの誤算が多すぎた。それに彼女たちが逃げていたにせよ、敵アンドロイドは確実に二人に追いついていただろう。


 最早少佐に敵を止める力は残っていない。だが客室の中で見つけた机の上の写真にある人物を思い出しながら少佐は次の一手を導き出す。


 少佐は残った腕で写真の下にある鍵付きの引き出しをこじ開けた。サイバネティクスで出来た腕なのだから力づくで簡単に開くことが出来る。


 引き出しの奥から滑り出てきたのはいつか見たリボルバーだった。セイの夫であるロバートのお守りだったもの。旧式、火薬のリボルバー。つまり敵の干渉を一切受けない。弾丸も一緒に入っているのを、少佐は力学を完璧にコントロールして空中に放った弾丸を片手でリロードする。


「借りるぞロバート!」


 少佐の腕のサイバネティクスの関節が最大稼働の音を響かせ、すばやく精密にリボルバーの引き金を絞る。少佐は片腕だけでリボルバーのマズルジャンプを押さえ込み、銃のリコイルを無理やり打ち消した上でオート拳銃よりも早い連射が的確な精度で敵アンドロイドの膝となる駆動部を射抜いた。


 敵の脚部は大きく損傷し、歩く力を奪うのだがそれでもアンドロイドの動きは止まらない。腕だけで這いずってセイに迫って行くところへ、少佐の背後から聞き慣れたアンドロイドの重みのある足音が疾走している。


「すいません少佐、リブートしました」


 スタンドアローン状態で再起動したコンラッドがそのまま敵に乗りかかり、腕の端子からそのアンドロイドに有線接続を試みると敵は力を失ったようにぐったりと動きを止めた。少佐は勝利を確信したのだろう、小さく一息つきながら手元のリボルバーを目にして「やっぱり良い銃だな」と呟きながらくるくると回し、続いてコンラッドに訊く。


「コンラッド、進捗」


「偽装信号を送信しました。セイさんらの情報を死亡に書き換え完了。データ逆流開始、界面に対してバックドアの設置に取り掛かります」


 そう答えたコンラッドは少佐とT・グースにだけ聴こえる通信会話で伝える。


「情報深度レベル二へ侵入中。このアンドロイドの受けていた命令の解析だけは出来ました。こちらも暴走ではなく明確な殺害命令によるものですね。標的はセイさんで、この命令の出所はやはり調べ通りです」


 うん、と声なく頷いた少佐がなくなった左腕を気にしながら指示を出す。


「やっと尻尾を掴んだか……。よしT・グース、周辺工作。それと……」


 少佐はコンラッドの背中から肩に付属しているミニアーマリーを開くとそこから別の拳銃を取り出し、それをセイとステラに向ける。それに気づいた彼女らが身動きを取る間もなく拳銃は「パシュパシュ」と消音された音を放つ。


「えっ……な……」


 撃たれた事に驚く声を上げながらセイはステラを抱きかかえるように崩れ倒れ、二人とも苦しむこと無く、直ぐに動かなくなった。


「コンラッド、アップリンクが確立したらこの二人の処理をしておけ。私は詰めに取り掛かる」


 T・グースがその光景を横目に、しかし何も気にせずにコンラッドに尋ねた。


「しかしあれだけの大物を殺しまくっといて最後にただの主婦を狙うって、こっちの犯人って誰だったんだよ?」


 コンラッドは敵性アンドロイドに接続をしながら答える。


「わかりませんか? ミスターT。ナンク作戦、メガテックのサイバネティクス、ウェイン・デッカーの人体研究、……そして名無しの暗殺者。全ては彼につながっています。そう……」


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