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第25章(後半) M1-Ka.D-0の日々 (時系列-32)

 しばらく後、十五時を回った頃にドアがカランコロンと鳴る。今度は学生のカップルだろうか、一体のロームを連れて入ってきた。


「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」


 男の子の方が会釈してテーブル席へ座ると、向かいに女の子も座る。ロームは男の子の席からぴょこんとテーブルに手をついてキョロキョロとカフェ内を見回してから話し始めた。


「アラン、ここはなかなかレトロ調ですね。僕が思うにこの店の売りはこの情緒にあるのでしょう。しかしジェス、あなたがこういったお店を好むとは意外でした。メニューを見る限りここにはあなたのような若い女性が好むクリームとフルーツに彩られたようなデザートは置いていないようですね」


 分析しているロームはしっぽユニットをぴょこぴょこ振っていて可愛らしい。女の子は常連らしく、マスターも「よ」と挨拶をしている。


「珍しいの連れてんなぁ嬢ちゃん、ロームとは。彼氏さんは久しぶりじゃないの?」


 その言葉に男の子は聞いてないフリをする感じでそっぽ向きながら頬をコスコスと人差し指で撫でているのをバイトは見た。それに対して少女は少し嬉しそうに反論している。


「ふへへ、彼氏じゃないですってばマスターっ。そういうマスターだってどうしたんですか、その子。こんにちは、私はジェスだよ」


 席へ案内したバイトを見ながらジェスはそう自己紹介をする。


「こんにちはジェスさん、私は先日からここでバイトをさせてもらっています」


 そのジェスの見た目について、バイトは多くのことを考えた。例えば頭に生えたうさぎのような耳と赤い目。単なるファッションではなく、胎児の時に稀に罹るとある病気のための治療痕のようなものである。今でこそ可愛らしく見えるが高額な医療費が払われているはずだし、小さな頃の闘病生活は特に大変だったはずだ。それに特異な見た目の影響で学校ではいじめの対象になることがままあるとも言われている。マスターは奇異の目なども向けず、いつものような渋さでぶっきらぼうにバイトの言葉に補足する。


「なに、知り合いの伝でな……まぁいろいろあってよ、しばらく置いとくことになった」


「ふーん。じゃ、甘口カレーとコーヒーください!」


 バイトはその声を聞いて暗さを感じずに安心した。ボーイフレンドがいるならきっといじめられてはいないだろう。バイトがそういう事を感じるのも近親に同じような境遇の人がいるのかもしれない。


「あ、オレも同じのください、中辛で」


 男の子が手を挙げてそう言うと、ロームがテーブルに身を乗り出してなにか喋り始める。


「アラン、ジェス、知っていますか? カレーとコーヒーとはあらゆる意味で非常に相性が良いのですよ。コーヒーをカレーの隠し味として採用する店は深いコクのあるカレーを提供出来るのです。そもそもカレーの調味料とコーヒーの成分は親和性が高いですし、カレーを食した後にコーヒーを飲もうと自然と考える人間も多く、商業的にも相性の良い組み合わせなのです。ですからカレーの美味しいカフェというのは経済的に成功します。逆もまた然りですね。しかし……」


 ロームはアランとジェス両名に聞こえるようにコソコソと小さな音量で、店員サイドに気を使ってこう言った。


「ここはやや立地が悪く、集客率が芳しくないように思えます。マスターに店舗の移動を提案してみては?」


 耳の良いバイトにはそれが聞こえていて、そんな風に会話するロームの様子が面白い。このバイトに就いてからはいろんなお客さんが来て楽しさと充実感を覚えている。


「いいのいいの、ここは知る人ぞ知る穴場なんだから。有名になってこんな風にのんびりいられなかったら嫌だもん私」


「ふむ……経済的成功のほうが人間の幸せになるのではと思いましたが……でも僕も静かなのは嫌いではありません」


 そうでしょ? とジェスが笑った。そこに別の客が入ってきて、マスターはカレーとコーヒーを用意するとアランたちにそれを出しに行き、バイトは新しい客を席に案内する。


 その人物は時代錯誤な全身を包む茶色のコートに身を包んだ三十代半ばくらいの男性でカウンターでマスターのいつもいる場所に近い席に座った。


 コーヒー一杯を注文したその客はマスターが戻ってくると互いに「よっ」と軽い挨拶をしている。この人も常連らしい、本当に常連で回っているんだなとバイトは感心した。


「聞いてくれよマスター、前に調べてた件、あれ止められちゃったよ」


 コートの男は軽い口調で話し始めていた。学生たちは内々で盛り上がっているようだったのでバイトはマスターの近くで話を聞いている。


「なんだ、じゃあマジの圧力か?記事はどうするんだよ?」


 マスターも興味を持っている話のようで点けっぱなしだったテレビを消して話に参加している。


「それがさ、出すには出すんだけど……妙な事に事件の資料がほぼ完璧に揃ってるのよ。だからもう調べる必要は無いってさ。でもうちの社長にお上の方から話が来たんだって社内じゃ噂になっててな、その資料もどうやらお上の方から降ろされてきたもので、うちの社長もタマ握られてんじゃないかって」


「ほーぅ。結局どういう事件だったんだ?資料の中身ってのもあんたは見てるわけだろう? お上の工作みたいな内容だったわけ?」


「それが、概ね調べてる通りだったんだよな。アンドロイドによる暴走はやっぱりあったとさ。で真相は一部のアンドロイド基盤に搭載された自意識ポートがハッキングされて起こされた反ボット派によるテロ事件だったんだと。だから技術系のお偉いやそれに頼る軍属ばかりが狙われたんだってな。ハッキング出来るなんて世間に知れたらアンドロイドの安全性が揺らぐし社会問題になるって上ではいろいろごねたらしいんだ」


「ん? 待て待てそりゃおかしいだろう。最後の被害者、お前さんの目論見じゃここの通り行ったとこにあるただの母子家庭さんところなんだろ?」


「そ、セイさんって美人の奥さんと娘さんの家庭で、あそこの電波記録を見るに他の研究者や軍人が殺されたのと同じように局所的な電波ドミネーションが起こっていた……だから絶対関連のある事件のはずなんだが、その件だけは資料には無くてな……」


「ただでさえ旦那さんを亡くしてそう時間も経ってなかったんだろう? そんなよくわからん事件に巻き込まれて死んでしまうたぁ……」


 なんだか物騒な話をしているなと考えたバイトは聞き耳をたてるのをやめ、笑いあっている学生たちに近づいて飲み物のおかわりはいるか尋ねた。


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